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社説(5月29日)マイナカード 過ちから学ばなければ

 行政事務の過ちは直ちに公表し、原因を徹底的に追究して改める。その原則を怠るから国民から非難を浴びる。
 住民票の誤交付や健康保険証の誤登録、公金受取口座やポイント付与のミスなどマイナンバーカードを巡るごたごたが収まらない。岸田文雄首相は国会で「信頼があってこそのカード」と陳謝し、デジタル社会の重要インフラとして普及推進に理解を求めた。
 首相の見解は了としたいが、トラブル発覚後の対応は余りにお粗末。人為的ミスやシステム障害は「起こり得る」との前提で、多重の対策を講じるのはデジタル技術活用での大原則だ。
 マイナカードは、政府目標を上回る全国民の8割が取得を申請済み。効率的な行政サービスに不可欠な基盤であり、今後の本格運用は国民の信頼が大前提であることを肝に銘じるべきだ。
 これまでの政府対応で最大の過ちは、問題に気付いた相談者をデジタル庁、厚生労働省、総務省などが「たらい回し」にし、責任転嫁に近い対応を取ったことだ。
 保険証の誤登録は2021年に発覚したが国民への注意喚起はなかった。民間企業が設計したプログラムの不備や関係団体、自治体支援員に不手際があったとしても、制度全体に責任を負うべきは政府だ。「役所は決して過ちを犯してはならない」との無謬[むびゅう]性の論理で省庁が組織防衛に走り、国民の側も行政事務のデジタル化で完全無欠を求め続けるなら、全国民を網羅する巨大システムの運用は不可能だ。プライドが邪魔し、過ちを真摯[しんし]に受け止めて対応しない政治家や官僚にデジタル化は任せられない。
 岸田政権は、省庁の垣根を打破し、誰一人取り残さないサービスを構築すると宣言してデジタル庁を設置した。そのために必要となる人材を集めた。成果のPRで存在を誇示するだけでなく、トラブルの発生時にこそ事態の収拾と分かりやすい広報の責任を負うべきだ。まず河野太郎デジタル相の見識を問いたい。
 政府はマイナンバーの利用範囲の拡大などを盛り込んだ改正法案を提出し、衆院を通過した。今国会での成立が見込まれる。法案に反対する野党は「国民の不安が高まっている」と批判を強め、不安が解消されていないとして採決にストップがかかりかねない状況。だが、国民の8割に行き渡るカードが「そもそも危ない」「立ち止まれ」といった堂々巡りの議論は卒業してもらいたい。
 日本が「デジタル後進国」に陥った主因は政府が国民の理解を得られなかったからだ。特に、2000年代初頭の国民の反発は強烈だった。
 「個人の自由と尊厳を覆す危険をはらむ」「行政があらゆる個人情報を瞬時に収集できるようになれば監視社会になる危険性が高い」
 これは01年のe―Japan戦略が基盤とした住民基本台帳ネットワークに対する当時の識者の見解だ。懸念は今に通じる。住基ネットが管理するデータは主に「氏名、住所、生年月日、性別」の4情報にとどまったが、個人情報保護の法体系が未熟であり、政府に国民の懸念に対応できる人材が不足した。不安の拡大は必然だった。
 今国会では「次元の異なる少子化対策」で児童手当の拡充などの政策と財源が議論されている。拡充した児童手当の迅速な支給はマイナカードの本格活用による政策の第1弾としてふさわしい。速やかに懸念を払拭し、国民がカードの恩恵を実感できる政策を実行に移すべきだ。
 政権の監視は野党の重い責任だ。ただ、13年に成立した当初のマイナンバー法を閣議決定したのは当時の民主党政権であり、狙いは税と社会保障の一体改革を進めるため関連情報の一元管理による公平な社会保障給付だった。与野党は批判合戦に終始せず、健全なマイナカード施策を速やかに構築してほしい。

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