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社説(10月26日)行政のデジタル化 もはや先進国ではない

 平井卓也デジタル相(当時)は、自治体や医療現場が混乱した新型コロナ感染症の対応を巡り、政府機能の脆弱[ぜいじゃく]性を「デジタル敗戦」と表現した。2021年版情報通信白書に記されている。
 感染爆発のさなか、医療情報がファクスでやりとりされた。休業支援は役所の事務作業がネックだ。多くの国民が紙と手入力、対面重視のお役所仕事にあぜんとした。昨年、全国民に緊急経済対策として10万円を配った特別定額給付金。例えば浜松市が80万市民に800億円を配るために充てた経費は9億円に上る。全額国庫支出金だ。デジタル技術の利活用で日本はもはや先進国と言えない。旧態依然の行政事務は成長が滞る日本経済の映し絵でもある。
 暮らしの立て直しはデジタル技術の進化が鍵を握る。デジタルトランスフォーメーション(DX)が政治の場でも語られている。新機軸の政策の立案実施にDXが欠かせないからだ。各党は功罪を見極め、技術革新で開く暮らしの未来像を描いてほしい。
 政府のデジタル戦略をたどると、IT版「失われた20年」の表現がぴったりだ。
 森喜朗政権は01年、新IT戦略本部を設置。e―Japan戦略として「5年以内に世界最先端のIT国家を目指す」と宣言した。小泉純一郎政権は06年にIT新改革戦略を打ち出し「国民がITの恩恵を実感できる社会をつくる」と約束した。
 政府は全国民に11桁の番号を割り振り、氏名、生年月日、性別、住所の基本4情報を活用する住民基本台帳カードを発行した。普及は5%程度にとどまり、15年末に発行を停止した。「行政が個人情報を瞬時に収集できるようになれば監視社会になる」との懸念が背景にある。
 行政の高度デジタル化は停滞し、わが国は他国の後塵[こうじん]を拝することになった。
 16年1月にスタートしたマイナンバーカードの普及率は現在40%ほど。保険証として利用できるマイナ保険証がスタートし、24年度末までに運転免許証と一体化させる計画だ。民間利用を含め、マイナカードがこれから数年、行政サービスのデジタル化で鍵を握るのは間違いない。
 政府が、国民の懸念を払拭[ふっしょく]できなかったことが「失われた20年」の主因だろう。「国民総背番号制は危険」など時に観念的な批判にもたじろぎ、いまだに与野党の国会論戦は堂々巡りに見える。金融機関や医療関連の個人情報とマイナカードとのひも付けは見通せない。デジタル庁の最大の責務は、行政をデジタル化する工程を透明化し、国民の信頼、信任を得ることだ。
 危険性を懸念し、再びデジタル化にブレーキを踏むか、リスクを克服して推進するのか。政治が決断すべき最重要テーマと言えよう。
 政府は「デジタル田園都市国家構想」を掲げ、地方でのデジタルインフラ構築により都市との格差を埋めると宣言した。人・モノ・情報の東京一極集中打破は各党間で異論はなかろう。首都圏から地方への本社機能移転や、仕事(ワーク)と休暇(バケーション)を両立させるワーケーションの活発化を全国の自治体が注視している。
 新型コロナの感染「第6波」への備えで、病院と地域の開業医が役割分担する病診連携にデジタル診療の技術が加味されれば、高齢社会の地域医療の新たな体制構築につながるだろう。ウィズコロナの経済正常化に向けた「ワクチン・検査プログラム」では、接種履歴証明のデジタル対応が喫緊の課題になる。
 デジタル庁が掲げる「誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化」で、デジタル弱者は高齢者層だけなのか。慎重に見極めたい。スマホがなければ弱者となるようなデジタル改革なら、そもそも失当だと言いたい。実現可能な成長への道筋を示すことこそ政治の役割だ。

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