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テーマ : 読み応えあり

【フォーカス貧困女性】「働けなくなった時が死ぬ時」 困窮する中高年シングル

 物価高で経済状況が厳しい中、支援の枠から外れがちな単身中高年女性から、生活困窮を訴える声が上がっている。2022年、民間団体が実施した調査では、40歳以上の単身女性の3人に1人が年収200万円未満。見えてくるのは低賃金や不安定雇用、それに伴う老後の生活不安だ。特に正規雇用がかなわなかった氷河期世代の環境は悪化している。「死ぬまで働く」「働けなくなったら安楽死も」など調査には悲痛な思いも寄せられた。(共同通信編集委員・尾原佐和子)

単身女性らでつくる民間団体「わくわくシニアシングルズ」の集会に参加する女性たち
単身女性らでつくる民間団体「わくわくシニアシングルズ」の集会に参加する女性たち
田中俊之大妻女子大准教授
田中俊之大妻女子大准教授
阿部彩東京都立大教授
阿部彩東京都立大教授
稲垣誠一国際医療福祉大大学院教授
稲垣誠一国際医療福祉大大学院教授
わくわくシニアシングルズのホームページのQRコード
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単身女性らでつくる民間団体「わくわくシニアシングルズ」の集会に参加する女性たち
田中俊之大妻女子大准教授
阿部彩東京都立大教授
稲垣誠一国際医療福祉大大学院教授
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 ▽「社会の足かせのよう」
 
 東京都内の小学校の図書館で働く40代の真由美(まゆみ)さん(仮名)の月収はフルタイムで12万円程度。家賃に3万9千円がかかり、ぎりぎりの生活だ。風呂はなく、節約のため暖房も入れず、湯たんぽで暖を取っている。

 就職氷河期世代で、短大卒業後に就職したのはパワハラが横行するブラック企業だった。1年で退職。図書館司書の資格を生かして、公立図書館でパートの非正規職員になった。

 しかし、15年働き、途中フルタイムにはなったが、給与は上がらない。「将来設計なんてできない。この世代はなるようにしかならないと半分あきらめました」。仕事のストレスもあり、少しでも居心地のいい職場に移ろうと、3年前に現在の小学校に転職したが、やはり非正規。給与はほとんど変わらない。

 父親は2年前に他界した。母親は認知症になり、介護負担も重くのしかかる。「社会の足かせになっているよう。とにかく賃金を上げて」と訴える。

 ▽「私たちが見えていない」

 40代後半の優子(ゆうこ)さん(仮名)は数年前にうつ病になり、障害年金を受けて暮らす。フリーライターの仕事と併せて月収は約10万円。友人から家賃なしで部屋を借り、「なんとか暮らせている」状態だ。

 大学院で学んだが、就職氷河期のまっただ中で、正社員として就職できず、派遣の仕事などを転々としてきた。病気を抱えながら、パートで働いていたが、コロナ禍で仕事を失った。

 「大変なことに慣れてしまった」と優子さんは言う。「大学院を出てずっとこの状態。ちょっとおしゃれをしようと思っても無理。高い買い物なんて無理」。病気による大きな出費も心配だ。

 同世代には、ボーナスも有給も経験したことがない人も多い。「厚生年金に入れるのはエリート」という会話さえ飛び交うという。

 「生まれた時代で決まってしまったという理不尽さは感じますね。社会に問題があるのに『自己責任』『努力が足りない』『仕事をなんていくらでもある』…。いろいろ言われた。差別と偏見にさらされてきたんです」。さらにコロナ禍が多くの女性に追い打ちをかけた。

 「職業訓練もいいけれど、今働いている非正規社員やフリーランスの待遇を良くしてほしい。つらいのは国の政策がないことより、私たちが見えていないということ。政策決定者にとって、女性と言えば自分の母親や妻、娘なんでしょう」

 優子さんはいつからか将来を見据えるということができなくなった。「雇用が細切れで来年どうなるかわからない。真剣に考えたら、年を取らないうちに死んだ方がいいのではと思ってしまう。だから深く考えないようにしているのかも」

 ▽3人に1人が年収200万円未満

 単身女性らでつくる民間団体「わくわくシニアシングルズ」は2022年8~9月、40歳以上の単身女性を対象に主にインターネットで調査。40~50代が大半を占める働く1984人のうち、正規職員は45%と半数以下だった。「いつまで働くか」という問いには「働ける限りはいつまでも」「生きている限り死ぬまで」が全体の66%に上った。

 給与・事業収入があると答えた2105人のうち、年収200万円未満が33%、300万円未満は57%と半数を超えた。

 就労支援の有無を聞いた2345人のうち「受けたことがない」と答えた人は62%。「働けなくなった時が死ぬ時。安楽死を合法化してほしい」といった声も目立った。

 わくわくシニアシングルズ代表の大矢さよ子(おおや・さよこ)さんは「若く、子どもがいれば、支援の手が差し伸べられるが、中高年単身女性はまるで忘れられた存在。自由記述で安楽死したいという意見が多く驚いた。まず男女の賃金格差を解消し、1人で生活できるようにすることが重要」と話した。

 ▽「安楽死ってダメですか」
 
 わくわくシニアシングルズが行った単身女性へのアンケートの自由記述では、将来を悲観する声が目立った。

 「安楽死を合法化してほしい」(40代・非正規職員)「病気やけがなどで体が動かなくなったとき、どうすればいいのかわからない。安楽死ってダメですか?」(40代・非正規職員)といった記述だ。

