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テーマ : 掛川市

少年団や部活動の勝利至上主義、どう考える② 有識者インタビュー【賛否万論】

 全日本柔道連盟(全柔連)が「行き過ぎた勝利至上主義が散見される」として決定した小学生の全国大会個人戦の廃止は、他の競技団体へと波紋を広げています。スポーツを楽しむことと、勝利を目指すこと。二つを両立させるのは、難しいことなのでしょうか。県スポーツ推進審議会会長や日本スポーツ少年団活動開発部会長などを務め、子どもたちのスポーツ事情に詳しい富田寿人・静岡理工科大情報デザイン学科長(63)に話を聞きました。

広い視野で楽しむことを主体に 静岡理工科大教授 富田寿人さん

  photo02 富田寿人(ひさと)さん
 1959年、掛川市生まれ。専門は運動生理学。91年の静岡理工科大開学に合わせて講師として故郷に戻り、助教授、准教授を経て現職。現在は日本スポーツ少年団緊急対策プロジェクトのほか、日本スポーツ協会の運動適性テストに関する検討プロジェクトや、アクティブチャイルドプログラム普及・啓発プロジェクトに携わる。磐田南高陸上部時代は1年時に400メートルリレーで全国高校総体に出場した。


 ー柔道界が小学生の全国大会個人戦の廃止を決めたことを、どう捉えていますか。
 エリート発掘や競技力向上などを大切にする競技団体側が「全国大会は必要ない」と決めたことは画期的で、とても驚きました。素晴らしい考え方だと思います。日本スポーツ少年団も日本スポーツ協会も全国大会の必要性について、真剣に議論しようとしています。各競技団体でも、この議論は始まっていくでしょう。

 ー「廃止までしなければいけなかったのか」という声も多いです。
 大会は子どもたちが日頃の練習の成果を発表する場でもあり、勝利を目指して頑張ることは大切です。ただ、練習をやり過ぎてしまう、指導し過ぎてしまうケースがどうしても出てくる。勝利だけが目的となると、暴力や暴言のような不適切な指導につながる可能性が高くなります。それが子どものバーンアウト(燃え尽き症候群)や心身の疲弊を招いてしまっては、元も子もありません。小学年代は、スポーツライフを築いていく最初の段階。できるだけ負担が掛からないようにして、長く続けられるスポーツに出合ってほしいと思います。

 ー小学生段階では全国大会は必要ないという考えでしょうか。
 小学年代では日本一を決める必要はないと思います。県大会までにとどめ、成果を発表し合うぐらいでいいのではないでしょうか。市町の大会までで十分という指導者もいるでしょう。小学生は発育発達の個人差がすごく大きい。早熟タイプの子も晩熟タイプの子もいて、体の成熟度については、同じ学年でもプラスマイナス2歳程度の差があると言われています。小学5年生でも、早熟な子は中学1年生ぐらいの体を持っている。それが当たり前です。さらに、4月生まれと3月生まれの子では1年の差がある。そうした中で競い合わせ、チャンピオンを決めることに、どれだけの意味があるのかということです。晩熟タイプの子は何をやっても勝てないし、時には「グラウンド1周してこい」などと罰走まで命じられ、モチベーションがなくなってしまいます。

 

発育発達 スピードに差


 ー中学、高校の全国大会についてはどう考えますか。
 発育発達のスピードがある程度落ち着くのが高校年代ぐらい。早熟晩熟の差が縮まる高校以降に、本当に自分の力を試す場があればいいのではと思います。中学年代は難しい問題ですが、体の成熟度の差はまだまだ残っています。中学時代の陸上の全国チャンピオンが社会人になって全国王者になっているかというと、ほとんどなっていません。中学生までは違う視点を持ち、広くさまざまなスポーツを楽しむことを主体にしてほしいと思います。
  photo02 部活動中の体罰の発生件数
 ー勝利至上主義が問題になっています。
 勝利至上主義の世界では、目標を達成できるのはたった1人です。負けた選手やチームの周囲は「なぜ負けたのか」「なぜミスしたのか」などと責任の所在を探り始め、体罰や暴言へとつながっていく。指導者の望みが「もっともっと上へ」と高くなり、子どもの体の成長を度外視して、知らないうちに負担を掛けてしまう恐れがあります。保護者も「結果が全てではない」という見方になかなかなれません。指導者が「負けてもいいから全選手に出場機会を与えよう」とすると、保護者から「うちの子どもをなぜ交代させたのか」とクレームがきたり、指導者交代を要求されたりするケースがあります。指導者も保護者も子どもの健やかな成長を見守る姿勢を大切にしてほしいと思います。

 

頑張るプロセスを重視


 ー勝利を期待する大人の気持ちも理解できます。
 勝つことを目指すことは尊いことです。ただし、勝たなければいけない、結果がすべてとなってしまっては行き過ぎです。「勝利至上主義」に対し、「勝利主義」という言葉があります。勝つために頑張るプロセスを大切にする考え方です。できなかったことができるようになったことや、他人と比較するのではなく、「あなた」がどれだけ成長したかということをしっかり評価してあげることが大切なのでは。プロセスを重視すれば、どんな子でも褒めることができる。気持ちを前向きにさせた上で、課題を一つ与えてあげる。そうすれば、子どもは次のステップに進むことができます。日本スポーツ少年団では、正しい指導ができるよう指導者資格の取得を推進しているところです。

 ー「強くなりたい」と子どもたちが望んだら。
 子ども自身が望んでいるのであれば、それに見合う環境を整えてあげることも大人の役目でしょう。一方、一つのチームには「楽しめればいい。遊び感覚でいい」という子もいます。理想を言えば「強くなりたい。勝利を目指したい」というチームと「遊び感覚で」というチームとの間を、子どもたちが自由に行き来できるような環境があればいいですよね。中学の部活動を段階的に地域に移行させていくという社会的な動きがあり、私は大きなチャンスと捉えています。三つ、四つの中学の生徒が集まれば、子どものいろいろなニーズに対し、複数の指導者で柔軟に対応できるようになるのではと期待しています。
 (聞き手=社会部・南部明宏)
 

スポーツ少年団全国大会 見直しへ議論


 日本スポーツ協会は4月22日の理事会で、スポーツ少年団の全国大会について、将来的な中止も視野に見直しを行う方針を示した。行き過ぎた勝利至上主義を助長する恐れがあることや、幼少期に特定の競技に専念することが発育に悪影響を及ぼすことが懸念されていて「いろいろな地域の方のご意見を聞いて決めたい」としている。本年度中にも結論を出す。
  photo02
 日本スポ協によると、スポーツ少年団の全国大会は主に小学校高学年の児童を対象とし、軟式野球、剣道、バレーボール、サッカー、ホッケーの5競技で実施している。競技団体の中には「小学生でも目標の大会を設けることが必要ではないか」との意見もあるという。
 全国のスポーツ少年団の団員数は1984年度から95年度までは100万人台だったが、少子化の影響などもあって減少傾向が続き2021年度は約57万人に減った。理事会で報告されたスポーツ少年団の「改革プラン2022」では「勝利至上主義を否定し、スポーツの本質である自発的な運動(遊び)から得られる楽しさを享受できる機会を提供する」とした。
 スポーツ庁の室伏広治長官は、全柔連が全国小学生学年別大会を廃止したことについて「(成長の)早い段階から全国大会をやる意義があるのか、と個人的に思う」と支持する考えを示している。
 

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 次週の賛否万論は同じテーマで 指導者インタビューを掲載します。 

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