あなたの静岡新聞
▶ 新聞購読者向けサービス「静岡新聞DIGITAL」のご案内
あなたの静岡新聞とは?
有料プラン

テーマ : 読み応えあり

「頑張ればなんとかなる」の根性論、IT導入で変えた道後温泉の新米社長 コロナ禍で挑んだホテル改革

 国内有数の温泉地として知られる愛媛県の道後温泉で最大規模の客室を誇る道後プリンスホテルが、新型コロナウイルス禍に翻弄されながらも経営改革を進めている。旗振り役は、公認会計士から転身した新米社長の佐渡祐収さん(47)だ。紙や電話のやりとりが多く「頑張ればなんとかなる」との根性論が浸透していた現場にIT技術を持ち込み、2022年9月期には3年ぶりの黒字を確保した。(共同通信=松田大樹)

インタビューに応じる道後プリンスホテルの佐渡祐収社長=2月12日、松山市
インタビューに応じる道後プリンスホテルの佐渡祐収社長=2月12日、松山市
道後プリンスホテル=2月12日、松山市
道後プリンスホテル=2月12日、松山市
道後温泉の旅館街。左手前は修理工事中の道後温泉本館=2月12日、松山市
道後温泉の旅館街。左手前は修理工事中の道後温泉本館=2月12日、松山市
道後プリンスホテルでレストランの注文を入力するiPod(アイポッド)=2月12日、松山市
道後プリンスホテルでレストランの注文を入力するiPod(アイポッド)=2月12日、松山市
道後プリンスホテルが導入した観光ツアーバス=2月12日、松山市
道後プリンスホテルが導入した観光ツアーバス=2月12日、松山市
道後温泉のホテルで実施された、「温泉入浴指導員」の資格取得のための研修=2022年9月、松山市(道後温泉旅館協同組合提供)
道後温泉のホテルで実施された、「温泉入浴指導員」の資格取得のための研修=2022年9月、松山市(道後温泉旅館協同組合提供)
インタビューに応じる道後プリンスホテルの佐渡祐収社長=2月12日、松山市
道後プリンスホテル=2月12日、松山市
道後温泉の旅館街。左手前は修理工事中の道後温泉本館=2月12日、松山市
道後プリンスホテルでレストランの注文を入力するiPod(アイポッド)=2月12日、松山市
道後プリンスホテルが導入した観光ツアーバス=2月12日、松山市
道後温泉のホテルで実施された、「温泉入浴指導員」の資格取得のための研修=2022年9月、松山市(道後温泉旅館協同組合提供)

