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社説(2月26日)ウクライナ侵攻1年 戦争とメディア 偽情報戦 日本も対処を

 ウクライナ政府を「ネオナチ」と糾弾し、一方的な現状変更を開始したプーチン大統領。ここに来て侵略の口実を「祖国防衛」にすり替え、徹底した情報管理で国民の支持をつなぎ留める。
 「民間人虐殺はゼレンスキー大統領の自作自演」「ウクライナが虐殺されたと報じた死人の手が動いている」
 世界の約70のファクトチェック(真偽の判断)団体の検証で判明した偽情報は2700件を超したという。ファクトチェックと称するサイトがプロパガンダだった例もある。
 ロシア政府は法を制定して「偽情報」の流布を禁止し、政権批判を弾圧してきた。専制主義国家の権力者にとって政権に不都合なニュースは全て偽情報になる。政権支持の機運を醸成し、敵国の世論まで操る。国民は指導者の蛮行など知るよしもない。
 ソーシャルメディアは「戦場」であり、偽情報は「武器」だ。日本政府も対処せざるを得ない。

 ロシア科学高等教育省は、今年9月から、必修科目の歴史でウクライナへの「特別軍事作戦」を学ばせると発表した。
 作戦の目的のみならず、古代ロシアからウクライナ侵攻開始に至る歴史的背景を学ぶという。ロシア系独立メディアは「西側諸国による制裁圧力」も学習の対象になると報じた。侵略戦争を正当化するプーチン大統領の歴史観に添った内容になる。
 2014年のウクライナ南部クリミア半島併合は、プーチン氏の最大の成功体験とされる。ソ連崩壊で失った領土を初めて復活させ、15年に政権の支持率は過去最高の89%に達した。
 30万人規模を戦場に送り込む部分動員令はロシア国民が戦争をわがことと意識するきっかけとなり、招集対象者の国外退避が相次いだ。反戦デモが起き、政権支持の脆弱[ぜいじゃく]さが露呈したかに見えたが、まもなく沈静化した。プーチン氏にとってデモの首謀者を排除することなどたやすい。
 メディアを差配し、国民を自国中心主義へと誘導するのは専制主義国だけの現象ではない。欧米諸国でもウクライナ支援の長期化とともに、民主主義の価値観を分かち合うことより、自国の利益をむき出しに追及するポピュリズム政党が台頭してきた。「自国民が苦しんでいるのに、ウクライナに際限なく戦費をつぎ込むことは許されない」と演説したのは米下院議長に就任したマッカーシー氏だ。トランプ前大統領が「アメリカ・ファースト」を唱え、自分を批判するニュースを全て「フェイクニュース」と切り捨てたのを思い出す。

 「戦争の最初の犠牲者は真実」との警句がある。
 岸田文雄政権は昨年末に決定した国家安全保障戦略に偽情報対策を盛り込んだ。安全保障の観点で情報への対処能力を高める。外国による偽情報の集約、分析、対外発信の強化などを担う新たな体制を政府内に整備する方針だ。排他的な主義主張の背景に、ソーシャルメディアの爆発的普及がある。政府は行き交う情報を精査し、不断に対処する組織体制を整えるべきだ。
 ロシア発のメディアは、侵攻開始の直後には反戦を訴えるロシア人が少なくなかったと伝えている。だが、強まる情報統制は市民生活におよぶようになり、いまやSNSにアップされた政権批判に「いいね」を押すことさえたじろぐという。
 強権的指導者がいかに情報を差配し、人心を惑わせようとも、歴史を欺き続けることは不可能だ。最高権力者の地位に恋々とするプーチン氏。その耳には、彼が「聞きたいこと」と自国民の喝采しか届いていないだろう。
 私たちが目の当たりにしているのは、メディアを侮る国のいびつさと、その末路にほかならない。

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