今、注目!しずおかの若手詩人 人柄や作品は
今、静岡県内出身の若手詩人が注目されています。月刊誌「現代詩手帖」を発刊する思潮社の新しいシリーズの第1弾で静岡県内出身の詩人2人の第1詩集が顔をそろえたり、詩の月刊誌「ユリイカ」で、「ユリイカの新人」に選ばれたりしています。また詩から小説に創作の場を広げることも。「しずおかの若手詩人」の活躍ぶりをまとめました。
言葉で描く 日常の点線 現代詩新シリーズに静岡県内若手2人
月刊誌「現代詩手帖」を発刊する思潮社が、若手の詩人による新シリーズ「lux poetica(ルクス・ポエティカ)」を立ち上げ、その第1弾に静岡県内出身の詩人2人の第1詩集が顔をそろえた。
偏屈な乾燥衣類(ニャー)。
メロンパンが湖を、画面を横切るカット、ボール。天使がひろがる床ゆか、皮膚。
鋭く、折れ曲がった人工の視線。
(「トロフィー、胡桃の床」の一部)
2023年に現代詩手帖賞に選ばれた芦川和樹さん(三島市出身)の「犬、犬状のヨーグルトか机」は、言葉の連なりから生まれるイメージを、果てしなく拡張する。瞬間的に単語を選び取っているような、スピード感豊かな詩集だ。
00年代後半から都内を拠点に音楽活動をはじめ、現在もドラマーとして活動するバンド「鮎牛蒡[あゆごぼう]」の楽曲作りが現代詩に発展した。
「バンドの演奏が現代音楽のようなスタイルに変わっていき、それに伴って長めの歌詞を書くようになった。ドラム演奏の際はリズムをキープするのではなく、一つ音を出し、そこから次の音を探す。同じ気持ちで詩を作っていた」
収録された詩は、一般的な縦書きにとどまらない、不定型な作品が多い。言葉や文字がページの右下から左上に流れたり、詩の途中で行が二手に分かれ、別々の世界を描き始めたり。見開きをキャンバスにして、文字で絵を描くようだ。
「ある言葉の次に付く言葉を、見つけた場所に置く、といった感覚。あまり散り散りになると面白くないので、最終的に収束していくようにしている」
創作について問うと「楽しさ」というキーワードが返ってきた。
「隣にいると楽しそうな言葉を選んでいる。音楽もそうだが、苦しんで良い作品ができても続かない。つらい思いをバネにして書くようなことはしない。楽しんでいる時に一番好きな詩が書けると思っている」
◇
人はこころに四季をもち
四季はこころに人をもつ。
春が 足音をたててやってくるなら、
雪解けと春の境目を探して
指先でなぞるようにチェロを鳴らそうか。
(「不文律の夢」の一部)
月刊誌「ユリイカ」(青土社)が選ぶ23年「ユリイカの新人」の栄誉を得た小川芙由[あおい]さん(静岡市出身)の「色えらび」は、光の強弱が詩世界の輪郭をくっきり浮かび上がらせる。五感を研ぎ澄ませて紡がれた言葉と文体が、読み手に夏の木陰を歩くかのような心地よさをもたらす。
セルフセラピーに近い営為として17年に創作を始めた。
「気力がない状態に陥った時期に、何か人生を前進させる感覚が欲しくて詩作を開始した。日本語であれば読むこと、書くことに特別な技術や道具が必要なわけではないと思った」
谷川俊太郎さんをはじめとした現代を生きる詩人の作品に触れ、「現代詩」の魅力、奥深さに目が開いた。詩人文月悠光さんの講座に通い、読む、書くの両面で指導を受けた。
「小説や新聞記事は意味や情報がきちんと伝わるかが重要だが、詩は言葉それ自体に重きを置いていて新鮮だった。意味の余白があってこそ、読者の想像が広がる」
第1詩集に収録した28編は、各誌で入選、佳作を得た作品が中心という。
「日常で引っかかった言葉をメモしている。詩は書いているうちに像が立ち上がって、徐々に鮮明になる。直線の道筋を書くのではなく、一歩一歩の点線。点と点はつながっていないのに、整合性が取れたり、立ち上がる景色があったりするのが不思議」
(教育文化部・橋爪充)
<メモ>「lux poetica」はラテン語で「詩の光」を意味する。第1弾は他に、張文經さんの「そらまでのすべての名前」と大島静流さんの「蔦の城」。各1650円。第2弾の刊行は夏以降に予定。
〈2024.02.26 あなたの静岡新聞〉
言葉で、余白で、すくう感情 詩人ゆずりはすみれさん(静岡市葵区)【表現者たち】
雨上がりの公園、帰り道に見上げた空、赤ちゃんの掌[てのひら]-。詩人ゆずりはすみれさん(36)=静岡市葵区=が紡ぐ詩は、日々の生活や目にした景色から抱く感情、感覚を言葉ですくい上げる。
いつか 手向けられた花にも
ひとしれず いのちがあった
そのいのちのあとに続くものを
いま と呼ぶなら
(詩集「かんむりをのせる」新装版の「緒の詩」から)
詩作は、全て平仮名で書いてから。「意味を明確にしたい時は漢字に」。直感で選び取っていく。詩集の他、詩誌を年1回発行し、ウェブやフリーペーパーでも詩やエッセーの発表を続ける。与えられた主題で創作する機会も増えた。
「散文は言葉を尽くして表現する。詩は言葉を失っていくうちに残る言葉で表現しようとする」。生まれた余白も詩の一部。「書かれている言葉と、書かれていない言葉を同時に受け取りながら感じていく」
わたしの口をふさいでも(川は流れ続ける)
