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AV新法、効果が徐々に出始めた 施行直後は批判が渦巻いたが…一定の評価する出演者ら、一方で残る業界の「混乱と課題」

 アダルトビデオ(AV)への望まない出演を防ぐための新法「AV出演被害防止・救済法」が施行されて半年以上がたった。施行当初は「仕事を奪われた」「撮影が中止や延期になった」など、AV業界関係者から批判が噴出したが、時間の経過に伴い、法律の効果が出始めているようだ。

女優を引退した今里ルミさん(仮名)
女優を引退した今里ルミさん(仮名)
全国のワンストップ支援センターに寄せられた相談件数
全国のワンストップ支援センターに寄せられた相談件数
内閣府
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女優を引退した今里ルミさん(仮名)
女優を引退した今里ルミさん(仮名)
女優を引退した今里ルミさん(仮名)
全国のワンストップ支援センターに寄せられた相談件数
内閣府
女優を引退した今里ルミさん(仮名)

 自治体の窓口には100件以上の相談が寄せられ、大半は契約取り消しについてだった。被害者支援団体は、出演したことで苦しんできた人々が声を上げやすくなっているとみている。昨年12月にはAV新法による初の逮捕者も出た。制作会社の社員や出演していた女性に話を聞くと、「立法過程で業界の声をもっと聞くべきだった」という思いは残るものの、内容については「一定の評価もできる」と答えた。業界でも対応する動きが進む。
 新法は「AVに出演する人の権利は守られるべきだ」というメッセージになり、「適正AV」の名の下に健全化が進められてきた業界の問題点も見えてきている。一方では支援団体への誹謗中傷も過熱。課題はなお残る。(共同通信=池上いぶき)
 無条件で契約解除可能に
 まず、新法の内容を改めて整理したい。きっかけは成人年齢の引き下げだった。18、19歳が出演を強要される被害の増加が懸念されたため議論が進み、2022年6月、議員立法で成立。性的な映像を制作する者は個人/会社を問わず、事前に出演者に契約書を交付して内容を説明するよう義務付け、罰則も付けた。
 出演者は性別や年齢にかかわらず、映像を公表してから原則1年後まで無条件で契約解除が可能に。さらに、「本意ではない出演を避ける」ための熟慮期間として、出演の契約成立から1カ月、撮影終了後から公表まで4カ月間空けることも定めた。
 新法施行から半年となった2022年12月、内閣府は政府の取り組みや相談状況を公表した。それによると、都道府県と連携して性被害に関する支援を一元的に担う全国のワンストップ支援センターへの相談は、6~10月に計103件。年代別では20代が多く、男性からも相談が寄せられた。
 103件のうち70件は、施行前に結ばれた出演契約を取り消せるかという内容などで、施行後の契約に関するものも12件あった。契約の任意解除や映像配信の差し止め請求など、法律の内容に関する質問のほか、心身の不調や人間関係についての相談もあった。
 各地の相談員は内閣府の研修を受け、契約解除の仕組みや映像の差し止め手続きの方法を助言したり、弁護士を紹介したりといった支援をしている。
 相談は民間でも受け付けている。東京都の性被害者支援団体「ぱっぷす」には、「過去の出演作を消したいけど、自分の動画を検索して探すのは精神的負担が大きい」などの相談が寄せられた。支援員らは掲載サイトに削除要請し、サイト側は実際に映像を消したり、タイトルから名前を消して検索できなくしたりする。映像の販売停止も、新法に基づいて実現した。
 ぱっぷすによると、施行の前と後では配信会社の対応に違いが出ている。具体的には映像の差し止めに応じるまでの時間。法的な根拠ができたためか、施行後は短縮された。
 さらに、新法施行後は相談件数がAV以外も含めて増えているという。性的な画像や動画を送らせ金銭などを脅し取る「セクストーション」やリベンジポルノなどに関するものもあった。こうした情報が加害者側の逮捕につながることもある。金尻カズナ代表は「相談してもいいという認識が、社会的に醸成された」と語る。
 初の摘発
 新法による初めての逮捕者も出た。警視庁は2022年12月、自身が制作する無修正のAVに出演した女性らに契約書を交付しなかったとして、新法違反の疑いで映像制作会社役員の男を逮捕した。警視庁によると、出演した女性らは「無修正の作品だと知らされていれば、出演しなかった」と話している。
 摘発例が積み重なれば違法性が周知され、相談を迷う人への後押しにもなる。警察庁は各都道府県警宛てに、対策を推進するよう求める通知を出している。
 業界の混乱
 業界の関係者は、この間の変化をどう見ているのか。
 AVメーカーで管理職を務める男性(43)によると、この会社は新法施行後の1カ月半、撮影をストップして体制を整えた。発売までの期間が延びたこともあり、売上高は例年に比べて落ち込み、損失を取り戻すのに1、2年かかるという。
 不安は、法律を順守できているかどうかという点もある。法成立から施行まで約1週間と短く、説明が不十分だったと感じており、法解釈も割れている。「立法した時と同じように、何の前触れもなくアウトと言われないか」。さらに、施行後は撮影スタッフが集まりにくく、テナント契約も結びづらくなった。「業界への偏見がより一層強くなったと、はっきりと感じる」
 一方で、被害をなくすべきだという立法趣旨には共感する。「新法に決して賛成ではないが、せっかくAVが良くなるチャンスなので、法律をアップデートしていくべきだ。建設的な議論の場がほしいし、警察主導で加害者はきっちり詰めてほしい」
