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リニア開業 静岡県内に恩恵は JR、新幹線増便を示唆【大井川とリニア×知事選2021】

 大井川の水問題で注目が集まり、知事選の争点の一つとされるリニア中央新幹線。JR東海はリニア開業が県内に恩恵をもたらす可能性を説明し、沿線からは東海道新幹線の増便を期待する声が上がる。一方、コロナ下のこの1年余、東海道新幹線の利用者数は激減した。JRが計画段階から現在まで一貫して「リニアと東海道新幹線は一元的経営」とする中、リニア開通で静岡県はどのような影響を受けるのだろうか。

リニア中央新幹線の開業効果を説明したパネル。東海道新幹線の「運転本数のイメージ」が記されている=8日、JR静岡駅コンコース
リニア中央新幹線の開業効果を説明したパネル。東海道新幹線の「運転本数のイメージ」が記されている=8日、JR静岡駅コンコース
橋山礼治郎氏
橋山礼治郎氏
森地茂氏
森地茂氏
リニア中央新幹線のルート
リニア中央新幹線のルート
リニア中央新幹線の開業効果を説明したパネル。東海道新幹線の「運転本数のイメージ」が記されている=8日、JR静岡駅コンコース
橋山礼治郎氏
森地茂氏
リニア中央新幹線のルート


 JR東海はリニアが大阪まで全線開業する約20年後の県内の恩恵を強調する。金子慎社長は4月の記者会見で「東京から大阪に至る日本経済の背骨を強くする意味で、その跳ね返りが静岡県のプラスになる」と説明。南アルプストンネル工事のために静岡市葵区の井川地区に整備する林道や別のトンネルを例示し「地域全体が潤う」と主張した。
 JRは2018年から静岡、浜松、三島の各駅コンコースに「中央新幹線全線開業後、新幹線のひかり、こだまが増え、静岡県からの移動が便利になります」と記したパネルを設置し、利便性向上をアピールしている。
 ルートを選定した国土交通省交通政策審議会の小委員会も、のぞみが担っている輸送ニーズの多くがリニアに移り、東海道新幹線のサービスが相対的にひかり、こだまを重視した輸送形態に転換する可能性を示唆。沿線都市群の再発展が期待できると答申した。
 県内の沿線自治体の関係者は「停車回数が増えれば、人口増加や活性化につながる」と注目する。しかし、JRからの具体的な説明はないという。
 金子社長は4月の会見で「リニアができれば(ダイヤに)相当余裕ができる。静岡県の方にメリットを早く感じてもらいたい」と述べた。ただ、「確定的なことを申し上げて、やっぱりできなかったというのは良くない」と加えた。
 
 ■輸送需要は未知数 コロナ直撃、民営化後初の赤字
 JR東海は4月に発表した2021年3月期連結決算で、1987年の国鉄民営化以降初めて通期での赤字になった。コロナ禍の移動自粛によって収益の柱だった東海道新幹線の利用が低迷。リモートワークの普及に伴い、“ドル箱”とされる東京―大阪間の輸送需要の先行きを不安視する指摘がある。
 JRのリニア開業後の想定は「航空機需要の取り込みや新規需要で名古屋までの部分開業時に運輸収入が5%増、大阪までの開業時には15%増になる」。ルートなどを議論した10年5月の国土交通省交通政策審議会小委員会で当時常務だった金子慎社長が説明した。
 新型コロナウイルス感染拡大に見舞われた20年度、東海道新幹線の利用はコロナ前の18年度の32%にとどまった。外出自粛やテレワークの急速な普及が運輸収入を直撃した。4月の記者会見では来期以降の見通しやコロナ感染長期化の影響を尋ねる質問が相次いだ。
 これに対し金子社長は運輸収入に関し「ワクチン接種がキーポイントで、現実的なケースとして22年度は80%まで戻ると想定している」と説明。「ウェブ会議に輸送が代替されることを頭に置いて見定めないといけない」としながらも段階的に回復し、7年後の28年度までにコロナ前の水準に戻ると予想した。
 
 ■建設費「新幹線収入で賄う」 不採算発言 波紋広げる
 2013年9月、JR東海が詳細なルートや環境影響評価準備書を発表した際の記者会見で、当時の山田佳臣社長は「(リニアは単体で)絶対にペイしない(採算が取れない)。東海道新幹線の収入でリニア中央新幹線建設費を賄って何とかやっていける」と発言し、波紋を広げた。
 JRは今年4月、品川-名古屋間のリニア総工費が従来の計画から1兆5000億円増額し、7兆400億円になる見通しを発表した。難工事の対応や追加の地震対策のためとした。
 「東海道新幹線とリニアは一元的に一つの会社で経営する」と今月9日の記者会見で改めて述べた金子慎社長は、山田元社長の発言を「会見の中のやりとり。ちょっと釈然としないところも実はある」と言及を避けた。リニア建設費の高騰が将来の新幹線ダイヤに影響を与える可能性については「仮定が積み重なった質問だ」と退けた。
 
 ■候補者の見解
 Q)県民にとってリニア開業のメリットにはどのようなものがあると考えますか。リニアの工事費が増大していますが、原資とする新幹線料金は妥当と考えますか。
 
 岩井茂樹氏 費用 妥当性は市場判断 
 さまざまな課題が解決され、リニアが開業された場合には、現在通過される東海道新幹線の位置付けが「静岡県のための新幹線」とも呼べる位置付けになることには価値がある。リニア工事費と新幹線料金の妥当性などは、JR東海が上場企業であることから、市場が判断することになると考えている。
 
