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視座(4月17日)JRはけじめをつけよ リニア工事 混迷する「全量戻し」

 JR東海と静岡県の協議が間もなく10年になるリニアの南アルプストンネル工事に伴う大井川の水問題。流域市町は東京電力田代ダムの取水抑制案を了解し、山梨県側からのボーリング調査と合わせ、着工準備に向けた具体的1歩を踏み出そうとしている。ところが、ここに来て静岡県と川勝平太知事の「悪者論」が横行している。
 国土交通省の中間報告は不安なしとしたのに、川勝知事は工事期間中に流れ出す水そのものを全量戻すよう「新たな」注文を付けたー。
 今年に入り、全国紙やネットメディアが相次いで誤報を流した。本県は掘削工事に伴う大井川水系の湧水は工事中と工事後の区別なく、全て大井川に戻すようJRに求めてきた。10年間にわたる一貫した姿勢で、中間報告にも明記された「全量戻し」の基本的考え方だ。なのに、着工を止める新たな主張のごとき報道が散見され「静岡県がリニア工事を妨害し、孤立している」との印象操作がはびこる。
 JRが環境影響評価の準備書に毎秒2トンの減水懸念を記載したのは2013年9月。約60万人分の生活用水量に相当し、危機感を募らせた県と利水者は全量戻しを訴えた。JRがこれを受け入れるまでに5年。その後、県に協議の場が設置されたが、JRは全量戻しの見解を事実上撤回し、国が仲介に入るまで2年。さらに国交省の中間報告取りまとめに1年8カ月を要した。
 なぜ協議が混迷するのか。最大の要因は、リスクの提示より安全のアピールが優先し、本県が求めてきた全量戻しは「できない」とJRがけじめをつけないからだ。
 全量戻しを撤回した際、当時の金子慎社長は全量戻しの表現が「使い方によって、使う人や時点によって違う」と強弁した。現在、JRは各種資料で「工事の一定期間を除き」と前置きして全量戻しの文言を多用する。だが、全量は戻せないとの前提で議論の軸を立て直さない限り、「静岡県悪者論」が出続け、協議は加速しない。
 JRが工事の全期間で大井川の流量は維持されると主張する根拠は、アルプスが山体に蓄えた水で流量を補う対策を国が認めたから。これは本県が求めてきた全量戻しとは論点が決定的に異なる。田代ダム案も、湧水の県外流出相当分を本流から発電用に排出しないとする対策であり、川勝平太知事が「全量戻しに成り得ない」と指摘したのは当然だ。知事は丹羽俊介新社長に「全量戻しは決着がついていない」と述べた。重く受け止めるべきだ。
 田代ダム案でJRは、ボーリング調査や掘削工事で湧水が県外流出する全期間、その全量相当分を遅滞なく取水抑制する協定を東電と結ぶべきだ。着工への多様な手続き一つ一つが地元のJRへの信頼抜きに進展しない。東電との交渉をやりとげ、全量戻しの議論にけじめをつけることがその前提になる。
 JRの化学的分析によると、田代ダム近傍の地下水は滞留期間(推定年代)が最長60年以上だった。JRが県外に流出させる水、国が対策で消費を認めた水はアルプスが半世紀にわたり涵かん養ようしてきた水である可能性が出てきた。
 山体が蓄える水は無尽蔵ではない。皆が自然への畏敬の念を持ち、水循環と対策を語る必要がある。
(論説委員長・中島忠男)

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