
「耳からネズミが化けて出てきて それと対戦していた」金属バットで友人の頭が平らになるまで殴り続けた 覚醒剤使用で不起訴処分から一転、男は法廷に立った

自宅で37歳の知人男性を金属バットで複数回殴り、殺害した罪に問われた男。犯行時、覚醒剤を使用していた男は精神鑑定の結果、一度は不起訴になったものの、検察審査会の議決を受けて一転、起訴された。事件から3年、法廷に立った男は罪に問われるのか。
殺人の罪に問われたのは無職の男、40歳。男は2021年5月22日未明、静岡県富士市の自宅で、知人男性Aさん(当時37歳)の頭などを金属バットで殴り、殺害した罪に問われていた。
事件発生から裁判が始まるまでにかかった時間は3年。男が法廷に立つまでには、異例の経過を辿っていた。
男の「殺人罪」は一度、精神鑑定の結果、「不起訴処分」となっていた。しかし、遺族からの不服申し立てを受けた「検察審査会」が審査した結果、さらに捜査をするべきとして「不起訴不当」と議決。静岡地検沼津支部が再び捜査し、男は2023年6月に起訴されたのだ。
2024年6月11日、3年の時を経て始まった裁判。
「殺意はなかったと思います」男は毅然とした態度で起訴内容を否認した。
「これから懲役だ ぶっ殺しちまった」
事件当時、男は「Aを殺してしまったよ。薬のことでもめて。早く来てくれよ」などと自ら警察に通報していた。その後、友人に対しても「ごめん、これから懲役だ。Aぶっ殺しちまった。Aやっちまったことは本当に申し訳なく思う」などとメッセージや電話をしていたという。
それが、一転しての「無罪」主張。
犯行時、男は覚醒剤を使用していて、裁判では以下の2点が争点となった。
①殺意の有無
②責任能力の有無(「心神喪失」か「心神耗弱」か)
「心神喪失」…善悪をまったく判断できない→無罪
「心神耗弱」…善悪の判断が著しく低下している→減刑
弁護側、検察側の双方の主張は真っ向から対立した。

【検察側】
①殺意の有無
頭部などの急所を狙って、金属バットで何度も殴っていて殺意があった。
②責任能力の有無
男は自ら通報し、臨場した警察官に対して「Aを手や足、バットで殴った」などと言っていて、目の前の事実を正しく把握した上で、状況に応じた行動を取っている。また、犯行後の友人への連絡では、行為の違法性も認識している。男は、精神障害の影響を著しく受けていたが、正常な精神作用によって罪を犯したといえる部分も残る「心神耗弱」であった。
【弁護側】
①殺意の有無
凶器のバットはたまたまそこにあったもので犯行にまったく計画性はない。Aさんとはトラブルもなく、殺害する動機もない。殺そうと思って殺したのではなく、結果として死亡させてしまった。
②責任能力の有無
友人の頭部や顔面が変形して、平らになるまで殴り続けるのは、男が自身の行動をまったく制御できなかったため。精神障害の圧倒的な影響によって罪を犯し、正常な精神作用によって罪を犯した部分が残っていなかった「心神喪失」である。
事件現場は、壁やカーテンに血が飛び散っていた。頭部多発損傷で亡くなったAさんの遺体は、見るに堪えない状態だったという。あまりにも残忍な犯行。現場で何があったのか。
男が被告人質問で証言台に立った。
「殺せ、殺せ」という声が聞こえて
Q.事件の日、何があったか説明できる?
「海に沈めてしまうとか、さらってやろうとか、暴力団らしき声が聞こえてきました」
覚醒剤を使用していた男は、Aさんが暴力団らしき人物らと結託して、自分を陥れようとしていると勘ぐっていたという。

