「残された金メダル、目指したい」 卓球/リオシングルス銅、団体銀の水谷隼 満身創痍の代表争い、30歳の決意

(2020/1/4 09:00)
4大会連続の五輪出場へ意欲を燃やす水谷隼選手=2019年、丸善インテックアリーナ大阪

 卓球の水谷隼選手(30)=木下グループ=は昨年、競技人生最大の危機を迎えた。試合会場の照明などの影響で球が見えにくくなる目の症状に悩まされ、腰痛も悪化。満身創痍(そうい)の中で「ごまかしながらやってきたが、(11月の)ワールドカップ前の過度なトレーニングが裏目に出てしまった」。
 今年1月時点の世界ランクで日本勢上位2人に与えられる東京五輪のシングルス代表権争いでは不運に泣いた。昨年9月、水谷選手に出場権があり、ライバル丹羽孝希選手(25)=スヴェンソン=に出場資格がなかった大会が中止に。ランキングのポイントを引き離す機会を失った。一方で11月に開催された大会は欠場者が出て急きょ、丹羽選手に出場権が転がり込んだ。
 代表争い渦中の11月30日、水谷選手は遠征の合間を縫って島田市の島田ローズアリーナにいた。トークや地元の中高生との公開試合などに参加。「たくさんのファンに支えられてプレーさせてもらっている。触れ合いを通じて少しでも卓球の良さを伝えていけたら」。どんな状況でも、日本卓球界の発展を願う思いは変わらなかった。
 2016年のリオデジャネイロ五輪はシングルスで銅、団体で銀メダルを獲得。女子に偏っていたメディアの注目が、男子にも向けられるようになった。水谷選手は積極的にメディアで情報を発信した。身近で弟の変化を見てきた兄雄城さん(32)=袋井市=は「卓球界全体のことを考え、自分の仕事と捉えている」と感じていた。「ファンの方へのサインにも丁寧に応じている。隼も小さいころ、憧れの選手に大事にしてもらった思い出があるから。プロ意識の高さはすごいと思う」
 水谷選手は14歳で単身、ドイツに渡った。「卓球中心の生活は厳しいし、生活面では不安」。そう答えた当時の水谷少年に、海外のプロリーグでもまれる覚悟はまだなかった。あれから16年、日本の第一人者としての挑戦は最終章を迎えようとしている。
 幾度となく若手の台頭に脅かされながらも10年以上、エースの座を守り続けてきた。張本智和選手(16)=木下グループ=という新星の登場は、団体戦で中国に勝つために、水谷選手にとって待望のカードがそろったとも言える。「リオで銀と銅。東京で残された金メダルを目指したい」。東京五輪の団体戦3人目は6日、発表される。

 みずたに・じゅん 1989年6月9日、磐田市生まれ。両親が代表を務める豊田町卓球スポーツ少年団で5歳から始めた。全日本選手権を17歳7カ月と当時の史上最年少で制し、2019年に10度目の優勝。五輪は北京から3大会連続出場。

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