 75歳になったら死を選べるというストーリーの映画「PLAN75」を引き合いに「私だったら安楽死を申し込む」(50代・非正規職員)。また、3年前、東京都内のバス停で殴打されて亡くなったホームレスの女性について「未来の私かもという思いが常にある」(60代・自営業)といった内容もあった。

 国の政策の対象から外れていると感じるといった意見も。「子どもを持たない人間は視界にすら入っていない。国の益にならない人間は不要だというのが伝わってきてつらい」(40代・非正規職員)「社会は単身者を想定していない、望んでいないという空気がしんどい。親世代を支える私たちも社会の一員のはずなのですが」(40代・正規職員)といった訴えもあった。

 ▽専門家は語る(1)もはや少数派ではない

 男性学・ジェンダー研究が専門の田中俊之(たなか・としゆき)大妻女子大准教授の話

 低賃金でも「女性はいずれは結婚して夫に扶養される」「出産などでいずれは辞めていく」という意識が社会にはあり、1人で働いて生活を維持することが想定されてこなかった。

 パートで働く場合も家計の補助的な位置づけのため、低賃金になる。正社員として働き続けたとしても、人を補助する仕事に就く傾向があり、男女の賃金格差は大きい。

 国が対策を取るのは少子化問題や、若い女性や子どものいる女性への施策。しかし、実際には50歳まで一度も結婚したことがない女性は2020年の調査で17・8%に上っており、もはや少数派とは言えなくなっている。

 日本社会では、女性が若くて美しいことが価値として評価され、年を重ねることがマイナスと認識される。結婚せず、子どももいない女性の苦しい立ち位置が疎外感につながっている可能性もある。将来安楽死したいと考えるのは悲観的というより、死ぬまで働き続けなければならないという将来を現実的に見ている表れではないか。

 男性も含め単身者は地域でのつながりをつくりにくいが、共通の悩みを共有できるような人間関係は心理的安定につながる。孤独感や孤立感が解消できるような居場所づくりを考えていくべきだ。

 非正規のままでは年金も少なく、今後生活保護受給者の増加など状況が悪化することが想定される。非正規問題の対策を楽観的な見通しで、先延ばしした結果、そのつけが回ってきたと言える。孤立を避ける横のつながりづくりに加え、同一労働同一賃金による処遇改善などの対策が必要だ。

▽専門家は語る(2)国の少子化対策の対象外

 貧困問題に詳しい阿部彩(あべ・あや)東京都立大教授の話

 単身女性に限らず、そもそも一人で生計を立てていける賃金を得られていないという女性全体の問題がある。若い時は正社員として働けても、中高年以上になると難しい。正社員でも男女の賃金格差は依然として大きい。

 女性に対する国の生活支援策はあるが、優先されているのは将来の労働力確保などのための少子化対策で、貧困対策ではない。このため子どもを産む年齢ではない中高年の女性は対象外になる。

 誰もが結婚して子どもを持ち、離婚しても子どもがいるという感覚で政策がつくられているが、現実は違う。50歳時点で子どもがいない女性の割合は日本は4人に1人で、経済協力開発機構(OECD)加盟の先進国の中で最も高い。母子単位で考えるのではなく、個人個人で見ていくべきだ。

 40代、50代になっても女性が一人で一生暮らしていける、労働者としての価値を上げるような支援が必要だ。例えば看護師資格取得なども一例。パソコン教室だけでは足りない。病気や介護の心配が出てくる年齢は特にキャリアアップがセーフティーネットになる。

 結婚していても多くの女性は最終的には1人になる。女性の貧困率は過去に比べると改善されているが、依然として独り暮らしの高齢女性の半数以上は貧困状態にある。人ごとではなく、男性も自分の母や妻、娘の問題として考えてほしい。

 ▽専門家は語る(3)親に頼る生活に限界

 社会保障政策に詳しい稲垣誠一(いながき・せいいち)国際医療福祉大大学院教授の話

 中高年の単身女性が生活困窮に陥るのは、男女の賃金格差や非正規が多いという雇用格差の影響が大きい。

 親と同居している人も多く、親が健在なうちは問題になりにくいが、親の健康状態が悪化したり、亡くなったりした途端、生活に行き詰まる可能性が高い。

 その場合、生活保護に頼らざるを得ないが、制約もあり、全てに対応できる仕組みになっていない。中高年から技術を身につけるには時間が限られており、現状はかなり厳しい。これから保険料を払ったとしても、十分な年金受給は見込めない。

 単身女性に限らないが、生活保護に代わる高齢期の生活保障的な年金の一律給付などを検討してもいいのではないか。例えば75歳以上は全員に一律給付するベーシックインカムに近い給付の仕組みだ。

 支払った保険料分はその年齢までに差をつければ不公平にならない。保険料を払っていなかったとしても、社会に貢献してきたことに対する給付という意味合いもある。同時に必要なのが住宅の提供。全国の空き家を活用して、高齢者が少ない負担で住める賃貸住宅を提供するなどの対策も必要だ。

 ▽「言葉解説」中高年単身女性 
 
 総務省の2020年国勢調査によると、40歳以上の女性4152万人のうち、配偶者のいない単身者は1610万人で、全体の38・8%。離別や死別を除く未婚は433万人で10・4%を占める。未婚割合は40~44歳で21・3%、45~49歳が19・2%、50~54歳の16・5%、55~59歳の12・2%となっている。国立社会保障・人口問題研究所が公表した調査では、50歳までに一度も結婚したことのない女性は20年の全国平均で17・8%に達し、伸びが顕著になっている。

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