アーチェリー山内梓 もがきながら成長曲線「五輪、メダル取る」

 コロナ禍で大学が休校中だった5月末、アーチェリーの東京五輪最終選考に残った山内梓(22)=近大、浜松商高出=は、地元浜松市内の練習場でたった一人、的に向かっていた。「五輪ができるかどうか。中ぶらりんですね」。心は揺れていた。

東京五輪最終選考に残った山内梓。もがきながらも成長曲線を描く=11月、掛川市のつま恋リゾート彩の郷
東京五輪最終選考に残った山内梓。もがきながらも成長曲線を描く=11月、掛川市のつま恋リゾート彩の郷

 3月の2次選考会で日本女子のエースだった杉本智美(ミキハウス、浜松商高出)らに競り勝ち、細身の女子大生は一躍脚光を浴びた。勢いに乗って代表切符獲得を目指したが、五輪の延期で4月に予定されていた最終選考も1年後に延期された。緊張の糸が切れかけた。
 アーチェリーは精神面が大きく影響する。9月の全日本学生個人選手権は最終選考に残ったライバルが優勝したが、山内は準々決勝で敗退した。想定外の事態は続いた。就職を希望していた実業団から業績悪化を理由に採用を見送りたいとの連絡があったのが10月中旬。大学4年の山内にとって五輪の最終選考、卒業後の進路、練習環境と不安定な要素が重なった。
 この先どうなるのだろう。どん底で響いてきたのは、近大の山田秀明監督の言葉だ。「物事をプラスに捉えれば成長するはず」
 大学の練習はコロナ禍で50人の部員が入れ替わりで行う形に変更を強いられた。「今まで普通に練習できていたことは、恵まれていたんだと分かった」。目の前を覆っていた霧が晴れたような気がした。卒業後も職員として大学に残り、練習を続けられる見通しも立った。
 競技を始めたのは高校から。同学年18人の中でも上達が遅く、1年時の新人大会に出場することができなかった。しかし、ひたむきに練習に励み、2年時に全国総体に出場、3年時には全国総体の団体で頂点に立った。浜松商高時代の恩師、山下勝美さんは言う。「緩く右上がりの成長曲線。下降しない」
 3カ月後、最終選考に残った5人で3枠を争う。5人の中で一番競技歴が短く体格でも見劣りするが、それがマイナスだとは思わない。「自分と向き合い目標が明確になった。五輪に出てメダルを取る」。もがきながら、下がることのない軌道を描き続ける。

 やまうち・あずさ 1998年9月11日、浜松市東区生まれ。東京五輪の最終選考会に進んだ5人に残った。中学時代は卓球部で浜松商高入学後アーチェリーを始め、3年時の全国総体で女子団体優勝した。2019年に初の日本代表入り。同年7月のユニバーシアードで女子リカーブ個人8位に食い込んだ。近大経営学部4年。

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