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祈りを込めて。

みなさま、おはようございます。

いかがお過ごしでしょうか?

3月11日。

この日は

どうしても

午後2時46分が近づくと

胸がきゅーっと締め付けられます。

当時、まだ学生だった私ですが

親戚がたくさん東北の地にいることもあり

連絡のとれない身内、友人、

心配で心配で

テレビから流れる信じられない光景に

ただただ涙を流すことしかできませんでした。

なにができるわけではないですが

「自分の目で被災地を見なければ」と

何度か、東北の地へも行きました。

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目の前に広がる、想像を絶する光景。

そんな中、涙ながらに

ありのままお話をしてくださった方たち。

感謝しても感謝しきれません。

当時は、もらい泣きしかできず

自分の無力さを痛感して静岡に戻りましたが

日々の中で

あの時の被災地のみなさんの勇気が

私を救ってくれたことが何度もありました。

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大好きな祖母の家の前の散歩道。

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山中かけまわって遊んだこの土地にも

「除染作業」というものがやってきて。

すぐ近くには、いまだに仮設住宅があって。

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それでも毎年

夏が来れば

空は抜けるように青く

緑はどこまでも青々としげり

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何が変わってしまったのかわからないほど

綺麗すぎる景色だからこそ

胸が苦しくなりました。

「津波」は、あらゆるものを奪い

その後も、「見えないもの」に苦しめられて。

「夢も希望もなぐなったんだわい」

いつも笑っていた祖母の悲しい一言が

すべてだったんだと思います。

でも

「見えないもの」に苦しめられても

「見えないもの」に支えられることもある。

3.11という日を忘れないこと。

そして今もまだ、苦しんでいる方がいることを

忘れないこと。

離れていてもできることは、たくさんあります。

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私はやっぱり、東北の地が好きだから。

心をそっと包んでくれる人のやさしさが

なにもかもを包んでくれそうな、大自然が

大好きだから。

また、今年も行こうと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ひかるさん

こんばんわ 昨年から仙台から転勤で名古屋に来てから、浜松に毎週出張で来てます。毎日イブアイ見れる訳では無いのですが、仕事終わった時に拝見させて頂いてます。全然関係無いのです が、確かお母さん 東北出身でしたよね?私は来月の三連休に南相馬にボランティアに行って来ます。 寒い日が続きますが、身体に気を付けて頑張って下さいね。明日は久しぶりにイブアイ見れそうなんで楽しみにしています。

⇒RE:ひかるさん

イブアイを見てくださり、ありがとうございます。

南相馬にボランティアですか。

東北は、より寒いと思いますが

お体に気を付けて行ってきてくださいね。

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誰かの歌が聞こえる

誰かを励ましてる

誰かの笑顔が見える

悲しみの向こう側に

花は花は花は咲く

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今月の便箋は、桜の花にしました。

日々がんばっているみなさん

1人ひとりに、ちゃんと

花が咲きますように。

それでは、また明日です。

コメント (20)

おはようございます。もうあれから7年過ぎちゃったんですね、早いですね?本当に時が過ぎる早さを感ずるとはいえ、あの頃の恐ろしさは永久に決して消え去る事は御座いません。私も当時、偶然TVのNEWS映像で見た瞬間、ビックリ

僕はまだ一度も行けてないです…
募金くらいしかできませんでした。

地震の時は愛知の蟹江展示場にいましたが、ゆっ~くりした揺れを感じました。
東北の揺れが三重に近いところまで届いてたんですね。その時は変な地震ですねって話してました。
それだけおっきな地震だったんですよね。
やはりまだ復興半ばですから現地に赴くことは大切ですね。
是非行く機会を作りたいです。

絵里加さん、おばあちゃんが東北にもいたんですね!
知らなかったです。
てっきりご両親とも浜松かと(^^)
また来週イブアイ楽しみにしてます☆

内山さん、すごーくお久しぶりにブログにコメントします。
あれから7年になりますね。内山さんも東北には親戚などたくさんの方々が
いらっしゃるとのことであの7年前の出来事を思うと、内山さんも
本当に辛く悲しいという思いでいっぱいでしょう。
自分が住んでいる福島県の海沿い(自分は山沿いの方ですが)はまだ震災の影響で
まだ故郷に帰りたくても帰れないという状況が未だに続いています。
そんな中ではありますが、これからも内山さんには東北のことを思いながら
静岡の地で、イブアイなどのSBSの番組に元気に励んでほしいと思っています。
写真の山々は内山さんのお祖母ちゃんが住んでいる福島県内の様子ですね?

