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SBSラジオ FooTALK!

アスルクラロ沼津の元日本代表MF斎藤学選手に聞いた「どうやってドリブルがうまくなったんですか?」


SBSラジオの静岡サッカー熱血応援番組「ヒデとキトーのFooTALK!」に、アスルクラロ沼津で活躍する元日本代表MF斎藤学選手をお招きしました。聞き手はパーソナリティのペナルティ・ヒデさん(オンライン)と鬼頭里枝さん。

ヒデ:会いたかったですよ〜。スタジオに行けず申し訳ない。本当に楽しみにしてたんですよ。知恵熱みたいなもんかな。

鬼頭:斎藤さんは実は吉本興業所属ということで、ヒデさんの後輩にあたるわけですよね。

斎藤:はい。マネジメントをお願いしています。

鬼頭:静岡はいかがですか。

斎藤:サッカー番組があるっていうのが本当にすごいなって思います。ラジオのスタジオに来る機会は本当に少ないので、ちゃんと緊張してます(笑)

育成時代から「ずっと競争。余裕はなかった」

鬼頭:斎藤選手のプロフィールです。神奈川県出身で、現在34歳。小学生の時から横浜Fマリノスの下部組織に所属し、2009年にトップチームに昇格しました。最初のマリノス時代を振り返ってください。

斎藤:育成組織の時から「この競争に勝ち抜く」ってことを意識していました。年代別の代表にも入り続けなきゃいけない。マリノスでもずっと勝ち続けなきゃいけないので、余裕はなかったです。もうずっと競争の中にいる感じでした。

鬼頭:上手い選手たちがたくさんいる中で抜き出るために、どんなことを頑張ったんですか。

斎藤:サッカーは小学校1年生の時、川崎にあるクラブで始めました。始めた時から「ここでは自分が一番だな」と思っていて、マリノスの下部組織に行ったら自分より上手い選手が何人かいて「あっ、いるんだ」って。

そこから頑張りましたね。年代別の代表も月1回キャンプがあるので、そこに毎回選ばれるかドキドキの中でやっていました。もうずっと競争。合宿があれば学校も行きませんでした。

2013年のマリノス時代

鬼頭:2009年にトップチームに昇格後、2011年に愛媛FCにレンタル移籍。J2で14得点を挙げ、2012年に横浜マリノスに復帰しました。翌年の2013年に天皇杯優勝。

斎藤:2013年はJリーグでも優勝すると思っていましたから、悔しかったですね。でも、あの経験が今のマリノスにも自分にも生かされていると思います。

ヒデ:勝ってしかるべきという世間の目もあった。間違いなくシュンスケ(中村俊輔さん)がトロフィーを掲げるんだろうなあって思っていました。最後に泣いている姿は印象に残っていますね。

ロンドン五輪時代と比べて

鬼頭:2012年にはロンドン五輪メンバーにも選ばれ、4位。あれから10年以上が経ちました。今年はパリ五輪がありますが、当時と比べて感じることは。

斎藤:もうサッカーが違う。

ヒデ:やっぱりそう思うよね。

斎藤:今はいろんなものが増えてるんですよ。どれぐらい走ってるとか科学的なものもそうだし、戦術も、練習も。今は多分決まりとかも多いですし。

ヒデ:芸人の世界でも、EXIT(イグジット)みたいなやつが出てくるなんて思わなかったもん(笑)すっげえジャンルのやつ来たなと思って。どんどん出てくる。そういうことですよね。

なぜ沼津に?

鬼頭:そして川崎フロンターレ、名古屋グランパス、韓国、オーストラリアのチーム、ベガルタ仙台と渡り歩き、今年2月に静岡のアスルクラロ沼津に加入しました。私は斎藤さんが沼津に来るっていうニュースを見てびっくりしましたよ。

斎藤:いくつかオファーをいただいて条件も結構いいチームがありましたが、自分の中ではしっくりきてなくて。そこで知り合いを通じて「沼津の練習に参加してみる?」という話がありました。めちゃくちゃ練習がきついっていう話は聞いてたんですよ。

ヒデ:ゴンさん(中山雅史監督)イズムね。

斎藤:でも、きついところに行って落とされるんだったら、どこに行っても活躍できないなって思って、それまでのオファーを全部断って沼津の練習に参加しました。

初日からめちゃくちゃきつかったっす。みんなで筋トレをやるっていう日で、今年50歳の伊東輝悦さんも一緒にやってるんですよ。ウソって思いましたよ。

ゴン監督との距離感

ヒデ:ゴンさんはどんな感じ?

