選挙の時だけでなく普段から自分の考えを話すことの大切さ【茂木健一郎のニュース探求】

 G7広島サミットも終わり、日本は政治の季節を迎えているようだ。岸田文雄首相がいつ衆議院の解散を決断してもおかしくないという話を耳にする。

茂木健一郎さん(撮影・徳丸篤史)
茂木健一郎さん(撮影・徳丸篤史)
記者会見する岸田首相=13日午後、首相官邸
記者会見する岸田首相=13日午後、首相官邸
立憲民主党の常任幹事会であいさつする泉代表=13日午後、国会
立憲民主党の常任幹事会であいさつする泉代表=13日午後、国会
茂木健一郎さん(撮影・徳丸篤史)
茂木健一郎さん(撮影・徳丸篤史)
茂木健一郎さん(撮影・徳丸篤史)
記者会見する岸田首相=13日午後、首相官邸
立憲民主党の常任幹事会であいさつする泉代表=13日午後、国会
茂木健一郎さん(撮影・徳丸篤史)

 私は、決して政治的な人間ではないが、それでも、世間とのお付き合いの中で、さまざまな政党の政治家さんのご様子を拝見することがある。その経験を通して改めて思うのは、政治家という存在は、「風見鶏」だということだ。
 政治家は、選挙で支持を受けて当選しないとその地位につけない。国会議員でも、地方議会議員でも、首長でも、選挙によって人々に付託されて、初めて政治の世界で力を振るうことができる。
 政治家の生命線が選挙である以上、有権者がどのようなことに関心があって、そしてどのような政策を望んでいるのか、政治家はいつも気にしている。パワフルでコワモテな印象のある政治家でも、実は人々が何を言っているのか耳をそばだてている。その意味で、風見鶏なのだ。
 すぐれた政治家は、聞き上手であることが多い。政治家に会いに来る人たちは、さまざまな案件について自分の意見を言う。いわゆる「陳情」のようなこともあるし、利害を離れた評論のようなこともある。それを政治家は、黙って聴いている。有権者の顔を立てるとともに、情報収集しているのだ。
 グーグルが世界的な大企業に成長する上で大きな功績のあったエリック・シュミット氏が、CEOとして来日された時に、お話をうかがったことがある。その時シュミット氏が言っていたのは、できるだけたくさんの人の意見を聞いて、それから決断するということだった。すぐれた経営者は、そのようにして多様な意見を集約し、最後は自分で判断する能力にたけているのだろう。
 政治家も、似たようなことがある。とにかく毎日さまざまな人と会って、いろいろな意見を聞いている。選択的夫婦別姓、同性婚、出入国管理法、防衛費増額、税制改革、教育制度、そして憲法改正まで、いろいろな意見が飛び交う中で、政治家の頭の中では「集計」が行われている。
 政治家という存在は、いい考えがあればそれに飛びつく。もともと他人の政策でも、それで世の中が良くなる、票がとれるとなれば採用する。悪い言い方をすれば「パクる」。政治は、「パクってナンボ」の世界である。政治家としてはそれで当選すればいいわけだし、有権者としては結果として社会が改善されれば文句を言う筋合いはない。
 社会の中で、意見が分かれるような課題があった時に、直接決断するのは政治家であるけれども、結局それは有権者の合意形成に依存している。国会などで採決にかかわるのは議員だが、その議員の投票行動に影響を与えるのは私たちの意見なのだ。
 新幹線やリニア中央新幹線の開発問題のように、地方の首長さんが表に立って議論の渦中にあるように見える場合でも、結局は地域の人々がどのように考えるかで事態は動いていくことが多い。政治家は風見鶏で、風を読むからである。民意が大事なのは、選挙の時だけではない。普段から、雑談の中でもいいから、いろいろなことを話して、合意形成をしていくのが健全な民主主義というものだろう。
 もっとも、以上のようなシナリオには問題点もある。政治家の集会や、事務所での会合を見聞きすると、そのような場所に集まってくる方々が世間全般から見ると少しユニークであるように思うこともある。統計の言葉で言えば、「母集団」として偏っているのだ。自分の意見を積極的に言いたいという人は、おとなしく黙っている大多数に比べると、政治的に特定の傾向を持つことがあるのかもしれない。政治家の風見鶏の耳が、そのような意見ばかり聞くようになると、本来の民意からずれていく。
 だから、遠慮せずに、自分の考えていること、感じていることを普段から表現できるような練習を積みたい。たとえ政治家本人に対して言うのでなくても、普段の生活の中で心がけたい。そのようにして社会の「空気」がつくられていくのだから。
 岸田首相がいつ衆議院解散に踏み切るのか、あるいはもう少し先になるのか、政界は、一寸先は闇でわからない。いずれにせよ、私たちは忘れないでいたい。政治家は風見鶏で、その風をつくるのは私たち有権者なのだ。(茂木健一郎 隔週木曜更新)
 ☆もぎ・けんいちろう 脳科学者、ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。1962年東京都生まれ。東京大学大学院物理学専攻博士課程修了。クオリア(感覚の持つ質感)をキーワードに脳と心を研究。新聞や雑誌、テレビ、講演などで幅広く活躍している。著書に「脳とクオリア」「脳と仮想」(小林秀雄賞)など多数。

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