こんにちは。
あの日から7年なんですね。震災をテレビでしか見ていない僕でも、あの日の事はよく覚えています。内山さんにとっては親戚、友人が東北におられるとの事で、より衝撃の強い出来事だったと思います。
実は1年半前、僕も東北に行ってきました。親が復興支援で毎年、東北に行っているのですがそれにくっついて行きました。支援に行ったのは陸前高田市です。当時で震災が起きて5年目。支援と言っても被災された方のお話を聞く事と、実際自分達が避難所での暮らしを体験する位だったのですが、良い経験でした。印象的だったのは比較的、被災された方達が落ち着いてお話をされた事。でも親に聞けば、支援に行って間もない頃はなかなか被災経験をしゃべる事もできなかったそうです。
仮設住宅から出るにしても新しい家も、抽選になってなかなか前に進まない事。津波の被害の問題は現在進行形であることを感じました。
お話をしてくださった方々の生活に余裕が出来たら、今度は掛川に来てくれると良いという話があって、去年来てくれた様です。ちょっと詳しい話は聞いていないのですが少しでも、被害にあった方々がより良い生活になったら良いですね。
東北には2泊3日で行ったのですが、その2日目。朝、泊まった施設の近所を散歩してたら、ある工事のガードマンさんに出会いました。自分が復興支援という形で東北に来ている事を話したら、そのガードマンさんはリアルな震災体験者の方でテレビでは放送されない内容までお話して下さいました。避難所に皆、いることを良いことに誰もいない住宅に入り窃盗をする人がいたこと。被災し残念ながら亡くなってしまった方の亡骸が街の中で普通にあった事。とにかく、想像を絶する話でした。
皆が皆、震災の話をしたい人ばかりではないと思うのですが、こうやってガードマンさんの様に包み隠さず話してくれる人もいる。ガードマンさんのお話は僕にとっては貴重なお話でしたし、静岡県の特に学生の子達に聞いてもらっても為になるお話だと思いました。
聞いたからと言って震災に対して出来ることは、日頃の備えということですが、ガードマンさんのお話は意識が変わるお話だと思いました。意識が変われば行動も変わる。備えだって変わるかもしれない。それが実際、震災が起こったときに命を救う事に繋がるかもしれないですし。

津波と共に原発事故の影響を抱えている方もおられますものね。内山さんのおばあちゃんの「夢も希望も無くなった」という言葉の意味、思いは僕の中で考えられない位の沢山の思いが込められているんでしょうね。僕が東北に行った5年前もだいぶ工事は進んでいましたが、人々の心は簡単に作り直せるものではないと思いますし、どんなに復興が早くても人々の心の面がおいてけぼりにならないような、状況であってほしいです。僕自身が出来ることは限られていますが、忘れないことは出来るし、東北に行った事がそういう意味では大きいです。今も震災の影響で大変な方が少しでも、良い生活が出来ると良いですね。
内山さんも震災に対して、色々思う事があると思います。内山さんの行動で沢山の方々がきっと笑顔や元気をもらえると思います。
そうして笑顔や元気をもらえる内山さんだからこそ、ご自身のお体も大切に。僕は静岡に生まれて良かったと思える瞬間がイブアイで内山さんを見られる事です。震災は静岡にもいつかは来るとは思うけど、それに対し出来る事はしていきたいです。
では、また長くなってすみませんでした。無理しないでね。

うっちーこんにちは、東日本大震災から7年が経ちました!あの時はテレビで町や人や思い出も飲み込んでいく津波の映像!原発事故の様子をリアルタイムで映し出すテレビの映像に衝撃を受けました!本当に信じられない映像の連続でした!私はあの時は募金する事しか支援をする事が出来ませんでした(TT)私はこの大震災で平穏無事で日常生活を営む事が幸せな事!を教えられました!あの時から年月は経ちますが、行方不明の方達がたくさんいます!避難されている方達もたくさんいます!海の底には大量の瓦礫が眠っています!除染で出た大量の放射性廃棄物があります!廃炉を懸命に頑張っている方達もたくさんいます!その他にもたくさんの課題があるから今も震災が続いている様に感じてます!だから絶対に忘れる事が出来ません!
うっちーのゆかりの東北が一日でも早く平穏無事であります様に!って願ってます!
うっちーも皆さんにも素敵な花が咲来ます様に(^-^)