斎藤:ゴンさんは基本的に選手とそんなに一緒にしゃべったりはしないですね。監督なので、ちょっと選手と距離を取っているっていうか。

ヒデ:ゴンさんはそこだよね。だって俺が楽屋に挨拶に行くと、めちゃくちゃしゃべりかけてくれるもん。

斎藤:しゃべりかけにいけば、多分しゃべってくれます(笑)僕もゴンさんもプロレス好きなので、プロレスの話はします。

鬼頭:沼津ではご自分のプレーはできていますか。

斎藤:今は自分のプレーがどんどんできるようになってきました。沼津のサッカー自体が攻撃的なので、自分にボールがくる回数も多いですし、チームメートもすごく信頼してボールを預けてくれるので、自分を生かすプレーができてるかなと思います。

自分でも点を取りたいんですけど、チームが点を取ることが一番大事。最近はギリギリ勝てないとか、あと少しっていうシーンが多いので、ちゃんと合わせていきたいなと思っています。

「◯◯のメッシ」ってどう思ってる?

鬼頭:リスナーから。「『◯◯のメッシ』と例えられることが多いですが、プレッシャーはありませんか」

斎藤:反町康治さん(当時湘南の監督)が言ってくれた「愛媛のメッシ」だけ受け入れてました(笑)。マリノスでは「浜のメッシ」とか、シュンさん(中村俊輔さん)が「和風メッシ」とか言ったりして、ふざけてましたけど、全然受け入れてなかったです。だからプレッシャーにもなんないです(笑)

鬼頭:リスナーから。「小さい頃からドリブルがうまかったんですか。ドリブルがうまくなるコツを教えてください」

斎藤:中学3年の時に周りから「ドリブルうまいね」って言われて、「俺、ドリブルうまいんだ」と初めて気づきましたね。小学校の時は足が速かったので、裏に抜ける選手だったんですよ。

中学ぐらいでみんな足が速くなってきて、なんかドリブルがうまくなりましたね。自分の形をどんどん作ろうと思って、めっちゃ練習しました。

ヒデ:やっぱり練習だな。

育成コーチからもらった大切な言葉

鬼頭:リスナーから「サッカーを始めた頃、真似していた憧れの選手はいましたか」

斎藤:当時は見るものが「セリエAダイジェスト」ぐらいしかありませんでしたが、僕はアイマールとかシェフチェンコが好きで見ていましたね。

中学か高校ぐらいでメッシやクリスティアーノ・ロナウドが出てきて。「こうしたらうまくなる」みたいな本を見て、「どこでタッチしているんだろう」と参考にした記憶はあります。

あとは現在アルビレックス新潟の監督をやっている松橋力蔵さんが中学、高校の時のコーチで、悩んだ時に「学のドリブルの特徴は細かく触ることだから、それを忘れちゃいけない」と言ってくれて、それに没頭した時期もありました。それは大事な言葉でした。

鬼頭:いい助言でまた進化したんですね。

7月20日のホーム戦はヒデさんがゲストに

鬼頭:ここで、うれしいお知らせが入ってきました。7月20日にアスルクラロ沼津のホームで行われるFC岐阜戦、なんとペナルティの2人がゲストとして登場することが決定しました!

ヒデ:本当に楽しみです。少しでもサポーターの皆さんのパワーになれれば。それが大きくなって選手の皆さんに届けばいいなと。

仕事だと心の底から楽しめない部分もあるけど、試合はしっかり少年の気持ちで見たいなと思っています。

斎藤:お待ちしています。点取らないと(笑)

「僕、静岡が好きなんです」

鬼頭:最後にメッセージを。

斎藤:まだしゃべることがたくさんあったのに…。僕、静岡が好きなんです。久能山のイチゴ農家に友達がいて、川崎の時も名古屋の時も何度も静岡に遊びに来ていました。

富士山も好きで、待ち受け画面も富士山なんです。だから本当に移籍して良かったです。家を出たら富士山がいますもん。

ヒデ:今日は何がすごいって、テル(以前出演した伊東輝悦選手)の800倍ぐらいしゃべってくれたこと(笑)すげえありがたい。ちょいちょいスタジオに来て。

伊東輝悦選手


斎藤:テルさんと来たいですね。俺がずっとしゃべっちゃうかな。

ヒデ:一緒なら、テルさんの一言の重みがすごい分かると思います。

鬼頭:アスルクラロ、面白い!サポーターの皆さんに一言どうぞ。

斎藤:J2昇格を目指して頑張ってるので、1人でも多くの人に試合に来てもらって、声援を届けてもらいたいです。勝ち続けて、本当に強いチームになっていきたいと思います。

ヒデ:ピッチを駆け巡って、ドリブルで切り裂いてフィニッシュまでもっていく斎藤選手をみんな楽しみにしてます。
シズサカ シズサカ

サッカー大好き芸人、ペナルティ・ヒデと、サッカー中継のリポーターとしても活躍する鬼頭里枝の2人がお送りする番組。Jリーグから海外サッカー、ユース世代、障がい者サッカーなど幅広くスポットを当て、サッカーを通して静岡を盛り上げます。目指すは「サッカー王国静岡の復権」です!

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