社説(7月24日)安倍元首相の国葬 国民の分断深めぬよう
政府は、参院選の応援演説中に凶弾に倒れた安倍晋三元首相の国葬を、9月27日に東京・日本武道館で開くと閣議決定した。
理由を、①憲政史上最長の8年8カ月にわたり首相の重責を担った②外国首脳を含む国際社会から高い評価を受けている③突然の蛮行で亡くなり、国内外から幅広い追悼の意が寄せられている―などとした。
葬儀委員長は岸田文雄首相で、全額国費で賄われる。岸田首相は、14日の記者会見で「暴力に屈せず、民主主義を断固として守り抜く決意を示す」と強調した。海外から要人が訪れるのなら、弔問外交の実施も踏まえ、それなりの態勢で迎えることは必要だ。
故人を悼む気持ちは尊重しなければならないが、国葬には国民の賛否が分かれている。国葬判断を評価するとした与党に対し、野党は理解を示す党から、反対する立場を示した党まで幅がある。予算の差し止めなどを求める仮処分を申し立てた市民団体もある。
哀悼の意を表する儀式の政治利用はふさわしくない。分断を深める場にならぬよう求めたい。そのためにも政府は国葬の理由や意義を丁寧に説明すべきだ。8月に召集予定の臨時国会で、野党が要求するように儀式の在り方や経費を議論し、国民の納得を求めることが必要だ。質疑は閉会中審査でもできるはずだ。
国葬は1967年の吉田茂元首相以来。国葬の対象者や実施要領を明文化した法令はなく、国葬の実施については国の儀式を所掌するとした内閣府の設置法と閣議決定を根拠としている。
安倍氏は長期政権を担い、得意とする外交の場で存在感を示してきた。海外から多くの弔意が示されている理由もそこにある。また、安全保障分野では、憲法解釈を変更して集団的自衛権を一部容認。安全保障法制を成立させて日米同盟の深化を図った。
経済政策「アベノミクス」はデフレ脱却を推進した。ただ、最後まで成長戦略を打ち出せず、財政規律を緩めたことで国債依存を強めてしまった。さらに強力な官邸主導は官僚の忖度[そんたく]を生んで森友学園・加計学園問題を引き起こした。支援者を招いた桜を見る会問題は公的行事の私物化と批判された。
安倍氏が残した功罪の評価にはまだ時間がかかる。それだけに亡くなってから約1週間で国葬方針を決めた岸田政権の判断は妥当といえるだろうか。
国葬によって政治的評価を事実上強制することになるという懸念も野党から出ている。国葬を理由に安倍氏の負の遺産といえる数々の問題にふたをすることがあってはならない。