こんにちは内山さん。
3月11日、とても大事な日になりました。
7年前になりますね!とてもショックで悲しい日でしたね。 休みの日はイロイロな所に遊びに行くのが楽しかったのに、こんな自分でも半年位何処にも行く気になれなくて、遊ばなかった文のお金を震災の募金にしたりしてました。 東北に縁の有る内山さんはとても大変だったとおもいます。
テレビで皆を元気にしたり、幸せにしたり出来る仕事をしている内山さんはとても凄い人だと思います。 これからも3月11日の事忘れずに、内山さんに元気もらって色んな事から逃げずに頑張って生きていけたらと改めて思い直しました。

うっちー、こんばんは! 7年前の今日は本当に衝撃的な日でした。仕事場での地震は物凄く揺れ、おどろきました! しかし、テレビでの東北地方の映像は、まるで映画のシーンのような現実ではない光景でした! 今でも鮮明に覚えています。本当に、自然の力は凄いことを思い知らされました。これからも、ずっと3.11のことは忘れません。2時46分に心を込めて黙とうをしました! 

正直風化してるなと感じつつもこの日になると東北大震災のあの日を思い出しますね
グラグラといういつもの感じでなくグラ~ングラ~ンと周期の長く大きな大きな揺れ・・・
いまだ後にも先にも感じたことのない揺れとその後テレビで見た津波を思い出します
いろんな面で人災の側面も大きかったあの経験をちゃんと今でも活かしたいですし、
自らの防災にも活かしたいです
「全国統一防災模試」のスマホアプリのCMをやってましたが、
サイトを含めてこの取り組みは面白くて、
どうしても風化しがちな防災対策や知識吸収に良い影響になりそうだなと感じました
こうしたとりくみがもっと盛んになるといいなあ

うっちーこんばんは。

あれから7年…あの時のことは鮮明に覚えてます。
ちょうど仕事が休みでテレビから流れてくる想像を絶するような光景、決して忘れることはできませんよね。

あの時、電話は通じにくくなり海岸線の国道は封鎖されそして計画停電を経験して今後もし災害が起きたときの教訓にもなりました。

百聞は一見にしかずとは言いますけど、実際に見てみないと感じることができない思いがありましたね。
全てを飲み込む水の力、気仙沼の町中に打ち上げられた船も見てきました。
えぐりとられた線路、もう言葉にできない、自然と涙が出てきましたよ。

仙台とか大きな街は復興してると感じられますけど、3年前は街から外れた集落に行くとまだ行き届いてない光景がありました。

また東北へ訪れたいですね。
あの東北の素敵な自然と美味しい食の宝庫。
震災を忘れないことが大事ですよね。

今日は久しぶりの青空でしたけど、花粉いっぱいなので家のなかで過ごしてましたf(^_^)
14時46分はテレビの前で手を合わせてました。
うっちーは本当に優しい心の持ち主なんですね♪

暖かくなって心にも綺麗な花が咲きますように☆
今日ばかりは花は咲くの歌を聴いて自然と涙が出てきました。

それでは、また明日ですね〜。

東日本大震災から7年の月日が経ちました。
当時の映像を見ると犠牲者のほとんどが津波によるものだと分かります。
津波の恐ろしさは津波を経験したことのあるお年寄りから聞いたり絵を見たりした事がありました。また、北海道南西沖地震の時の奥尻島の大津波やスマトラ島沖地震により発生した大津波の映像を見た時は海岸から遠くに避難することの大切さを理解したつもりでいました。でもどこか他人事というか対岸の火事の様に思っていたかもしれません。
各地域で想定している津波の高さや気象庁が発表する津波の高さは低すぎると感じます。大きな地震が来た時、海岸線から近い地域の人は最低でも標高30メートル以上の高台や丈夫な建物に避難することと決めておいた方がいいのではないかと思います。実際に来る津波が高さ10メートルだとしても避難する場所は絶対に津波が届かない場所にしておいた方がいいに決まっています。
静岡県には浜岡原子力発電所があります。発電所をガードするための防潮堤も出来ました。しかし計り知れない破壊力と想定を超える津波が来るかもしれません。危機管理者は想定外の事を想定して万全の体制を敷いて欲しいです。

東日本大震災、福島第一原発事故を私達は永遠に忘れることはありません。
家族を失って悲しい思いをされている方にとって一番大切なのは、その人の心に寄り添う気持ちだと思います。うっちーが教えてくれたように手紙を送るのは素晴らしいことですね。桜の花の便箋にうっちーの心のこもった手紙を読んだら被災に遭われた方も生きる勇気と希望が湧いてくることでしょう。私には東北産の食べ物を買う事くらいしか出来ませんが、少しでも被災地の復興に貢献できる事を自分なりに続けて行きたいと思います。

おはよう、うっちー。

この日は遠く離れた静岡でも、かなり揺れましたよね。
仕事中だったので、会社全体で避難を…
そして あの津波で見慣れた風景が一瞬で恐怖に変わってしまった事をリアルタイムで携帯のテレビで見た光景を今でも鮮明に覚えています。
東京電力の管轄に住んでいるので、計画停電が何回かあり、信号機が…街の一部が真っ暗っていう状態で帰宅してきて懐中電灯、ローソク等、遠く離れた所でも影響が大きかったです!