 川勝平太氏 停車増 あくまで可能性
 リニア開業後、東海道新幹線の県内停車本数が増加する可能性もあるが、それが決定しているわけではない。現時点で一度立ち止まり、新しい生活様式下におけるリニアの必要性について「万機公論に決すべし」という姿勢で議論が行われるべきではないか。なお、民間企業の事業の原資等について論ずる立場にないと考える。
 
 ■専門家インタビュー
 橋山礼治郎氏 アラバマ大名誉教授(公共政策) 赤字穴埋め 停車減少も
 公共政策が専門の経済学者、橋山礼治郎アラバマ大名誉教授(81)は数々のプロジェクトの成否を研究してきた経験から、リニア中央新幹線の経済性を問題視する。リニア開業後の東海道新幹線「ひかり」停車増は期待できないと指摘する。
 ―リニア中央新幹線を事業として、どのように評価するか。
 「これほど、ひどいプロジェクトは珍しい。(ルートなどを決めた)国土交通省交通政策審議会小委員会をほぼ全て傍聴したが、需要予測の根拠は全く示されなかった。新幹線の整備は地域振興が目的だと法律に書かれているのに、リニア中央新幹線は1時間に1本しか中間駅に止まらず、地方のことを考えていない。在来新幹線と接続できず、ネットワーク性がないのは決定的な問題だ」
 ―新型コロナウイルスの影響は。
 「右肩上がりの需要がリニア整備の前提になっていたが、コロナ禍で新幹線の乗客は激減した。リモートワークが普及し、企業は東京―大阪間の出張を減らす方向だ。当初の需要予測は幻になった。ところが、JR東海は社会の動きを考慮せず、2028年度に新幹線の需要が元に戻ると説明。①明確で妥当な目的であること②確実に安全で信頼できる技術が用意されていること③安定した需要があること―がプロジェクトの成功に必要だが、リニアにはかなり欠けている」
 ―約20年後とされるリニア全線開業後、県民に恩恵はあるのか。
 「リニアは建設・運営コストが高く、単体で黒字にならない。コストの低い東海道新幹線と一元的な経営で、東海道新幹線の収益がリニアの赤字を穴埋めする構造になる。県内駅に停車する便数は増えるどころか減る可能性すらある。リニア建設費に当てられるJR東海の膨大な利益は、強制的に高い新幹線料金を国民が払わされた結果という見方もある」
 ―今後の見通しは。
 「このまま進めればJR東海の経営が傾くだけでなく、将来の国民に大きな経済的損失を与える。中間評価を行い、採算性の高い在来新幹線への移行や南アルプスルート回避を今こそ考えるべきだ」

 はしやま・れいじろう 掛川市出身。日本開発銀行(現日本政策投資銀行)調査部長や日本経済研究所専務理事を歴任し、運輸政策審議会委員も務めた。
 
 ■森地茂氏 政策研究大学院大 政策研究センター所長(交通政策) 利便向上へ 共に戦略を
 交通政策を専門とする工学博士の森地茂政策研究大学院大政策研究センター所長(77)は、リニア中央新幹線の開業が世界最大の都市圏を形成し、国際競争力の向上や地域活性化につながると主張する。県内の交通利便性も向上すると強調する。ただ、ダイヤの検討不足を指摘する。
 ―リニアがもたらすメリットは。
 「東海道ベルト地帯が南北方向に拡幅する。圏域の人口は6千万人を超え、GDPはフランスやイギリスに並ぶ世界最大の都市圏が形成され、国際競争力が向上する。圏域構造の変革は地域活性化の王道でもある。リニアができれば甲府市や長野県飯田市の観光客の流動性が変わる。南北方向の高速道路整備によって静岡の経済圏が山梨や長野にも拡大している中、どう生かしていくかが大切だ」
 ―リニアの開通で県内に停車する新幹線が増えると言われる。実現は可能か。
 「検討の余地は生まれるが『こだま』『ひかり』が増えたから良いのではない。最適なダイヤは何かが重要だ。その設計ができていない。観光は三島、製造業は浜松、行政は静岡の各駅に需要がある。各地をどのように発展させるかという視点も必要だ。県内各都市を結ぶ利便性を重視し、全て停車したら県外への速達性は落ちる。逆に『県内は静岡駅だけ停車、県外は各駅停車』のダイヤでは意味がない。県内移動と広域移動の利便性のバランスをどうするかも課題だ。JR東海だけでなくJR各社の戦略も絡む。私が知事なら沿線の知事と議論を始める。一緒に戦略を考えるべきで、けんかしている状況でない」
 ―新型コロナの影響をどう見るか。
 「観光は必ず回復する。中国をはじめアジアの国が豊かになればインバウンドもさらに増えるはずだ。ビジネス客は長期的に見れば1、2割減少するかもしれないが、在宅勤務が元々多い欧米でも航空業界はどんどん回復しているくらいだ。全てがオンラインに変わることはない。今回の不況は4年で回復すると言われる。日本の悲観的な見方に比べ欧米が急回復しているのも事実だ」
 (リモート取材のため写真は提供)

 もりち・しげる 東京工業大、東京大の教授などを経て政策研究大学院大教授に。国土交通省の国土審議会や交通政策審議会の委員なども務めた。

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