わたしの手をくくっても(川は流れ続ける)
わたしの目をおおっても(川は流れ続ける)
わたしの足をくじいても(川は流れ続ける)
(「水辺」から)
アフガニスタンのタリバン暫定政権による「詩作禁止令」に対し、ことし2月、亡命詩人が抗議の詩作を世界へ呼びかけた。ゆずりはさんが寄せた「水辺」も、8月刊行のアンソロジーに加わる。「詩が自由に書ける、言葉を自由に使える。その『当たり前』が、どの土地でも当たり前であってほしい。社会の問題について自分がどう向き合うか、意識するようになった」
日常に軸足を置くスタンスも変わらない。「書き上がって『いい詩だな』と感じられる美しい詩を作っていきたい」と語る。
(教育文化部・岡本妙)
〈2023.07.21 あなたの静岡新聞〉
※年齢は初出掲載当時
詩人・水沢なおさん(長泉出身) 初の小説集「うみみたい」 言葉に導かれ 見つめる「生殖」
中原中也賞詩人の水沢なおさん(長泉町出身)が、初の小説集「うみみたい」を発表した。雑誌「文芸」2022年冬季号掲載の表題作を含めた全4編は、生き物の「生殖」に対する崇敬、畏怖、葛藤がテーマ。デビュー時から研ぎ澄ませてきた代名詞的モチーフだ。
「産む」「生まれる」という極めて普遍的な現象に対する、20代女性の繊細かつパーソナルな感情が丁寧に描かれる。対話を通じて相手の考え方を推し測り、その差異を尊重し合う二人の関係が心地よい。
第一詩集「美しいからだよ」(19年)、第二詩集「シー」(22年)とは異なるアプローチで生殖を取り上げた。水沢さんは「執着と言ってもいいと思う」と笑う。「人が産むこと、生まれることに対して不思議さ、時には恐ろしさを感じながら、強く引かれている。異なる感情が常にある」
今作では生殖についての複雑な思いを、登場人物二人に幅広い視点で語らせている。「うみとみみは自分の分身のような存在。今、自分が持っている生殖への気持ち、モチーフを存分に詰め込んだ」
小説執筆に当たり、人物造形の解像度を意識的に高めた。「詩の世界では読者にどういう人物、どういう存在かを委ねられるが、小説ではそこをはっきり書きたかった」
タイトルが物語を導いた。「『うみみたい』の5文字がまず浮かんだ。『つかんだ』と思った」。これまでも詩集や詩のタイトルでダブル・ミーニングを多用してきただけに、大きな可能性を感じた。「大切にしている『海』と『産み』の両方が含まれる。うみとみみが出てくる話、というのもその時点で決まった」
今後も詩と小説の境界線をまたぎながら創作を続ける。「1対1の関係性を描きたいという点は同じ。小説は小説、詩は詩の方法で表現を広げ、深めていきたい」
(教育文化部・橋爪充)
〈2023.04.11 あなたの静岡新聞〉
小説の分野では西野冬器さん(静岡県出身) 文芸賞短篇部門受賞
第60回文芸賞(河出書房新社主催)の「短篇部門」に静岡県の西野冬器さん(16)=在住地、在校名非公表=の「子宮の夢」が選ばれた。「短篇部門」は雑誌「文芸」が創刊90周年を記念し、1年限りの企画として募集。4176作の応募があった。選考委員の一人の作家松田青子さんは選評で「候補作の中で最も表現の冒険を行っている」とたたえた。
作品は、女たちが子宮を投げ合う奇想的な場面で始まる。語り手の体から引っ張り出された「時間」との対話が始まり、いつしか夢の中で赤に彩られた世界にはまり込んでいく。
幕開けのイメージは仏哲学者シモーヌ・ヴェイユの「重力と恩寵」の記述が端緒。鎮痛剤や頭痛薬で痛みをなくした臓器が軽くなって飛ぶ、という設定を思いついた。
「絶対にない世界観にするために、最初にインパクトのあるものを入れたかった。自分の中から出て来た感覚を言葉にした」
短編ながら表現の密度、強度は高い。オリジナリティー豊かな比喩をちりばめながら、五つの世界を漂う。登場人物のクイア(非異性愛)的な感性が描写の美しさを増幅させる。ルー・リードやクリステン・スチュワートら、音楽や映画のスターの名が修辞的に用いられ、「小道具」としての機能を果たす。
「恋人がいないクイアを描きたくて。同性のパートナーがいたり、同性に『好きだ』と言ったりする場面をあえて作らず、クイアアイコン(記号、偶像)を登場させることで、主人公がクイアであることを示したかった」
小説執筆の源流には豊富な読書経験がある。
「小学生の頃は朝井リョウの作品が好きだった。中学生になって近代文学に接するようになり、川端康成や梶井基次郎を読んでめちゃくちゃ感動した。朝井の小説を読んでいた頃は『こういうものは絶対に書けない』と感じていたが、梶井らは周囲の描写、文章の細かさで小説を成り立たせている。自分にも書けるんじゃないかと思った」
自宅のパソコンで創作に励む。これまでに六つの作品を完成させた。
「あまり考え込んだりはしない。歩いている時に思いついた文章を打ち込むだけ。小説は(短歌や俳句より)物事を詳細に描けるのが好き。中2の時にまとまったものを書いてから、やめられない。(文章が)浮かんじゃうから」
(教育文化部・橋爪充)
〈2023.11.20 あなたの静岡新聞〉
※年齢は初出掲載当時