うっちーにはとても身近になる場所が信じられない事になり、とても苦しく、辛かった事だと思います。

僕も一度だけ一本松まで行ってきました。荒れ果てた土地に一本だけしっかりとたくましく立っていたのに感動して涙が出てきましたよ。
何もできないけど、被害にあわれた場所でいっぱい買い物をしてきました。
まだまだ、復興には、ほど遠いのが現実だと思います!
早く元の生活に戻れる事を願う事ばかりで、また東北、福島の地に足を運んでみようと思いました。

ウッチーは人間的にいい人なのですきです。
R1の時に紺野ぶるまさんが優しくされてたし、
心の優しい女性が好きです。
ウッチー、無理しないでお仕事頑張ってください。
冬休みはリフレッシュできましたか?笑❤️

えりかさん、確かお母さんは、福島から細江にお嫁さんにいらしたんですね。えりかさんの叔母さん、紀子さんと同級生で娘もえりかさんの高校の先輩として同じように時を過ごしていました、故に未直に感じられるます。娘も都内の大学に通学していたので、とにかく連絡が、つくまで心配で!あの日日本中が、東北に目を向けていたのに、関心が薄れていくのが、心配です。少しでも、東北に心を寄せていられたらとかんじます。

よォ~まめた♪

被災した人には申し訳ないが!すみません(。>д

俺も何時かはにっぽん丸で旅がしたいです!!

いくぞ~~~~・・・・・

できたら!まめた♪のイベントがあれば!最高☆☆☆☆☆

お前なんか戻ってこなくてもよかったのに。言語障害のブス
このブスバカな内山なんか早く辞めさせろよ。 他局もたいしたことないけどsbsは飛びぬけて最低だな。

よォ~まめた♪

夜の秋葉神社上社(天竜区)には鹿がたくさんいます。猪もいます。当然野生です!!

あの可愛い動物を食べているんだ?仕方ないことです。我々生きている時の動物をあまり知らないから!!

でも、明日のイブアイ!!楽しみです♪♪♪」」

こんばんは。私の様な者にコメント頂き有難う御座います。
南相馬に行って来ました。まだまだテレビでは伝える事が出来ない現実が有ります。

津波に巻き込また方を見て、また私自身津波に巻き込まれそうになった人間として言える事は、一日一日を悔いなく生きたいと願います。

明日は久しぶりにイブアイを拝見させて頂きます。もう少しで地区が変わって見れなくなりますが、内山さんの笑顔に何度も助けて頂きました。本当に有難う御座います。

拙い文章ですいません。

これからも静岡の人を元気にしてあげて下さい。

明日の放送楽しみにしていますね!

お休みなさいm(_ _)m

うっちーが学生からアナウンサーになる頃、東日本大震災があった2011年3月でしたね。
僕もその頃3月と5月に祖母と祖父を相次いで亡くしており、自然の恐ろしさ・人生の悲しみが痛いほどよくわかります。
東日本もそうですが、北海道沖、阪神淡路、熊本も辛かったと思います。
震災を経験された皆様を励ましましょう。

うっちー、とんじゃかブログのファンの皆様、
この場を借りて申し訳ありませんが、勇気を持って書かせていただきます。

匿名さんよ、ツラい震災の話のコメントに何書いてんだ!!
また内山さんの悪口書いて何が楽しいんだ!!
二度と悪口を書きこむな(-_-#)

内山さん、匿名さんの悪口消してください。
m(__)m
読むほうがツラいです。(T_T)

あのテレビで見た映像はわすれられません。自然は偉大なものでありますけれども怖さも思い知らされました。風化させてはいけないと思います。

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うっちーのとんじゃかないや

SBSアナウンサー内山絵里加のオフィシャルブログです。

「うっちー」は、ニックネームです。

「とんじゃかないや」は、遠州地方の方言で「こだわらない」「気にしない」という意味です。

おばあちゃんっ子だったこともあり、小さいときおばあちゃんの口癖でよく聞いていたなじみ深い言葉です。

私自身、あまりこだわりのない性格とういこともあり、ブログの内容も、日々あったことをこだわりなく書きたいと思います。

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