Q.Aさんが(自宅の)母屋に戻ってきたのは覚えている?
「Aが寝ていて、『殺せ、殺せ』という声が聞こえて、Aの耳からネズミが出てきて、それと対戦していました。気づいた時には、台所のシンクに寄りかかってバットが置いてありました」
Q.相手は何だと思った?
「化けてくるネズミです」
Q.なぜネズミと対戦した?
「牙をむけてきたからです。Aを殴った記憶はないです。ネズミとは戦っていました」
Q.ネズミが出てきて対戦した?
「右手にチャカとか、OKサインで余裕だよとかいろんな声が聞こえていました」
Q.事件後に友人とやりとりしているが?
「記憶がないんですよ」
Q.LINEでやりとりしたこと自体も?
「覚えていないです。よくできてるなと。いつもの夢遊病だと思いました」
Q.遺体の写真を見てどう思った?
「普通に考えてこんなことできないですよ」
これまでの取り調べでは供述していなかった「ネズミ」の存在を法廷で初めて明らかにした男。事件直後の取り調べについては「幻覚とか、幻聴とか過去の経験に左右されてしまった」と繰り返した。
男には「責任能力」があるのか。3人の医師が証人として法廷に立った。
最後まで対立した主張
医師たちは男の犯行について、「幻聴の内容を踏まえて、男自身が、反社会的で暴力的な性格に基づいて殺害を決めた」という点では共通していた。「ネズミ」の存在については、1人の医師は「虚偽の供述」であると指摘、2人の医師も極めて唐突かつ、不自然であると述べた。
一方、Aさんらが自分に危害を加えようとしているという「被害妄想」への男の「確信度」の程度については意見が異なり、「幻覚妄想状態が犯行にどの程度影響したか」については意見が分かれた。
結審の日。検察側と弁護側の主張は、やはり対立した。
【検察側】
▽Aさんを殺害することにしたのは、男の反社会的(アウトロー)な性格に基づく判断・選択によるものである。犯行には、正常な精神作用により判断した部分が残っていた。(=男は心神耗弱状態である)
▽犯行様態は、Aさんに対する強い殺意に基づく残忍なもので、厳しい非難に値する。
→懲役9年を求刑。
【弁護側】
▽明らかに死んでいるのに殴りつけるのは幻覚に支配されていたためであり、犯行動機は了解不能。
▽事件時、男は幻覚、幻聴、妄想に支配されていて、Aさんを死亡させるつもりで事件に及んでいたわけではない。
→無罪が妥当であると主張。
男は最後に「Aのご冥福とご遺族へのお悔やみを申し上げます。これまでに迷惑をかけてきた皆様に申し訳ございませんでした」と述べた。
「反社会的な性格に基づく選択」
2024年5月25日、判決の日。
裁判長は「公判での供述は信用できず、犯行直後での供述が信用できる」とし、①殺意の有無、②責任能力の有無について以下のように認定した。
「被告人は覚醒剤精神病の症状である幻聴等の影響により、被害者らが自分を殺そうとしていると疑い本件犯行に及んでおり、同精神障害は犯行動機の形成に直接的な影響を及ぼしているが、被告人は被害者を殺さなければ自分が殺されると確信していたわけではなく、被告人が被害者を金属バットで殴打したりしたのは、被告人の反社会的な性格に基づく選択であったと認められることなどからすると、被告人が心神喪失の状態であったとの疑いは残らず、心神耗弱の状態であったと認める」
「犯行様態は、金属バットを用いて、頭部等の急所を含め、全身に出血を伴う損傷や骨折が生じるほど、強い力で多数回殴ったというものであり、強固な殺意に基づく。危険で残忍な犯行である」

裁判所は、殺意と責任能力について、検察側の主張を支持した。
「被告人が心神耗弱の状態にあった点は、被告人に対する非難を相当に弱める事情である。ただ、精神障害は覚せい剤使用による前科を有する被告人が、自らの意思で覚せい剤を使用したことにより招いたものである点も考慮すべきである」と付け加えた。
静岡地裁沼津支部は男に、懲役7年の判決を言い渡した。
男は判決を不服として東京高裁へ控訴したが、一転、控訴を取り下げ、刑が確定した。
【今、薬物に関して悩みを抱えているという方へ】
各都道府県に設置されている精神保健福祉センターなど薬物乱用防止の相談窓口にご相談ください。
「あしたを“ちょっと”幸せに ヒントはきょうのニュースから」をコンセプトに、静岡県内でその日起きた出来事を詳しく、わかりやすく、そして、丁寧にお伝えするニュース番組です。月〜金18:15OA