【袴田さん釈放10年】雪冤いまだ実現せず 進む「老い」 体の衰え目立つ

 現在の静岡市清水区で1966年、みそ製造会社の専務一家4人を殺害したとして死刑が確定した袴田巌さん(88)が、静岡地裁の再審開始と死刑・拘置の執行停止決定で釈放されて27日で10年の節目を迎えた。検察の不服申し立てが退けられる形でようやく再審は始まったが、雪冤(せつえん)は実現していない。死刑囚の身であり、老いは避けられない。日本弁護士連合会(日弁連)や支援者は同日、救済を妨げている原因は再審法(刑事訴訟法の再審規定)の不備にあり、「法治国家なのにルールがないのは異常状態。失われた10年だ」として地元・静岡の地から早期の法改正を訴えた。

㊧支援者とともに外出する袴田巌さん=27日午後6時40分ごろ、浜松市中央区㊨新幹線で約48年ぶりに帰郷した袴田巌さん=2014年5月27日、浜松市のJR浜松駅
㊧支援者とともに外出する袴田巌さん=27日午後6時40分ごろ、浜松市中央区㊨新幹線で約48年ぶりに帰郷した袴田巌さん=2014年5月27日、浜松市のJR浜松駅


 再審公判の重大な局面となる証人尋問が行われた27日、袴田巌さん(88)は午後3時ごろまで睡眠をとるなど浜松市中央区の自宅で過ごした。同6時半ごろに日課のドライブに出発したが、近頃は起床が遅く外出しない日もある。立ち寄り先では椅子に腰をかけるとすぐに眠りに落ちてしまうことが増え、支援者は「あまり歩かなくなってから体の衰えが目立つ」と不安がる。
 釈放後、浜松に帰郷した袴田さんは連日、市中心部などを歩き回り、距離は10キロ近くに及んだ。年を追うごとに散歩の時間は減り、2年ほど前からは支援者の車で出かけるようになった。長年にわたり支援する清水一人さん(75)は「歩行中によくつっかえるようになった。階段の上り下りも大変そうだ」と語る。
 表情は徐々に豊かになってきたという。釈放当時はほとんど変化がなく、意思疎通もできなかったが、今は支援者の問いかけに「そうだな」などと短い言葉を返すことが増えた。特にボクシングの話題には敏感な反応を示す。
 清水さんによると、東京高裁が再審開始を決めた約1年前から、表情が柔和になるなど変化を見て取れるという。再審無罪の道筋が見え、支援者の間でも余裕が生まれたことで「安心感を抱いたのではないか」と推察する。ドライブ中には助手席で独り言をつぶやきながら声を上げて笑うこともあり「妄想の世界でも、楽しいことを考えられるようになってきたのだろう」と話した。

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