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天真爛漫、人懐っこく バス「楽しい」前夜に話す【届かぬ声 子どもの現場は今④/第1章 河本千奈ちゃん②大好きだった幼稚園】

動物園の乗り物で笑顔を見せる河本千奈ちゃん。明るくて活発な女の子だった=2022年8月、静岡市内(両親提供)
動物園の乗り物で笑顔を見せる河本千奈ちゃん。明るくて活発な女の子だった=2022年8月、静岡市内(両親提供)

 「これで幼稚園に行けるかなあ」
 親戚にプレゼントされたアンパンマンのポシェットを手に、にんまりとほほ笑む河本千奈ちゃん=当時(3)=。父のスマートフォンには、家の中で楽しそうに“登園ごっこ”をする千奈ちゃんの姿が残っている。
 「先生のところに行こうっと」
 おどけてちょこちょこと歩いたふりをした後、先生へのあいさつを元気よく練習した。
 「おはようございます!」
 2022年4月に川崎幼稚園に入園した千奈ちゃん。一度も登園を嫌がることはなかった。寝起きが悪い朝でも、「幼稚園に行けなくなるよ」と両親が声をかければ、眠い目をこすりながら寝室から出てきた。
 天真爛漫(らんまん)な性格は園の職員や年少クラスのお友達を和ませた。園庭の散水機でびしょぬれになりながら遊び回り、体操服を借りて帰宅した。給食を持って担任と副担任の間に座り、「先生、食べさせて」と甘える一面もあった。
 幼稚園生活の中でも特に好きだったのが、朝と帰りの送迎バス。家族で出かけると、バスの道順を覚えていた千奈ちゃんが「ここは○○ちゃんのおうち」と同級生の家の前を通るたびに教えてくれた。
 ただ、父は2学期からバスの利用をやめることも考えていた。2人目の子を妊娠していた妻が送迎する負担を考えて利用し始めたが、もともと自宅から幼稚園は歩ける距離。朝はバスに乗って数分で園に着く一方、帰りは他の子が降りるのを見ながら30分ほど揺られて最後に降りる。娘にとってバスが退屈な時間になっていないか心配だった。
 9月4日の夜。父は夕飯の時間に尋ねた。
 「バス、帰りは長い時間乗ってるけど、楽しい?」
 「楽しい」
 「けど、一番最後まで乗ってるよね。1人になるまで。それでも楽しいの?」
 「楽しい」
     ◇
 翌5日の午前7時半ごろ。父はまな娘の寝顔に「行ってくるよ」と心の中で声をかけ、仕事に向かった。千奈ちゃんが起きたのは30分後。朝食はチョコクリームを塗ったパンにリンゴ、牛乳、チーズ、イチゴ味のヨーグルト。食べている間に妻が髪の毛を三つ編みにした。
 この朝、制服のブラウスのボタンを初めて自分で全部留めることができた。
 「できたじゃん!」
 妻は思わず声を上げた。
 玄関で靴を履き、家の前に出る。園の「きりんバス」が来た。運転手の白髪が見えた。
 「いつもと違う。園長かな」
 妻はそれほど気にも留めず、いつも通り「お願いします」と頭を下げて娘を預けた。

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