戦国の城、埋もれた物語に光 沼津市の作家夫妻ら書き下ろし

 その昔、静岡県は遠江、駿河、伊豆の三国に分かれ、戦国時代には今川、徳川、北条、武田氏など有力武将が攻防を繰り広げた。今も県内各所に当時の激戦をうかがわせる数多くの山城や海城の遺構が残る。空前の城ブームを背景に近年、城跡を訪ね歩くマニアの姿が増えているが、豪壮な石垣や天守がある有名どころと比べれば、まだまだ地味な存在だろう。そんな県内の隠れたスポットに光を当てた短編小説集が16日、発刊される。「アンソロジーしずおか 戦国の城」。沼津市在住の作家鈴木英治さん・秋山香乃さん夫妻が参加する歴史・時代小説家の親睦団体「操觚の会」メンバーが健筆を振るい、10編を書き下ろした。

山中城西ノ丸北側障子堀=三島市(提供:三島市文化財課)
山中城西ノ丸北側障子堀=三島市(提供:三島市文化財課)
「アンソロジーしずおか 戦国の城」
「アンソロジーしずおか 戦国の城」
山中城西ノ丸北側障子堀=三島市(提供:三島市文化財課)
「アンソロジーしずおか 戦国の城」

 「身近な城にひっそりと埋もれた物語を掘り起こしたら面白いよね」「知られざる歴史や遺構の再発見で地域を元気にしたい」。きっかけは、鈴木さん・秋山さん夫妻と操觚の会メンバー、編集者で交わされた雑談だった。
 秋山香乃さんは、これまで地方新聞各紙で連載小説を執筆したり、自作で取り上げた地方からエッセイ依頼されたりした経験があり、かねてから個人としてだけでなく、複数の作家が関わった、地方とのコラボレーション企画を温めてきたという。
 「作家にとって、地方は素材が豊富で創作意欲を刺激される場。読者にも小説を通じて歴史をより深く新鮮に感じてもらえるはず」。企画には夫妻を含めて計10人が賛同し、それぞれ一つの城を取り上げることになった。
 「海道一の弓取り」とうたわれた今川義元が桶狭間で織田信長に敗れると、衰退した今川氏の領域には北から武田、西から徳川、東から北条が次々と侵入。勝敗のカギを握る要衝には700にも上る城館が築かれていたともいわれる。作家たちは激戦が展開された城を選び、史実や伝説を手掛かりにイメージを膨らめていった。
 歴史物には初挑戦のメンバーもいたが、舞台となる城に足を運び、地元の郷土史家や博物館、教育委員会の協力で取材を重ね、構想を練った。
 ライトノベルで活躍する彩戸ゆめさんは、伊豆の下田城を舞台とする「風啼きの海」を執筆。海に生きる暮らしや、地元特有の気象・海象の要素を盛り込んで、武将だけでなく民衆の姿まで生き生きと描き出した。推理小説を手掛けてきた芦辺拓さんは、潮汐によって戦況が左右された浜名湖畔の城を「時満つる城――堀川城語り」として、ミステリー仕立てにまとめた。時代小説で人気の坂井希久子さんの作品「紅椿」には、井伊直虎と並ぶもう一人の女城主として知られるお田鶴の方が主人公として登場。その美しくも悲壮な戦いぶりが異彩を放っている。
 「作風も異なる複数の作家が関わることで、作品の幅も広がり、きっと多くの読者に楽しんでもらえる」と秋山さん。自身が在住する静岡県内の城を舞台にしたことについて「手に取った全国の皆さんが、静岡に遊びに来たくなるような本を作りたいと考えていた。物語の進行するその場所に立って、修羅の時代に生きた人々の鼓動を感じてもらえたら」
 いずれは小説の世界から飛び出して、スタンプラリーや講座・セミナーも実現したいと思い描く。当面は、新型コロナウイルスの影響下でも開催可能なオンライン・トークショーなどを模索中。操觚の会としても全国を視野に入れたイベントを検討しているという。

 <メモ>操觚(そうこ) 「觚」とは昔、中国で文字を記した木札のこと。文筆に従事することを指す。

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