「支持率」の背後にあるもの 価値基準を映し合い政治の主役へ【茂木健一郎のニュース探求】

 政治家というのは「人気商売」で、とにかく当選しないと話にならない。政権も、選挙で勝たないと維持できない。岸田文雄首相や官邸のスタッフが「支持率」の上下に一喜一憂するのは当然だし、それが民主主義というものだろう。

茂木健一郎さん(撮影・徳丸篤史)
茂木健一郎さん(撮影・徳丸篤史)
記者団の取材に応じる岸田首相=11月9日、首相官邸
記者団の取材に応じる岸田首相=11月9日、首相官邸
岸田内閣支持率の推移
岸田内閣支持率の推移
茂木健一郎さん(撮影・徳丸篤史)
茂木健一郎さん(撮影・徳丸篤史)
茂木健一郎さん(撮影・徳丸篤史)
記者団の取材に応じる岸田首相=11月9日、首相官邸
岸田内閣支持率の推移
茂木健一郎さん(撮影・徳丸篤史)

 以前から気になっていることの一つは、日本語の「支持率」に当たる英語表現中の「アプルーバル」という単語のニュアンス。「承認」「同意」「是認」という意味であり、有権者が主役の感じがより強い。アメリカのバイデン大統領や、イギリスのスナク首相の仕事ぶりに対して、国民が「合格」「不合格」と言っている感じが伝わってくる。
 もちろん、単なる言葉の問題ではあるし、日本語の「支持率」も、有権者が主役なのだという当たり前の原点に立ち返って解釈していけばいいのだろう。政治家の仕事ぶりを評価して、承認あるいはダメ出しするのは私たち有権者。議員や大臣たちが、国民から国を運営する仕事を負託されているのだという原則を常に忘れないでいたい。
 ところで、人間の脳の働きという視点から厄介なのは、日本で言うところの「支持率」が上がったり下がったりする理由が必ずしも明らかではないということである。岸田首相の立場だと、減税や給付金などの施策を打ち出したのに支持率が上がらずがっかりだろうが、そもそも人の心はそれほど単純ではない。
 マーケティングでは、ある商品やサービスに人気がある理由を、人々の無意識を含めた認知まで掘り下げた「インサイト」(洞察、直観)において捉えようとする。たとえば、「コカ・コーラ」や「ビートルズ」といったブランドの人気を支える認知構造を解明しようと試みる。
 ところが、このインサイトをつかむのがなかなか難しい。人気アイテムの背後にある秘密をつかんで、同業他社が同じことをしようとしても簡単には成功しない。
 マーケティングの専門家は、人々にインタビューしたり、さまざまなデータを分析したりして、人々の消費行動の背後にある原理をつかもうとする。もし、ヒットの理由が分かれば、経済的に大きなインパクトがあるからだ。しかし、そう容易ではない。何よりも一人一人の消費者が、ある商品やサービスをなぜ選ぶのか自覚していないし、説明できないことが多いのである。
 安倍晋三さんは、首相在任時に国政選挙で連勝していたが、それはなぜだったのか。政治家ならば誰でもその秘密を知りたいと思うだろうが、「これが理由だ」と明示するのは困難だ。有権者にしても、なぜ安倍さんを支持していたのか、与党に投票していたのかを自分たちでも明確に説明できないケースが多い。
 人間の脳には、その理由を意識化できない時ほど、強固に支配されてしまう性質がある。誰かを好きな理由が分からない時の方が気持ちは熱烈で、魅力のポイントが分かってくると次第に冷めてくるというのはしばしばある経験だろう。政治家の人気も同じで、個々の政策の是々非々だけでは説明できない側面がある。
 民主主義において大切なのは、合意形成だ。そのためにはできるだけ率直に意見のやりとりをしなければならない。たとえ難しくても、自分がある判断をしている理由をできるだけ意識化して、分かりやすい言葉で伝え合う必要がある。
 メディアが伝える世論調査における「支持率」の背後にあるものは何か。その数字の上下だけに注目するのではなく、人々のインサイトをできるだけ掘り起こしていかなければならないだろう。
 そのために有効なのは、他人という鏡に自分を映すこと。脳の前頭葉にあるミラーニューロンは、他人と自分を鏡のように対照して処理する。意見が同じ人に共感し、異なる場合に反発する。そのどちらも、他人という鏡に映った自分を認識することに役立つ。
 支持率は、政治について人々が抱くインサイトに至る入り口である。政治の行方を決めるのは私たち一人一人だが、その前提として、自分の価値や判断の基準に自覚的な方がいい。インサイトを自覚していないと、結局流されてしまって自分が主役になれない。
 なんとなく支持する、あるいは支持しないというだけではもったいない。お互いを鏡として、自分の価値基準をできるだけ明確に把握していくことこそが、本当の意味で有権者が政治の主役になる道だろう。(茂木健一郎、隔週木曜更新)
 ☆もぎ・けんいちろう 脳科学者、ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。1962年東京都生まれ。東京大学大学院物理学専攻博士課程修了。クオリア(感覚の持つ質感)をキーワードに脳と心を研究。新聞や雑誌、テレビ、講演などで幅広く活躍している。著書に「脳とクオリア」「脳と仮想」(小林秀雄賞)など多数。

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