静岡グルメを味わうならココ!
昭和にタイムスリップしたかのようなレトロな雰囲気を醸し出す、静岡街中の「青葉おでん街」と「青葉横丁」。
食べ比べはもちろん、名物店主とのやりとりや客同士のふれあいも魅力。
今夜はおでんで一杯どうぞ。※「静岡おでん」ではないお店も一部含まれています
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ピックアップ!

- 仁太
- 静岡県静岡市葵区人宿町
- おいしいおでんと串焼で、みんなで、楽しく飲めるお店です。
- 昭和通り沿いのわかりやすい場所にあるお店です。気楽に立ち寄ってゆっくりと飲めるお店です。一番人気の手羽先は香ばしく、とてもやわらかくて食べやすい1品です。にんにくのきいた手造り餃子も人気があります。お通しがないので、おでんをお好みでつまんで…
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「静岡おでん」とは
真っ黒スープに、牛スジ、豚モツ入りの静岡おでん。
そのはじまりは、大正時代にまでさかのぼり、当時廃棄処分されていた牛すじや、豚モツを肉系の煮込みにしたのが、はじめだとされ、また当時から、由比や焼津は練り製品の産地だったことから、黒はんぺんなどの練り製品がおでんの具に使われるようになったと言われている。
黒いスープの秘密
他県民が驚く、あの真っ黒いスープはどうやってできるのか。
静岡おでんのベースである、牛スジや、濃い口醤油を入れても、一日ではあんなに真っ黒にはならない。
黒はんぺんなどの練り製品を入れることによって色が黒くなるのにくわえて、多くのお店ではスープを捨てずに、鰻屋の秘伝のタレのように継ぎ足して使っているので真っ黒になる。
あの真っ黒スープにはその店が醸す長年の時も刻まれている。
静岡おでん街のはじまり
戦後、青葉公園通りには約200台ものおでん屋台が軒を連ねていた。
その様は当時、"無敵艦隊"とも呼ばれたほど圧巻だった。
夜、仕事帰りにおでん屋台で一杯というのが、静岡市民のささやかな愉しみだった。
その日本一の屋台街が、昭和32年都市開発の名のもと、撤去される運命に。
昭和43年にすべてが撤去され、多くの屋台は姿を消したが、一部は青葉おでん街や青葉横丁などに移転し、今もなおその灯りをともしている。
■参考文献:
だもんで静岡おでん [静岡新聞社刊]
■取材協力/静岡おでんの会








