「エンパイア・オブ・ライト」 静かに心震わす人生賛歌【シネマアイズ】
「アメリカン・ビューティー」「1917 命をかけた伝令」の名匠サム・メンデス監督が、自ら脚本も手がけた映画「エンパイア・オブ・ライト」は、英国の映画館を舞台にした静かだが心震える人生賛歌だ。絶望から希望へ、魂の旅路を繊細に演じた名優オリビア・コールマンが作品全体を輝かせる。
1980年代初頭、英国の海辺の町にあるエンパイア劇場でマネジャーとして働くヒラリー(コールマン)は過去のつらい経験が原因で心に闇を抱えていた。ある日、彼女の前に建築家になる夢を諦めて映画館で働くことを決めた黒人の青年スティーブン(マイケル・ウォード)が現れる。心を通わせ、親密な間柄になる2人。ヒラリーは次第に生きる力を取り戻していくが、深刻な不況から派生した思いもよらない暴力がスティーブンを襲い―。
新型コロナウイルスによるロックダウン(都市封鎖)で自身を見つめ直したというメンデス監督が描くのは、中年女性と黒人青年の恋。いや、恋よりもっと穏やかで確かな何かが、ヒラリーを変える。投薬治療のせいで死んだ魚のようだった彼女の目が徐々に光を宿していくさまはまさに奇跡。精神不安定な時の鬼気迫る表情も含め、心も体もさらけ出すようなコールマンの演技が圧巻だ。
だからこそ、小さな奇跡を打ち砕く理不尽な事件があまりに衝撃的で胸がつぶれそうになる。人種差別という嵐にあらがえるほどの大きな希望は描かれない。ただ「映画」という一筋の光が差し込む…という展開はともするとベタになりがちだが、さにあらず。凍える寒さの中、そっと肩にかけられた毛布のような優しいぬくもりを残すのだ。1時間55分。(涼)
【アナザーアイ】先進的な英国といえども、80年代は人種差別も心の病に対する偏見も現在よりひどかった時代。今だからこそ描けた物語を、静かに見つめたい。(朗)