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社説(10月22日)持続可能な農業 国土と命のため着実に

 今、新型コロナウイルス感染症対策や経済政策が最優先であることに異論はない。しかし、生命や活力の維持に不可欠な農業や食料についての論戦が足りなくはないか。各党の衆院選公約に、持続可能な農業や食料、一極集中是正の受け皿になり得る農村についての言及は少ない。
 政府が成長戦略として取り組んできた農産品輸出は拡大し、「担い手農家」「ビジネス経営体」と呼ばれる販売額、雇用などが一定規模以上の経営体も増えている。一方で中山間地など条件の悪い農地は荒れ、農家の高齢化が進み、持続可能な農業は言葉ほど簡単ではなくなっている。
 新型コロナの影響で外食やイベントの需要が減り、食材や花を供給する農家が苦しんでいる。入国が制限されて外国人技能実習生が来日できず農作業の人手確保ができない事態も起き、日本の農業基盤の脆弱[ぜいじゃく]さが露呈した。
 2020年の総農家数は174万戸で5年前に比べ40万戸減った。静岡県内は5万7千戸で1万戸以上減少した。
 農業は国の土台であり、豊富で多彩な農産物と食文化は豊かさの象徴である。国土と環境、そして地域社会の保全ためにも、持続化を着実に進めなければならない。
 20年の食料自給率(カロリーベース)は37%で過去最低水準に並んだ。国産でほぼ100%を賄えるコメの消費が減り、原料の小麦を輸入に頼るパンなどの消費が増えたためだ。外食需要減で、コメ農家の収入は20、21年産と2年連続で下落の見通しだ。
 与党が米価下落を重く見てコメ農家支援策を打ち出す一方で、立憲民主党など野党は民主党政権時代に実施した戸別所得補償の復活を挙げた。この制度は政権交代に伴い自民党が経営所得安定対策に名称変更し、その後、直接支払いの在り方を議論して、水田をより幅広く活用する内容に見直された。この経緯を踏まえた議論が必要だ。
 コメを巡ってはこの夏、農林水産省が大阪堂島商品取引所で続いてきた先物取引の廃止を決め、コメ流通刷新の足掛かりになる期待が断たれてしまった。水面下で農林族議員の関与があったとされる。生産者、消費者双方が納得できる米価相場づくりに横やりを入れるのではなく、リードするのが政治の役割だ。
 自民党は12年の政権奪還に前後して環太平洋連携協定(TPP)交渉参加にかじを切り、政府は規制改革を進めた。農協改革にJAグループは猛反発したが、結果的に「自己改革」が促された。
 農業の成長産業化を機に農林水産物・食品の輸出は弾みがついた。コロナ下の20年の輸出額は9217億円で所期の目標1兆円には届かなかったが、前年比プラスは達成した。25年に2兆円、30年には5兆円を目指すとしている。
 地球温暖化で気象災害が激甚化する中、安定的な食料の生産や調達は腰を据えて取り組むべき政策課題である。同時に、海外を含む販路の多様化など農家の所得向上策は後継者確保にも欠かせない。
 政権交代後の14年衆院選はTPPが重要争点になったが、農協法改正、農業競争力強化支援法など関連法が成立すると、17年衆院選では食と農を巡る議論は低調になった。
 だが、「攻めの農政」は現場を知らない専門家の会議が進めたという批判は今もくすぶる。今回の衆院選はこの4年間の農政改革を評価する意味合いもある。
 コロナ禍では、販売に苦戦する農家の野菜を地元の人が購入する場を市町が設定したり、市町職員が購入したりする共助が各地で見られた。休業した飲食店の店員が繁忙期の農作業を手伝って収入を得ることもあった。農業には人をつなぐ力がある。
 その土地に合った農作物があるように、農政も地域性があっていい。そのほうが効果が期待できる。農政もまた、地方分権への転換期にある。

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