社説(7月9日)安倍元首相銃撃 暴力絶対に許されない
参院選候補者応援のため、奈良市の近鉄大和西大寺駅前で街頭演説中の自民党の安倍晋三元首相が、背後から銃撃された。安倍氏は胸などを撃たれ、収容先の病院で死亡した。67歳。道半ばで倒れたことは無念だっただろう。安倍氏のご冥福を祈りたい。
考えや思想が異なろうとも暴力で相手の言論を封じることはあってはならない。それは民主主義の否定だ。断じて許せないし、怒りを禁じ得ない。先進諸国の中でも銃規制が厳しい日本で、しかも選挙期間中にこのような凶行が起きたことはショックだ。警護が付いた元首相が撃たれたことも驚きだ。集まった公衆の面前で、あってはならないことが起きてしまった。
殺人未遂容疑で現行犯逮捕された容疑者の男は奈良県内に住む41歳。元海上自衛官とされる。銃撃した後、すぐに逃げるふうでもなく、警護担当者にその場で取り押さえられたという。単独犯なのか、背後関係がある中での実行犯の1人なのか。動機や背景などについて、徹底的に捜査して明らかにしてもらいたい。
安倍氏はこの日、大阪を経由して奈良入りした。自らが率いる派閥に所属する候補者の応援とされる。駅前に到着して演説を始めて間もなく、聴衆がいなかった安倍氏の背後方向から近づいた男が銃撃した。発砲音は2発。安倍氏は胸と首付近を撃たれたという。使用した銃は手製だったという情報がある。
政府は事件を受け、首相官邸の危機管理センターに官邸対策室を設置。連絡を受けた岸田文雄首相は遊説中の山形県から急きょ首相官邸に戻った。応援演説で全国各地にいた閣僚も呼び戻された。その衝撃の大きさが分かる。
官邸に戻った岸田首相は記者会見し、「民主主義の根幹である選挙が行われている中で起きた卑劣な蛮行であり、決して許すことはできない。最大限の厳しい言葉で非難する」と悲痛な表情で述べた。容疑者には「犯人像も背景も十分把握できていない」として詳しい言及を避けた。
政治家一家に育った安倍氏は、1993年の衆院選で父晋太郎氏の後を継いで初当選した。2006年9月に52歳の若さで第90代首相に就任した。戦後最年少、初の戦後生まれの宰相だった。健康状態の悪化に伴い、07年9月に辞任したものの、12年12月の衆院選で政権奪還を果たして再登板。在任期間の合計で歴代1位の長期政権を担った。
第2次内閣ではデフレ脱却と経済再生を目指す経済政策「アベノミクス」を推進。円安を進展させて株価を押し上げた。一方、保守・タカ派色の強い路線を推進。集団的自衛権行使容認を閣議決定したほか、安全保障関連法を成立させ、戦後日本の安保政策の大転換を図った。
首相退陣後も安倍氏は、党内最大派閥を率いて強い影響力を持った。ただし、国有地が不当に値引きされて売られた疑いがある森友学園問題、獣医学部新設への便宜が疑われた加計学園問題、私物化を指摘された桜を見る会問題を抱えて、疑念を追及されていた。それでも安倍氏は発信力が際立ち、国民の知名度も抜群。国政選挙などでは積極的に応援演説に入った。
公衆の前に立つ選挙遊説や街頭演説は、要人警護がもっとも難しい場面という。街頭に立てば、自らの主張を直接有権者へ伝えることができる重要な手段となり、有権者との交流もできる。有権者にとっても候補者の姿を間近に見て、その声を聞くことによって選択の判断材料に生かすことができる。
銃撃事件によって要人警護はより厳重さを要求されることになるだろう。街頭に立つ候補者自身も慎重にならざるを得ないかもしれない。候補者の主張や訴えがしっかり有権者に届くように、気後れしたり規制されたりするようなことがないようにしていかなければならない。