(文と写真〈伊勢監督〉=高度専門記者兼論説委員・橋爪充)
1972年に『大阪へやって来た』でデビューし、シンガー・ソングライター、詩人として長く活動してきた友部正人さん。てんかんと知的障害があるめいを題材にした1995年の『奈緒ちゃん』を皮切りに、数々の長編ドキュメンタリー映画を世に送り出してきた伊勢真一監督。共に70代半ばの二人は、30年以上前から親しい間柄という。
友部さんは1995年から2016年まで、妻の写真家小野由美子さんと米ニューヨークに住んでいた。本作は、伊勢監督が二人の住まいを訪ねた映像を中心に組み立てている。友部の歌や詩を、全米最大都市の街路や公園に「置いた」時にどう聴こえるか。伊勢監督のシンプルで素朴な実験精神が見え隠れする。
「僕はパーソナルな、プライベートな関係のある人にカメラを向けることが多くて。友部もそういう意味で言えば、まあ友達だからね。彼がニューヨークにいる時に『遊びにおいでよ』と言われていて。ニューヨークは他の撮影でも何回か行っていたんだけれど、『ああそうか、友部がいるうちに1回行くのもいいかな』というのが(本作の)発端。ニューヨークシティマラソンに出るっていうから、それを撮ったら喜ぶかなと。プライベートフィルムのつもりで撮り始めました」
『遠来~トモベのコトバ~』の一場面
映像は2015年のニューヨークが中心。全米最大都市の街路や公園で友部が、映画のタイトルになった『遠来』や『6月の雨の夜、チルチルミチルは』など代表曲を弾き語る。街角で詩の朗読をする場面もある。
「彼の歌いたい歌を、歌いたい場所で歌っているのを撮ろうという話になった。こちらからリクエストはしていない。全部、彼が歌いたかった曲です」
ギターケースを手に、街を歩く友部。おもむろに立ち止まり「ここで歌おうか」といった会話がなされ、歌が始まる。
「(撮影地の)セントラルパークは彼の居住地から離れてないところ。彼は毎日あそこでマラソンの練習をしていたから知り尽くしている。セント・マークス・チャーチには(詩人の)アレン・ギンズバーグらのプレートがあって、ここがいいんじゃないのって。ワシントンスクエアは(友部が憧れる)ボブ・ディランが青春時代を過ごした場所。だからこの映画はウェットなところがあまりないように見えるけれど、結構あるんですよね」
全編を通して複数回演奏場面がある『遠来』は、映像作品のイメージを決定づける役割を果たしたという。
「『遠くから来る』というのはニューヨークと日本という空間的な距離を表している。そして同時に、これは編集しながら考えたんだけれど、時間的な意味もあるなと思ったんです。10年前の映像をまとめたんだけれど、その間に僕はがんになった。『限りある命を生きる』ということを観念的ではなく、リアルに考えざるを得なくなった。決してネガティブではないんです。10年前に比べ、命に向き合うようになった」
『遠来~トモベのコトバ~』の一場面
マラソンをする友部の荒い呼吸音、心臓の音。バスやタクシーなど都市の雑音と、人間の体が発する音が絶妙に交じり合う。
「映画はやっぱり潜在意識が現れるからね。僕が意識したものを伝えるだけじゃなく、潜在的に感じたことが伝わっていく。呼吸音や心臓の音は、僕の『命』に向けた潜在意識なんです」
「トモベのコトバ」と副題を付けたのは、彼の言葉の強度に対する絶大な信頼があったから。作品全編でそれを表明する意図もあった。
「日本の歌手やミュージシャンの中でも言葉の持つ力を感じさせるという点で友部は抜きん出ている。これは映画だからプロモーションビデオみたいなものとはちょっと違うんです。友部正人という人間を、その存在をしっかり見せて、聞かせること。彼の命がここ(ニューヨーク)で息づいていたこと。あいつが語っている言葉の意味。そうしたものを映画を通じて受け止めてもらえたらいい」
『遠来~トモベのコトバ~』の一場面









































































