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街の本屋に懸ける あの人に聞きたい/走る本屋さん高久書店・高木久直さん(掛川市)【NEXT特捜隊】

 「本と人をつなぐ仕事に謙虚に取り組む店長さんの話を聞いてみたい」。島田市の30代会社員からのリクエストを携え、高木久直さん(50)の元を訪ねた。大手書店の店長職を辞め、昨年2月、掛川市中心街に個人書店をオープンした。早速店舗を訪ねたが、開店直後から来店客が全く途切れない。新刊を求める親子、高木さんにお薦めの一冊を尋ねる男性、勉強するために屋根裏の自習室に来た高校生…。本を買う人にも買わない人にも声を掛け、笑顔を引き出す高木さん。忙しい接客の合間にもかかわらずインタビュー取材に丁寧に応じ、「街の本屋さん」に懸ける思いを語ってくれた。

高木久直さん(掛川市)
高木久直さん(掛川市)
高久書店の外観
高久書店の外観
常連客の学生(右)。会話から彼女の特技がイラストだと知り、店のしおりをデザインしてもらったことも
常連客の学生(右)。会話から彼女の特技がイラストだと知り、店のしおりをデザインしてもらったことも
店舗の一角にある駄菓子コーナー
店舗の一角にある駄菓子コーナー
高木久直さん(掛川市)
高久書店の外観
常連客の学生(右)。会話から彼女の特技がイラストだと知り、店のしおりをデザインしてもらったことも
店舗の一角にある駄菓子コーナー

 
 ■無条件の居場所
 幼い頃、故郷の松崎町には本屋が何店かあり、子どもたちのたまり場になっていました。中でも、よく通った「まりや書店」には駄菓子やおもちゃも並んでいて。子ども心にとても魅力的な場所でした。少し大きな子が読んでいる本を横目で見て「自分もいつか読んでみよう」とワクワクするなど、知の世界旅行を楽しめました。店番のおばあちゃんに不作法を叱られたことも含め、街に育ててもらいました。翻って現在は、子どもの居場所が減りました。何をするにもお金が必要。本当は温かい大人の方が多いのに、子どもは「知らない人としゃべるな」と教えられることが多くなりました。お金を使わなくても、子どもが無条件に居て良い場所を地域につくりたかった。開店の根底には、そんな思いもあります。

 ■本は一生そばにいる
 多感な高校生時代、書店で何げなく手塚治虫の『火の鳥 未来編』を手に取り、夢中で読み終えた経験があります。自分の悩みがちりのように思え、心が救われました。今でも毎年『火の鳥』を読み、初心に帰ります。大人になると、叱ってくれる人が少なくなります。でも、本は一生そばにいてアドバイスをくれる。人間はいつか愛する人と別れなければなりません。幼い頃から本を読む力を養った人は、誰かとの別れを経ても自分で道を進んでいける。そう思います。本は五感で楽しめます。赤ちゃんは絵を見たり、匂いを嗅いだり、なめたりして、本を心に刻みます。こうして人生の初期から感性を磨き続けられるのも、電子書籍やネット媒体にはない、リアルな本の魅力です。

 ■街に付加価値を
 一人のお客さんと最低でも5~10分程度会話します。好みは。今求めている物は。僕の感想も交えて一人一人に本を薦めます。うちのお客さんは本そのものに加え、生身の人間とのやりとりに価値を感じて来てくれているのだと思います。365日、本のことばかり考えています。生き方そのものが本屋です。書店員経験から、今の時代に本を売る大変さを痛感しています。覚悟して高久書店を開きました。街の本屋の役割は、本を売るだけでなく、街に価値を加えること。地域との企画や店の2階への自習室兼ギャラリーの設置はその例です。全国の多くの街から本屋が消えつつあります。10坪にも満たない高久書店から、地域に寄り添う街の本屋を増やしたいです。
 <profile>たかぎ・ひさなお 1970年、松崎町生まれ。大学卒業後、中学校教員を経て、戸田書店に勤務。店長を務めながら、本の移動販売や静岡書店大賞の創設に取り組む。勤続21年の末に退職。2020年2月、古民家を改装した「走る本屋さん 高久[たかく]書店」を掛川市掛川にオープンした。高齢者への配達や、トラックでの移動本屋も続ける。文芸グループとの俳句大賞、地元の大人たちが中高生に愛読書を贈る「本のペイフォワード運動」など、地域と力を合わせた企画を多数行っている。

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