東京芸大の日比野克彦学長インタビュー(上) アートで地方創生、多様性ある社会を【増刊号】

 アーティストの日比野克彦さんが東京芸術大学の学長に就任して1年がたった。1980年代に、大量消費時代を象徴するかのような段ボール紙を用いた作品でデビュー。ポップアートの旗手として、若者の人気を集めた。その後はデザインや広告、舞台に映画美術、テレビ番組の司会と、ジャンルを越えて活躍した。

東京芸大の日比野克彦学長(撮影・福留佳純)
東京芸大の日比野克彦学長(撮影・福留佳純)
昨年8月に行われた「瀬戸内海分校プロジェクト」に参加する日比野克彦さん(右)=高松市(香川県提供)
昨年8月に行われた「瀬戸内海分校プロジェクト」に参加する日比野克彦さん(右)=高松市(香川県提供)
東京芸大の日比野克彦学長(撮影・福留佳純)
東京芸大の日比野克彦学長(撮影・福留佳純)
高校生が参加した「瀬戸内海分校プロジェクト」=昨年12月、香川県三木町(同県提供、画像の一部を加工しています)
高校生が参加した「瀬戸内海分校プロジェクト」=昨年12月、香川県三木町(同県提供、画像の一部を加工しています)
東京芸大の日比野克彦学長(撮影・福留佳純)
昨年8月に行われた「瀬戸内海分校プロジェクト」に参加する日比野克彦さん(右)=高松市(香川県提供)
東京芸大の日比野克彦学長(撮影・福留佳純)
高校生が参加した「瀬戸内海分校プロジェクト」=昨年12月、香川県三木町(同県提供、画像の一部を加工しています)

