リニア中間報告 「認識の差」浮き彫りに
リニア中央新幹線工事に伴う大井川中下流域の水利用に関する問題を議論してきた国土交通省の専門家会議が、1年8カ月を経て中間報告をまとめました。静岡県とJR東海がそれぞれ受け止めを説明しましたが、認識の差が浮き彫りになりました。対話を通じてその差は埋められるのでしょうか。中間報告のポイントをまとめました。
〈静岡新聞社編集局TEAM NEXT・寺田将人〉
国交省会議、「トンネル湧水全量戻し」方法示さず
リニア中央新幹線南アルプストンネル工事に伴う大井川の水問題を議論してきた国土交通省の専門家会議(座長・福岡捷二中央大教授)は19日、第13回会合を都内で開き、中下流域の水利用に関する中間報告をまとめた。水量が現状維持されるというJR東海の予測は不確実性を伴うとして同社に対策を要請。表流水の量は「トンネル湧水の全量戻し」をすれば維持され、地下水量への影響も「極めて小さい」としたが、全量戻しの具体的方法は示さず、JRと県、流域市町の協議に問題解決を委ねた。
![国土交通省専門家会議の中間報告のポイント](/news/images/n101/1002415/riniahyou.jpg)
中間報告は、JRの予測するトンネル湧水量が「確定的ではない」とし、地質や気候などリスクとなる要因を整理した上で、リスク対策の実施や、流量、地下水位などの継続的な計測結果の地域との共有を求めた。全量戻しを含む具体的な方法は県などと調整するよう要請した。
表流水が維持された場合の中下流域の地下水が減る量は、不確実性があるとしながらも年0~1億トンに相当するとしたが、表流水量の年間変動量9億~15億トンに対して「極めて小さい」と表現した。
福岡座長は会議で「地元の不安が払拭(ふっしょく)されるよう真摯(しんし)に継続的に対応してほしい」とJRに求めた。オブザーバー参加した難波喬司副知事は「JRの対応が改善されて前に進める段階になった」と一定の評価をした上で「湧水県外流出や残土置き場などの問題は解決策が示されていない」とし、1月中に流域10市町や利水団体に国交省会議の内容を説明する方針を示した。
専門家会議は県側とJRの協議が行き詰まったため、JRへの指導を目的に昨年4月に設置され、協議は1年8カ月間に及んだ。
〈2021.12.20 あなたの静岡新聞〉
静岡県、湧水流出の問題点指摘/JR東海「減水可能性低い」
1年8カ月の議論を経てリニア中央新幹線工事に伴う大井川中下流域の水利用に関する問題の中間報告がまとまった19日、県とJR東海がそれぞれ記者会見で受け止めを説明した。県が、工事期間中にトンネル湧水が県外に流出した場合の問題点など積み残された課題を指摘する一方、JRは中間報告を根拠に「減水の可能性は低い」とする考えを強調し、認識の差が浮き彫りになった。今後の対話でその差を埋められるかが問われる。
![記者会見する難波喬司副知事=19日午後、国交省(左)/記者会見するJR東海の宇野護副社長=19日午後、国交省(右)](/news/images/n101/1002415/rinia1.jpg)
これに対し、難波喬司副知事は「中間報告のいいとこ取りのような説明は真摯(しんし)な対応ではない。中間報告では、中下流域への影響が少ないとされているが、不確実性があるのでしっかり対処するようにとも書かれている」とくぎを刺した。
工事期間中に県外に流出する水の問題のほかに、発生土置き場の安全性や水質への影響に関しても、「議論が十分されていない」と指摘した。中間報告では水質管理について「適切な処理・管理が継続されれば、表流水や地下水の水量・水質などに影響をもたらすものではない」と明記された。しかし、難波副知事は「処理や管理の方法が適切なのかは評価していない」と課題を挙げた。
JRの宇野護副社長は「中間報告の記載は私たちの取り組みの資料がベースになっていて、会議で一定の理解をいただけた。高いレベルの分析にのっとっていて、十分に県と対話できる」と述べた。
福岡捷二座長(中央大教授)をはじめ、複数の委員から流域の不安や懸念の払拭(ふっしょく)に継続的に取り組むよう指導を受けた点には「常に真摯(しんし)な対応をしているが、指摘を謙虚に受け止めて取り組みたい」と強調した。
〈2021.12.20 あなたの静岡新聞〉
「継続して真摯な対応を」 福岡捷二座長(中央大教授)一問一答