「このままではホテルは持たない」
 2020年3月、ホテルの予約システムを前に、当時副社長だった佐渡さんはがくぜんとした。新型コロナの感染拡大で、4月以降の予約客が1日数件に激減。ホテルは約120の客室に加え、宴会場やレストラン、露天風呂がある。このまま営業を続ければ光熱費などの固定費がかさみ、赤字が拡大することは目に見えていた。
 佐渡さんは、義父の河内広志社長(現会長)に「いち早く休業した方がいい」と勧めた。長年ホテルを経営してきた河内さんや女将には「宿泊業は24時間365日開けて当たり前」という意識があった。佐渡さんは公認会計士として18年間、大手監査法人などで勤務した経験を生かして、営業を続けた際の光熱費や休業して雇用調整助成金を受給した場合を分析し、細かなデータを算出することで理解を得た。3月31日、道後プリンスホテルは温泉街でいち早く休館に踏み切った。
 佐渡さんは河内さんの長女と結婚後、事業承継の提案を受け2019年3月に副社長としてホテルに入った。「経営を担うのはやりがいがある」と転身を決めたが、現場は非効率で根性論もまん延。従業員の負担を減らすためにも、IT技術を活用した業務効率化が待ったなしだと感じた。
 いきなり改革姿勢を打ち出せば、従業員の反発を招くのは必至だ。まずは朝から晩までフロントや駐車場の案内係を担い、現場の信頼を得ようとしたさなか、コロナ禍に突入。ホテルは約3カ月間の休業に入った。
トラベル事業でブランド価値低下
 営業を再開したのは2020年7月。ちょうど同時期には、コロナ禍で落ち込んだ観光需要を喚起しようと政府が打ち出した「Go To トラベル」が始まった。道後プリンスホテルも多くの宿泊客を呼び込んだ一方、佐渡さんは「大幅な割引で値崩れを起こし、ブランド価値を下げた面があった」と振り返る。
 ホテルの客単価は従来1万円台後半だったが、トラベル事業に愛媛県の支援策を上乗せした際の宿泊客の実質的な負担額は5千円を切る水準になった。割引の効果は大きく、2020年7月から半年間の売り上げは前年同期比の8割まで回復した。だが感染状況の悪化でトラベル事業が停止すると客足が一気に遠のき、2021年1月の営業日は計10日、2月は団体客の予約が入った1日のみだった。「この安さで泊まれるという意識が定着してしまった。トラベル後の冷え込みは尋常ではなかった」と支援策の反動を指摘する。
 80人超いた従業員はコロナ禍で相次いで退職して60人ほどになり、宿泊客の急増時は人手不足から現場が逼迫。「割引制度を併用できるかどうか」といった問い合わせが殺到したのも混乱に拍車をかけた。
 観光庁の有識者会議は2022年5月、コロナ後の宿泊業について「宿泊サービスの高付加価値化と適正な対価の収受」が求められると指摘した。佐渡さんも「過度な割引は長続きせず現場も疲弊する」と話す。細く長くの支援が観光回復の後押しにつながるとした上で、割引を平日に限れば「休日に偏りがちな旅行需要の平準化にもつながる」と考えている。
紙伝票からiPodに
 コロナ禍の宿泊客急減や従業員の退職に直面した中でも、佐渡さんはアナログ業務の改革を着々と進めた。レストランでは従来、従業員が注文内容を紙伝票に記入していたが、2021年2月にiPod(アイポッド)に入力する仕組みを導入した。調理場に共有するとともに、社内システムにも自動で反映する。これまではレストランの営業終了後に、会計担当者が紙伝票をシステムに入力しており、佐渡さんは「夜中までかかり負担が重い」と判断した。
 ホテルに入社以来25年間、接客を担当し、客室サービス課係長として現場を仕切る高須賀美保子さん(55)は「機械音痴なので最初は抵抗感がありました」と振り返る。佐渡さんは、ベテラン世代にも端末のタッチ操作に慣れてもらうため、業務連絡でスマートフォンの通信アプリ「LINE(ライン)」を活用するようにした。今ではすっかり定着し、高須賀さんは「紙伝票は書き忘れがあったり、人によって書き方の違いがあって分かりにくかったりした。端末への入力はそうしたトラブルで仕事が滞ることがない」と効果を感じている。
 佐渡さんは、紙で管理していた総務や経理関係の資料のデータ化にも着手した。財務会計の分析がしやすくなり休館の判断にも役立てる。「宿泊業は売り上げに目が行きがちだが、ITの導入によって従業員が減っても現場が回り、損益分岐点をクリアできるようになった」と強調する。業務効率化で空いた時間で、接客好きな従業員によるおもてなしを強化することも大きな狙いだ。
温泉街活性化へ「湯治プラン」
 2022年5月に社長に昇格した佐渡さんは道後温泉旅館協同組合の青年部部長として、温泉街一帯の活性化にも取り組んでいる。コロナ禍では、政府が観光地の再生に向けた関係予算を多岐にわたり計上した。補助金を露天風呂や客室といった宿泊施設の改修に充てる場合も、地域一帯でテーマ性を持った事業の実施が採択要件になることがあった。佐渡さんは仲間とアイデアを練り、施設内にブックギャラリーを設置する「お宿の図書館」を企画。従業員が入浴指導の資格を取得し、宿泊客の年齢や健康状態に応じて入浴時間や休憩の取り方といったプログラムを作成する「湯治プラン」を展開した。どちらも温泉街の旅館やホテル約20施設が参加し、反響を呼んだ。
 国の重要文化財に指定された道後温泉本館は2024年12月までの保存修理工事に入っている。ただ業界紙や旅行サイトの温泉地ランキングでは引き続き上位にあり、佐渡さんは「女性の一人客でも安心して街歩きを楽しめることが強み」と説明する。
 一方で「地域間競争は激しくなる」と危機感も抱く。各地の観光地も補助金を活用し反転攻勢に備える上、交流サイト(SNS)を含めた情報発信も年々盛んになっている。コロナ禍前に数%だったインバウンド(訪日客)の拡大を含め、誘客の方策を練り続ける。
愛媛の観光資源生かしバスツアー
 全国旅行支援や水際対策緩和で、国内旅行は活気を取り戻しつつある。佐渡さんが今後の誘客強化の柱に掲げるのが、愛媛県内の観光資源を生かしたバスツアーだ。宿泊業に加え、旅行業とバス事業を含めた「総合観光会社として収益を上げる」という戦略を描く。
 県内には魅力的な自然体験や食文化が豊富にあるが、交通の便が良いとは言えない。道後温泉の宿泊客は1泊2日、松山市内のみの滞在が目立った。道後温泉と県内に点在する観光資源を結ぶ貸し切りバスを運行し、ツアーを組めば延泊につながると考えた。
 2020年12月にホテルの子会社として「プリンセストラベル」を設立。当初はコロナ禍で運転手を雇う余裕がなく、従業員と共に佐渡さんも中型2種免許を取得した。中型バス3台を導入し、各回10人程度のツアーで観光地を巡ったり農園でイチゴ狩り体験を楽しんだりする。2022年4月の本格稼働から千人超が利用した。
 ホテルには「宿の駅」と名付けたコーナーを設置した。ツアーで巡った農園やホテルの食事で提供した商品を販売し、宿泊客が生産者と交流できる機会も設けた。佐渡さんは「宿泊業を巡る環境はコロナ禍で目まぐるしく変化した。改革を止めず、時代に合った経営を確立する」と意気込んでいる。

いい茶0
▶ 追っかけ通知メールを受信する

読み応えありの記事一覧

他の追っかけを読む