芥川賞に市川さん 障害者と社会の距離問う 読書文化の「特権性」指摘【大型サイド】

 芥川賞の受賞が決まった市川沙央さんのデビュー作「ハンチバック」には、重い障害のある主人公から見た日常の風景が独自の視点でつづられる。中でも紙の本を読むことに難儀し、健常者を前提にした読書文化の「特権性」を糾弾するくだりは痛烈だ。識者は「障害者と社会の距離感を問う挑戦的な作品だ」と解説する。

芥川賞に決まり、記者会見に臨む市川沙央さん=19日午後、東京都千代田区
芥川賞に決まり、記者会見に臨む市川沙央さん=19日午後、東京都千代田区
芥川賞に決まり、記者会見で質問に答える市川沙央さん=19日午後、東京都千代田区
芥川賞に決まり、記者会見で質問に答える市川沙央さん=19日午後、東京都千代田区
芥川賞に決まり、記者会見に臨む市川沙央さん=19日午後、東京都千代田区
芥川賞に決まり、記者会見で質問に答える市川沙央さん=19日午後、東京都千代田区

 目が見える、本が持てる、ページがめくれる、読書姿勢が保てる、書店へ自由に買いに行ける―。受賞作には、そんな「5つの健常性」を満たすことを要求する読書文化に、主人公が憎しみをあらわにする場面がある。
 市川さんによると、作中で実体験が反映されているのは「30%」だが、このシーンは「一番伝えたかったところ。通じたならうれしい」。自身を投影した小説を執筆した理由の一つに、過去に障害者が描かれた創作が非常に少ないことを挙げている。
 二松学舎大の荒井裕樹准教授(障害者文化論)によると、障害者の同人誌やサークル活動は以前からあるが「これだけ目立つ形で当事者による文学が取り上げられるケースは珍しい」と指摘。「作者が重度障害者という点が話題の中心になっているが、本作はそうした関心を向けてくる読者を試すようなところがある」と説く。
 主人公が健常者に投げかける皮肉めいた描写も「そういう感情への想像力が働くかどうかが、この社会が重い障害のある人とどのような距離を取ってきたのかを問うリトマス試験紙になる」と話す。
 一方、小説そのものの構造に注目するのは、書評家の江南亜美子さん。終盤、視点人物が切り替わることで「当事者が自身の体験を基に書いた作品」という体裁から距離を取り、一元的な視点から読者を解放していると読み解く。
 「こうした批評性を担保する営為は、小説にしかできないこと」。当事者ならではの重みが持つ迫力だけでなく、小説本来の自由さも併せ持っていると評価する。「主人公が体験したこともないような『潜入記事』を量産しているように、本来、誰が何を書いたっていいというメッセージをも内包している作品です」

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