ダムと生きる~山梨・雨畑の声~(4・完)3首長、複雑な関係 思惑交錯、住民蚊帳の外

 9月18日午後、静岡県庁東館2階。ある男性がエレベーターへ歩いていた。数人の関係者と落ち合い、手土産の山梨産最高級シャインマスカットを引っ提げて5階の知事室へ。県が一般に公表している川勝平太知事(72)の予定には、同2時からの「面談(会場:知事室)」のみ。報道機関に知らされないいわば“お忍び”だった。

川勝平太知事との面会のため静岡県庁に入る山梨県早川町の辻一幸町長(右)と川根本町の鈴木敏夫町長=9月18日午後、静岡市葵区
川勝平太知事との面会のため静岡県庁に入る山梨県早川町の辻一幸町長(右)と川根本町の鈴木敏夫町長=9月18日午後、静岡市葵区
3人を取り巻く複雑な人間関係
3人を取り巻く複雑な人間関係
川勝平太知事との面会のため静岡県庁に入る山梨県早川町の辻一幸町長(右)と川根本町の鈴木敏夫町長=9月18日午後、静岡市葵区
3人を取り巻く複雑な人間関係

 駿河湾産サクラエビの不漁問題を契機に知られる日本軽金属雨畑ダムや同社出資の採石業者ニッケイ工業による凝集剤入り汚泥の不法投棄現場がある山梨県早川町の辻一幸町長(80)。川勝知事とは旧知の仲だ。人口約千人の全国最少の町を現職首長で全国最長の10期にわたって率い、今月には11選へ出馬表明した町長選を控える。
 同席したのは川根本町の鈴木敏夫町長ら数人。このうち1人が翌週、内容と写真をSNSにアップ。辻町長と鈴木町長からの要望として「川根本町と(静岡市葵区)井川地区と早川町を結ぶ幹線道路整備を静岡県と山梨県が計画して、リニア建設中の安全と建設後のリニアの走るユネスコエコパークの発展を先導して欲しいという内容です」と投稿した。
 「幹線道路」はトンネルを指す可能性がある。
 川勝知事が2016年に提唱し辻町長、鈴木町長らも賛同しているとされる静岡、山梨、長野3県境の山間地の連合体「環南アルプスエメラルドネックレス構想」を念頭に置いた動きとみられる。
 早川町はサクラエビ不漁と関連が指摘される富士川水系汚濁を巡る“当事者自治体”だが、川勝知事は昨年末に辻町長の案内で雨畑ダムを視察し「濁りは壊滅的不漁に当然影響している」と述べて以降、富士川に関する発信がめっきり減った。
 川勝知事は愛着を込めて「こうちゃん」と呼ぶ、二階俊博自民党幹事長の“秘蔵っ子”で山梨県知事の長崎幸太郎氏(52)と、コロナ禍で互いの県産品を買う「バイ・ふじのくに」を通じ、関係を急接近させている。辻氏は、長崎氏が初当選した19年の知事選で野党共闘の現職(当時)を選対本部幹事長として支援。川勝知事は富士川の問題を拱手(きょうしゅ)傍観する一方で、辻、長崎両氏と関係を深め、南アルプス、富士山などを中心とした新経済圏構想フジノミクスに思いをはせているという。
 8月28日、安倍晋三首相が辞任表明している午後5時すぎ、川勝、長崎両知事は山梨県南部町の秘湯奥山温泉に漬かり、南アの保全とともにフジノミクスの核となる富士山周遊ルートのための、リニア東京・品川-甲府間の先行開業などについて意見交換。川勝知事は富士山静岡空港を静岡、山梨両県の玄関口として「富士山空港」に改めるアイデアを温めているという。
 早川町は、リニア工事のトンネル残土受け入れ費などJR東海から本年度7億円近い収入があり、一部が盛り土に使われる「早川・芦安連絡道路」の新設で甲府方面へのアクセスが飛躍的に向上する。ただ、著しい堆砂で住民生活に水害の危機が及ぶ雨畑ダムの東京ドーム5杯分の土砂の搬出は日軽金任せだ。
 川勝知事との面談を終えた辻町長ら一行は「あれだけ腹が据わっていれば大丈夫だ」などと話に花が咲いた。それぞれ地域戦略を描く政治家の関心の外で、埋まったダムのほとりで暮らす雨畑地区の住民はぽつんと取り残されている。

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