池田20世紀美術館「ミモザ」(1949年、アンリ・マチス作) 経営者の心、解きほぐす【美と快と―収蔵品物語⑩】

 1975年5月、大室山の麓に開館した池田20世紀美術館(伊東市)は「日本初の現代美術専門の美術館」を掲げる。道路舗装用資材大手ニチレキ(東京)の創業者池田英一(1911~82年)の個人蔵を基盤にした収蔵品リストには、巨匠の名がずらりと並ぶ。アンリ・マチス(1869~1954年)もその一人。「ミモザ」は46年間、館の“顔”を担い続けている。

コラージュ 148×96・5センチ
コラージュ 148×96・5センチ
リトグラフ 45・7×55・7センチ
リトグラフ 45・7×55・7センチ
池田20世紀美術館
池田20世紀美術館
コラージュ 148×96・5センチ
リトグラフ 45・7×55・7センチ
池田20世紀美術館

 伊東市で創作を続ける彫刻家重岡建治さん(84)は開館時を振り返る。「森の中にぽつんと建物があった。現在のような別荘や住宅が並ぶ風景はどこにもなかった」
 池田は1943年に日本瀝青化学工業所(後のニチレキ)を創立し、終戦を挟んで同社をトップメーカーに育てた。70年に出会った画商の牧田喜義(後に同館初代館長、故人)の勧めで、コレクション約400点を公開する美術館の設立を決めた。同市の自宅隣接地を用地に充て、「20世紀の西欧巨匠」をキーワードに一部作品を新規購入した。
 「ミモザ」は開館時からピカソ「近衛兵と鳩」、ミロ「海の前の人」などとともに代表作に挙げられていた。海外への貸し出しは現在まで7カ国15回に及び、同館の収蔵品で最多を誇る。タペストリーの原画として制作した縦148センチ、横96・5センチ。伊藤康伸館長は「晩年のマチスの主要技法である切り紙画の中でも最大級」と話す。
 マチスは切り紙画について「色紙を切り取ることは、色彩にフォルムを与えること。意志にフォルムを与える彫刻家の作業に匹敵する」と説明した(ポーラ美術館「モネとマティス」展図録から)。鮮やかな色合いで提示した「ミモザ」は、池田のお気に入りの一つだった。
 開館当時社長の任にあった池田は、自宅から毎日のように美術館へ通った。重岡さんは、館内でコーヒーを飲みながら談笑する姿を記憶する。「絵を見るとホッとした表情になっていた」。「ミモザ」は経営者の重圧をつかの間解く役割も担った。
 (文/文化生活部・橋爪充、写真〈アラベスク、美術館〉/東部総局・山川侑哉)
 
 ■「アラベスク」(1926年、アンリ・マチス作)
 植物をかたどった文様の中に、肉感的な女性像が描かれている。無駄をそぎ落とした線だけの表現だが、背景の強い装飾性が不思議な雰囲気を際立たせる。
 「ミモザ」と同じように、開館時から池田20世紀美術館に収蔵されているが、作画の方法や制作時期は全く異なる。同館の松本由奈学芸員は「20世紀を代表する作家としてマチスは欠かせないという意志が感じ取れる」と池田の心境をおもんぱかる。
 同館は「ミモザ」を基に米アレクサンダー・スミス・カーペット社が制作したタペストリーも収蔵。明るい色彩を強烈に印象づける。
 
 <メモ>池田20世紀美術館
 伊東市十足614。設計は東京都美術館などに野外作品が残る彫刻家の井上武吉(1930~97年)。ルノワール、ピカソ、シャガールらが手掛けた「人間」をテーマにした作品を中心に、絵画や彫刻約1400点を収蔵する。館内の作品を地元の児童生徒が模写する企画「世界の名画を描こう」を毎年実施するなど、地域貢献にも力を注ぐ。掲載した「ミモザ」は常設展示会場で見られる。
 

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