伊豆諸島海底でゴールドラッシュ? 「ラン藻シート」で金回収

 近い将来、海底から大量の金を採取するゴールドラッシュがやって来るかもしれない。海洋研究開発機構と重工業大手のIHIの研究チームが、伊豆諸島・青ケ島沖の海底にわき出る熱水から、特殊なシートに吸着させる手法で高濃度の金を回収することに成功した。採算性などの課題はあるが、研究者は「早期の実用化を目指したい」と意気込んでいる。

培養中のラン藻を確認するIHIの福島康之さん=横浜市磯子区
培養中のラン藻を確認するIHIの福島康之さん=横浜市磯子区
金を吸着するためラン藻から作られた特殊シート
金を吸着するためラン藻から作られた特殊シート
伊豆諸島・青ケ島
伊豆諸島・青ケ島
無人探査機のロボットアームでシートを取り付けた金属籠(右奥)を回収する様子=2023年6月、東京・青ケ島沖(海洋研究開発機構提供)
無人探査機のロボットアームでシートを取り付けた金属籠(右奥)を回収する様子=2023年6月、東京・青ケ島沖(海洋研究開発機構提供)
培養中のラン藻を確認するIHIの福島康之さん=横浜市磯子区
金を吸着するためラン藻から作られた特殊シート
伊豆諸島・青ケ島
無人探査機のロボットアームでシートを取り付けた金属籠(右奥)を回収する様子=2023年6月、東京・青ケ島沖(海洋研究開発機構提供)


 IHI横浜事業所(横浜市磯子区)の一室に、緑色の液体で満たされたガラス瓶約30本がずらりと並んでいた。光合成を行う原始的な生物「ラン藻(シアノバクテリア)」を培養する装置だ。
 主任研究員の福島康之さんが、コンブのような黒いシートを手に取って見せた。「ラン藻を化学処理して乾燥させたシートです」
 福島さんによると、熱水中の金は、塩化物イオンと結合した塩化金という化合物の形で存在している。塩化金が溶け込んだ熱水にシートを浸して反応させると金と塩化物イオンの結合が外れ、金がラン藻に強く引き寄せられる。金が吸着したシートを焼くと、金だけを取り出せるという。
 福島さんは、これまでほぼ手つかずだった海水中の金に目を付けた。「諸説あるが、海水中の金の資源量は50億トンに上るという見方もある」。これまでに人類が採掘した金の総量は約18万トン、残る地中の埋蔵量は約5万トンとも言われる。50億トンは桁違いの量だ。
   …◆…
 2016年、新たな研究テーマを提案する社内のイベントで、講師として招かれた海洋機構の野崎達生主任研究員と出会った。「海水から金を回収したい」という福島さんの熱意を受け、野崎さんも挑戦に加わった。
 2人が注目したのは青ケ島沖。この前年、東京大の研究チームが水深約750メートルにある東青ケ島カルデラで、金属成分が沈殿した海底熱水鉱床を発見していた。野崎さんによると、青ケ島沖の熱水の温度は約270度。熱水としてはやや低温だが、金が溶け出しやすい温度でもある。
 青ケ島を含む伊豆諸島は、太平洋プレートがフィリピン海プレートの下に沈み込む伊豆・小笠原海溝に並行し、陸上も海底も活火山が連なる。マグマ由来の岩石に含まれる金が、熱水と接触して溶け出しているだろうと2人は推測した。
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 21年9月、チームは海洋機構の無人探査機を使い、青ケ島沖の海底にシートを取り付けた金属籠を設置した。23年6月に回収して分析すると、最大20ppmの濃度の金がシートに付着していた。重さ1トンのシートであれば、20グラム相当の金を回収できる計算になる。
 「商業的に採算が合う濃度は3~5ppm。その5~6倍に達した」と福島さん。さらに銀も回収され、約7千ppmと金の約300倍以上の濃度だった。「2年たってもシートが残っていてほっとした。失敗したら研究も止まる恐れがあった」と振り返る。
 実用化への期待が膨らむが、コスト面の課題は山積している。例えば無人探査機や船を利用すれば1度の航海に数百万円もかかる。
 それでも福島さんは挑戦する姿勢を崩さない。「小型船を使うなどすればコストを削減できる。新しい資源分野の開拓につなげたい」と語った。

 有害な金製錬の代替
 ラン藻などの微生物が金属イオンを吸着する現象は「バイオソープション(生物吸着)」と呼ばれ、低コストで環境に優しい金属回収方法として期待されている。
 海外の零細・小規模な金採掘現場では、金を含む鉱石を細かく砕き、水銀と混ぜて加熱する「アマルガム法」という方法で金を取り出しているケースがあり、蒸発した水銀による深刻な健康被害や環境汚染を引き起こしている。
 ラン藻シートの技術を確立できれば、海水からの金回収にとどまらず、水銀のような有害物質を使った金製錬の代替手段になる可能性がある。

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