 近年は、全国各地で一般の参加者とともに、さまざまなワークショップやプロジェクトを展開し、社会の課題にアートを通じて取り組んできた。母校である芸大にデザイン科助教授として着任し、美術学部長を経て現在に至る。残りの任期5年弱で学長として何を目指すのか、語ってもらった。
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 -95年に母校のデザイン科で教え始めてから大学には長く在籍されていますが、学長に就任して変化はありますか?
 同じ大学という環境に居ても、学長になると直接の教育者ではなくなるというのが一番大きく変わったところです。日比野研究室がなくなるのは、ちょっと寂しかったけれども。自分の経験値の中で教育機関を運営していくということは変わらないのですが、大学の運営に比重を置いて、教育・研究を推進していくにはどういう体制をとるかを考えていくということでも、がらりと変わっています。
 -学長自らが東京芸大の中を探訪し、教授や学生、職員らに話を聞いたり、音楽学部のレッスンや美術学部のアトリエの様子を紹介したりと、ユーチューブで積極的に動画を配信しています。昨年度は1年間で49本の動画を配信されましたね?
 学生に対しての発信にもなるし、自分の表現の一つとして多くの人々とのコミュニケーションは大切にしています。世の中に発信するツールとして、昔は学内の紙媒体とかホームページとかありましたが、今はユーチューブが身近な発信拠点としてあるので、そういうものを使おうというところです。
 -ユーチューブの効果を感じていますか?
 学長がどんな人なのかというのは、ユーチューブでの発言を聞けばなんとなく感じられるはずなので、学生から学長に声をかけやすいというのはあるのではないでしょうか。大学生が学長の顔を知っているかと言えば、多くの場合は分からないままでしょう。僕自身も学生のとき学長と会ったことはなかったのではないか。学長がこういう人だと分かってもらえれば、学内でも声をかけてくれたりするので、そういう意味では効果があるかなと思っています。それ以外にも、ユーチューブは世界中どこでも見られますよね。こんなレッスンをしていますよ、とか学外の方でも知ることができるので、学外へ向けての情報発信にもなっていると思います。
 ▽新入生も一緒に壇上で祝う入学式
 -入学式や卒業式もユーチューブ(東京芸術大学公式チャンネル)で視聴できますね。今年の入学式(ユーチューブhttps://www.youtube.com/watch?v=5PLCS4SvfdI)は学長はTシャツ姿で登場し、出席した学生らはそれぞれに紙を渡されて作業に参加するワークショップのような形式でした。
 壇上に教員が居て、こちら側に新入生がいて…というヒエラルキー的な空間を変えたいというのが意図としてありました。学長になってからは2回目となる今年は「みんながつくる入学式」ということにしました。「新入生と一緒になって祝う空間をつくろう」という趣旨で、「向こう側の風景を見よう」と参列者は一人一人渡された紙を手でくりぬいて、会場の空間に飾り付ける作業を壇上でみんなでやりました。
 -学生の反応は?
 先日出先でたまたま居合わせた学生らが声をかけてきて、入学式の話も出ましたよ。一緒につくったという記憶は経験として、より深く残っていくので、それが表現につながっていくと思います。同じ学年の全員が一同に集まる機会は入学式しかないわけです。これから何者でもなれる、18、19歳の学部生や大学院生らが1時間くらいの時空間を一緒になって作り上げた、ここから芸大が始まるんだという経験になります。共同作業で空間を彩り、そこに自分たちもいた、自分も参加して作り上げた入学式で、当事者として体験できるという芸術の素晴らしさを感じてもらいたかったのです。
 ▽ポストコロナに大学に戻ってこないもの
 -ここ数年の学校生活はコロナ禍で我慢が多かったと思いますが、学生に大学でどんな時間を過ごしてもらいたいでしょうか?
 コロナ感染拡大で、2020年度当初は授業もオンラインでした。ただ美術に関しては、アトリエは広いし個人作業で黙ってやるものだし、実技はオンラインではできないわけで、その年の秋から美術の学生は全員キャンパスに復帰しました。音楽は時間がかかりましたけれども。
 一方で、いわゆるキャンパスライフ、部活動などは2年間まったくできていないんですよね。芸大にも体育会系も文化系もクラブはたくさんありますが、2年間活動がないと、先輩と後輩のつながりが途切れてしまいます。それが顕著に出ていて、今年4月から部活を再開して、体育館も使っていいですよとなっても、部員が集まらない部もあります。
 これまで海外旅行に行ってなかったから別に海外へ行かなくてもいいか、みたいな空気が世の中にもあると思うんです。学生たちも部活がないのに慣れちゃったので、なくてもいいんじゃないの、という感じになっているんじゃないかな…。やってもいいよと言ったら、部活も復活するかと思いきや、ならなくて、あれ?みたいな感じです。
 先輩と後輩の交流とかイベントの企画とか…まあそういうものはなくても、単位は取れて卒業はできるんですけどね。自分の学生時代を振り返っても、学校は課題だけをやっている場所なのではなくて、先輩との交流や部活であっちへ行ったりこっちへ行ったりして、人間関係をつくるということが、18、19、20歳のときのすごい宝になるんですよね。それがここ数年はできなかったし、コロナが下火になっても、元には戻りきらないというところが課題だなと思っています。その分、ネット空間でのつながりはできているんだろうと思うけれど、それはまあ、大学じゃなくてもできるわけですし。
 ▽地域で「分校プロジェクト」
 -任期中に、学生のキャリア支援にも取り組むとのことですが?
 僕は岐阜出身です。地方創生と言われますが、地方には地域らしさ、東京にないものというものがあると思います。芸大では「分校プロジェクト」と名付けたワークショップを進めています。既に進行しているのは、香川県と芸大、香川大学が連携し昨年始まった「瀬戸内海分校プロジェクト」という事業です。地域で芸術に親しむ場を提供し、若手芸術家の育成と発掘を目指すアートプロジェクトで、今年は芸大や香川県出身のアーティスト、(同県の)中学・高校生が一緒に活動します。美術学部と香川県はその前からもつながりがあって一番つきあいが長いのですが、芸大と地方自治体の連携が増えています。今年、地域づくりや人材育成・交流を図る包括連携協定を愛媛県や石川県と結びました。アートでまちづくりをしていきたいという地方自治体のニーズはあります。
 -「芸術」と「アート」は同じ意味で使われていますか?
 一人一人の違いをわかり合える、分かち合える、そして人の心を動かすという根本的なところの力を発信していきたいというときには僕は「芸術」ではなく「アート」という言葉を使っています。芸大では「アート×(かける)福祉」をテーマに「多様な人々が共生できる社会」を目指しアーティストや福祉の専門家を招いて社会人と学生が学ぶプログラム「Diversity on the Arts Project」(通称DOOR)も行っています。
 芸大の授業を地方自治体で行うというのが、これからも増えていきそうです。そういうときに、その地域出身の芸大卒業生とか地域の芸術系大学の卒業生も、そこに居るわけですね。わざわざ東京から人を送り込むのでなく、その地域に縁のある人が授業を行いプロジェクトを動かしていくことが、結果的に卒業生のキャリア支援にもなるし、地域創生にもつながっていくし、地域社会の課題を解決するという実践にもなると思います。
 -「分校プロジェクト」をどのような形で広げていくのでしょうか?
 アートというものを支援してくれるステークホルダーとして地方自治体や企業、あとは地域の中核大学ですね。芸大のノウハウを入れて動かすことで、日本中に「分校」ができていく…。これまで東京芸大が唯一の国立総合芸術大学とうたっていた時期がありました。「ここしかない、すごいでしょ、芸大」と。でも、一つしかない、それってどうなの?と思いませんか。自己批判になってしまいますが、ヒエラルキーですよね、そこを目指せという。地方創生によって多様性のある社会になっていくよう、「分校プロジェクト」を進めていきたいです。(文・木村啓子共同通信記者)
 ☆ひびの・かつひこ 1958年岐阜市生まれ。82年東京芸大美術学部デザイン科卒、84年同大大学院美術研究科修了。82年日本グラフィック展大賞。95年ベネチアビエンナーレ出品。同大美術学部デザイン科助教授に就任後、先端芸術表現科を立ち上げる。07年~同学部教授、16年~美術学部長を経て22年学長に就任。大学在学中はサッカー部所属で、現在は同部顧問。
 ☆「Diversity on the Arts Project」(DOOR) 2016年から東京芸大が社会人向けに設けた履修プログラムで在学生も受講できる。アーティストや障害のある人、福祉の専門家らの講義のほか、福祉施設やNPOと組んで施設のイベント企画などの実習も行われる。

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