19日に中間報告を取りまとめた国土交通省専門家会議の福岡捷二座長(中央大教授)の記者会見での主なやりとりは次の通り。
![記者会見する専門家会議座長の福岡捷二中央大教授=19日午後、国交省](/news/images/n101/1002415/IP211219TAN000043000_00.jpg)
「科学的、工学的な答えだけで議論しては駄目だ。解析(流量予測)は不確実性がある。想定されるリスク(への対応)やモニタリングを実行してほしい」
―なぜ1年8カ月もかかったか。県からも意見書が何度も出た。
「県から、リスクやモニタリング(の議論)が不十分ではないかと言われたが、同意する。JR東海も最初は不十分だった。相当力を入れて議論した結果が、中間報告だ。毎回の会議で問題が出た。時間がかかるのは当然だ」
―中間報告の「真摯(しんし)な対応を継続すべきだ」という意見に有効性はあるか。
「当然するべきだ。真摯に対応するだけでなく、それを継続的にすべきであると、JR東海に対し指示した」
―JR東海の金子慎社長は「有識者会議の見解は『中下流域の水量が減る可能性は低い』と理解している」と言っている。見解として言い切れるか。
「科学的、工学的な立場からすれば、トンネル湧水全量を戻せば河川流量は維持され、地下水の変化も非常に小さい。ただ、数値計算に頼らなくてはいけない所は条件設定があるので、それが全てではない」
〈2021.12.20 あなたの静岡新聞〉
今後はどうなるの? 科学的議論に限界 着工是非、誰がどう判断
リニア中央新幹線南アルプストンネル工事に伴う大井川の水問題は、県や国土交通省が設置した会議で専門家による科学的議論が長期化し、問題の出口が見えない状況が続く。JR東海による岐阜県や長野県の別のトンネル工事では崩落事故が相次いだ。科学的議論を尽くしてもトンネル工事の不確実性を踏まえれば、中下流域の水への影響を完全に予測できず、事前に影響がゼロと言い切れないというのが識者の大方の見方だ。
![着工までに想定される主な手続き](/news/images/n101/1002415/IP211218MAC000001000_00.jpg)
政治や行政に詳しい県立大の前山亮吉教授は「有識者会議はデータなど判断材料の提供機関でしかない。合理的なデータが整った段階で、妥協して工事を容認するのか、しないのか政治的決断が必要になる」と話す。
では、決断する仕組みはどうなっているのか。県は環境影響評価や河川法など関連法令の手続きを記したチャート図「着工までの主な流れ」を公表している。それによると、最終的には県と流域10市町、11の利水団体がJRと合意文書を交わすことになる。ただ、利水者は水量と水質の現状維持を強く希望し、妥協は容易ではない。
流域の理解を得られず、着工できない場合はどうなるか。全国新幹線鉄道整備法によると、ルート変更を判断するのは事業者で、JR東海はリニアのルート変更に否定的だ。リニアは民間事業なので国土交通省の方針だけでルートを変えられない。前山教授は「誰が最終判断するか分からない仕組みで、責任主体の不明確さが事態の混迷をもたらしている」とみる。
JR東海の金子慎社長と流域市町長による9月の意見交換会は、JRが流域の理解を得る前触れという見方があった。しかし、流域側のまとめ役の染谷絹代島田市長は取材に「意見交換会で説明したから、地元の理解を得たとJRが言うのは駄目だ。(JRと対話する)順番は県が先になる」と話している。
東京電機大の寿楽浩太教授(科学技術社会学)は「(大井川の水問題は)既に社会的な紛争の状態にある。地元への謝罪や補償も視野に、解決のための妥協案を模索するしかないのでは」とJRの経営判断や政治問題だという認識を示す。「本来はリニアのルートが決まらない段階で大井川への影響を検討し、合意を得るべきだった」と指摘した。
<メモ>大井川流域10市町と県 国土交通相は2014年の事業認可時に「地域の理解と協力を得ること」を着工の条件とした。これに基づいて国交省鉄道局は大井川の水問題を巡っては、流域10市町(島田、焼津、掛川、藤枝、袋井、御前崎、菊川、牧之原、吉田、川根本町)の理解が着工の前提条件になるとしている。大井川直下のトンネル掘削に必要な河川法の許可や開発行為に必要な条例の権限は県にある。
〈2021.12.19 あなたの静岡新聞 連載【大井川とリニア 第8章 流域の理解は得られるか⑤完】より〉