 ポイントになるのは「適正AV」という言葉だ。業界では新法の施行前から撮影環境の健全化を進め、違法動画との差別化を図る「適正AV」との考え方が推進されてきた。このため、新法制定議論が盛り上がった際は、業界が「適正AVはクリーンで、被害はほとんど存在しない」と反発し、停止や改正を求めた。
 しかし、男性によると、取り組みが道半ばな企業もあり、業界全てがクリーンだとは言い難い。男性は「今の体制で十分だと受け取られるような主張は望ましくない。法律を変えたいのであればこそ、適切な主張や努力をするべきだ」と指摘。業界と距離を置いて制作される同人AVの取り締まりは当然必要だが、「適正AV」を名乗りながら対応を徹底できていない一部の業界関係者も、姿勢が問われることになる。
 男性には、業界関係者の反発がなぜ激しかったのかも尋ねた。すると、「ちゃんと取り組んでいる会社、適正の名を借りて実はいまだに被害を生んでいる会社、そして地下AV。新法はそれらをひとくくりに加害者扱いし、何の説明もなかったから、ここまで反発が大きかったのでは」との指摘が返ってきた。
 確かに、新法が対象とする範囲は、プロが制作したAVから一般人がごく少人数で制作したり、自らSNSで撮影・配信したりしたものまで、あらゆる性的な映像だ。これは撮影者や配信方法が多様化した現状を踏まえ、救済の範囲を広げるためであり、法律に実効性を持たせる重要な仕組みだ。
 ただ、その中でAV全般を悪だと決めつけるような見方が強まってしまったのであれば問題だろう。AV制作者や出演者から、業界内外を問わず「悪い人たちに足を引っ張られている」との声を聞くことも多い。偏見をなくすためには、違法行為を続ける業者や個人がきちんと摘発され、真摯に取り組む人の権利が守られることが重要になる。
 課題
 出演者はどう思っているだろう。昨年、女優を引退した東京都在住の今里ルミさん=仮名=は、新法の成立過程を批判した一方、中身は受け入れた。「施行前は撮影予定が突然入った。でも『1カ月、4カ月』というルールができて、先の計画が立てやすくなった」
 新法をきっかけにAVに関する議論が活発化したこともあり、少しずつ「成立して良かったのかも」と感じている。
 それでも、業界が向き合うべき課題は依然として多いと語る。
 たとえば、今里さんはデビュー後、徐々に撮影内容が過激になっていった。新法施行後のある日、素人に近い複数の男性出演者と撮影する機会があった。男性たちの様子に不安や屈辱感を覚えたが、現場に所属事務所のスタッフは不在。嫌なのに、誰にも相談できないまま応じざるを得なかった。
 「仕事だから我慢しなきゃいけないことはあるけれど、性的なことってすごく大事で、トラウマにもなる」。この時に受けたショックから「もうこの業界にいたいと思えない」と、引退した。AV業界は、現場で出演者を守る仕組みを作るべきだと考えている。
 新法は、契約書に撮影内容や相手に関する情報を明記するよう定めている。契約後でも、出演者が望めば撮影を拒絶できる状態が確保されるよう、事業者には特に配慮が求められる。こうした規定が現場で実効性あるものとして運用されているのか、注視していく必要がある。
 今里さんが考える課題は他にもある。所属事務所との出演料の配分だ。体を張っているのに受け取る報酬は事務所と五分五分。事務所によってはそれより少ないことも。事務所の「中抜き」により、女優への支払額が低く抑えられていると指摘する。
 報酬については、内閣府によると、第三者機関である「AV人権倫理機構」が「業界全体として問題意識が持たれている」と指摘している。機構は新法にのっとり、メーカーとの契約主体を事務所から女優へ移行させるよう指導した。女優がより主体性を持つ方向へ、意識が多少は変化した可能性もあるものの、今後の課題となっている。
 誹謗中傷
 AV新法施行後、一部で奇妙な動きが出ている。被害者支援団体への執拗な嫌がらせだ。
 「ぱっぷす」は、嫌がらせのメール、インターネットや手紙にさらされている。事実無根のデマを流されることもあり、出勤に不安を抱くスタッフも出始め、防犯カメラの設置などの対応に追われた。
 相談者のために設けたメールフォームを使い、誹謗中傷が送られてくることもあった。スタッフの一人は憤りを隠さない。「被害者、相談者の口をふさぐ行為だ。相談も増加していて、本来は妨害活動と戦っている場合じゃないのに」。ぱっぷすは弁護士と協議し、法的措置も含めた対応を検討している。
 内閣府も危惧している。インターネット上の誹謗中傷は先鋭化しやすいためだ。「業務に支障が生じれば、被害者が支援を受けることが困難になったり、泣き寝入りや二次被害を招いたりする恐れがある」
 AV新法に限らず、法律を巡ってさまざまな意見が出ることは社会の健全な姿と言える。ただ、被害者を故意に追い詰めるようなことはあってはならず、悪質な場合は司法手続きに委ねられる可能性がある。施行から半年以上がたち、法の効果や影響が見え始めた今、建設的な議論が求められる。
 最後に、AVによって苦しんでいる人に呼びかけたい。新法の施行前に撮影されたAVについても、販売差し止めなどの手段で苦しみを和らげられる可能性はある。一人で抱え込まず、公的機関や支援団体に相談してほしい。全国共通番号「#8891」で、最寄りのワンストップ支援センターにつながる。警察の性被害相談窓口は、全国共通で短縮ダイヤル「#8103」へ。

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