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テーマ : 磐田市

在来作物学、必修科目に 消滅の危機「生きた文化財」次代へ 静岡県立農林環境専門職大

 磐田市の県立農林環境専門職大が本年度から、各地域で世代を超えて種苗の保存を続けてきた在来作物について学ぶ「在来作物学」をカリキュラムとして導入した。本県では全国的にも多種の在来作物が栽培されているとみられるが、最近は各地で減少が進み、厳しい局面を迎えている。

それぞれの学生が考えた製品化案を発表した「在来作物学」の授業=7月下旬、磐田市の県立農林環境専門職大
それぞれの学生が考えた製品化案を発表した「在来作物学」の授業=7月下旬、磐田市の県立農林環境専門職大
在来作物学をカリキュラム化する意義を語る丹羽康夫准教授=磐田市の県立農林環境専門職大
在来作物学をカリキュラム化する意義を語る丹羽康夫准教授=磐田市の県立農林環境専門職大
それぞれの学生が考えた製品化案を発表した「在来作物学」の授業=7月下旬、磐田市の県立農林環境専門職大
在来作物学をカリキュラム化する意義を語る丹羽康夫准教授=磐田市の県立農林環境専門職大

 県内では浜松市天竜区水窪町や静岡市葵区井川の雑穀、同市駿河区のかつぶし芋などが該当する。一番良くできた作物を選んで種を採ることを代々繰り返すことで、その土地の気候風土に適合したものが残っていく。化学肥料や農薬を抑えることができ、有機農法に向く。
 国内では昭和30年代まで在来種の栽培が主流だった。中山間地などの過疎地域で継承される事例が多い。ただ、県内では約30年前に確認された110あまりの品目のうち、近年確認できたのは50品目だったとの調査データもある。「生きた文化財」と言われながら消滅が進んでいる。
 同大のカリキュラムは在来作物について、地域風土を象徴する「アイデンティティー」と位置付ける。遺伝的多様性や農業のあり方について学生が視野を広げる狙いで3年の必修科目としていて、25人が受講する。
 生産環境経営学部の丹羽康夫准教授(植物分子生物学)が担当し、現状や種子保存活動、在来作物のブランド化を成功させた国内外の取り組み事例を解説する。井川地区の栽培者を外部講師として招き、オンラインで栽培のきっかけから商品開発、販売までの体験談を聞いたり、地域の祭事に活用するコミュニティーでの役割を紹介してもらったりもしている。
 夏休み前には「県内の在来作物を一つ商品化するなら」という課題で構想を練り、発表会を行った。一人一人が「かつぶし芋のパンケーキ」「雑穀紅茶シフォン」などと商品を提案した。高校の時の部活動で関わり、食べたことがある男子学生は味の特徴も合わせて説明したが、大半の学生は希少さゆえ、実際に味見ができないまま検討せざるを得なかった。
 学生からは「製品として発信し、認められれば消滅の危機から救うことができる」と意見があったものの、「一定量を確保できるか不安」との声も多数上がった。流通量の少なさから「販売場所は限られる」との想定で「有機農法に関心がある消費者が集まる店を選ぶのが効果的」などの提案もみられた。今後は有志らが候補となる作物を絞り込み、商品化を目指す予定だ。
 現在、市場に流通する作物は異なる品種を交配させた「F1」という雑種が主軸だ。形の均一化や育てやすさで高度成長期以降、在来作物に取って代わった。一方、在来種は遺伝的な多様性から品質にばらつきがある。一斉に実らないといった特性から市場流通に向かないとされ、経済的な魅力は劣る。丹羽准教授は「持続可能な社会への転換が迫られている今、学生には在来作物の可能性に目を向けるとともに、消滅の危機にある現状も知ってほしい」と意義を話す。

 ■生産環境経営学部・丹羽康夫准教授インタビュー 持続可能な農業の教材/教養の入り口/社会課題に関心を
 県立農林環境専門職大で本年度から始まった、ユニークな「在来作物学」。農業の道を志す大学生が、消滅の危機に直面する在来種について学ぶ意義は何か。担当する丹羽康夫准教授(植物分子生物学)に聞いた。
 ―在来作物学をカリキュラム化する意義は。
 「講義自体が珍しいのではないか。在来作物は知的財産という側面もあり、作物学や社会学、観光など多面的な要素を含むため、1人の教員が指導するのは難しい。大学間競争の影響で近年、深く掘り下げていく学問が重視される中、領域が広い在来作物学はある意味、流れに逆行しているとも言える。学生には農業全般に通じる教養の入り口として、また社会課題として関心を持ってほしい」
 ―在来作物とF1との違いは。
 「在来作物はある地域で世代を超えて種を取り、作り続けている作物で、学術的に厳密な定義はない。地域ごとのイメージが強いが、各家庭で好みの味や香り、形を残してきたためもっと多様だ。農薬のない時代から続けて栽培してきたため、その土地の病害虫に強い。自己防衛や動物を利用する目的でさまざまな物質を生産していて、味は『甘みもえぐみも強い』といった個性として現れる。一方、F1は遺伝的な多様性は極力排除されていて、短期間にそろって一斉に実らせることが可能だ。生産効率が良く、形も均一化しやすい。味のくせも少なく市場向きだ」
 ―近年、栽培の途絶が加速している。
 「生きた文化財として地域コミュニティーの存続に不可欠な役割を担っていることと、自然農法に適している点に注目したい。国の方針では2050年までに目指す姿として、有機農業の面積割合を全体の25%に拡大するよう掲げているが、現状は0・5%しかない。面積を広げていく手段で、持続可能な成長に直接関連するため、将来農業に携わる学生は知っておくべきだ」
 ―学生は希少性について、魅力と課題の両面を指摘していた。
 「私が訪ねた地域では高齢者が在来種として意識していないケースや、F1への転換期を経験した世代ゆえの気後れがあるようだ。学生にとっては『代々大切に保存された家庭の味』『そこに行かないと食べられない希少さ』という点が魅力として映り、感覚の違いを面白く感じる。今後は現地を訪ね、焼き畑農業の熱さや山の斜面に立つしんどさを実感するなどしながら、農業とは何かを体感してほしい」

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