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「東日本大震災12年」 被災郵便局、復興途上 配達員、記憶と使命胸に 防災士資格取得の動きも【スクランブル】

 東日本大震災で全壊や流失するなどして一時閉鎖に追い込まれた郵便局159局のうち、昨年までに120局が再開を果たした。「郵便を止めない」と、当時がれきの中を駆け回った配達員らは、今もあの日の記憶と使命感を胸に地域を巡る。震災を契機に、郵便局長が防災士資格を取得する動きも広がっている。

石巻郵便局課長の佐々木慶太さん。震災当時、女川郵便局で勤めていた=1月、宮城県石巻市
石巻郵便局課長の佐々木慶太さん。震災当時、女川郵便局で勤めていた=1月、宮城県石巻市
東日本大震災の津波被害を受けた大原浜郵便局=2011年4月、宮城県石巻市(日本郵便提供)
東日本大震災の津波被害を受けた大原浜郵便局=2011年4月、宮城県石巻市(日本郵便提供)
震災当時から大原浜郵便局に勤める木村誠さん=2022年12月、宮城県石巻市
震災当時から大原浜郵便局に勤める木村誠さん=2022年12月、宮城県石巻市
東日本大震災の津波被害を受けた女川郵便局=2011年4月、宮城県女川町(日本郵便提供)
東日本大震災の津波被害を受けた女川郵便局=2011年4月、宮城県女川町(日本郵便提供)
再建され、営業を再開した宮城県石巻市の大原浜郵便局=2022年11月
再建され、営業を再開した宮城県石巻市の大原浜郵便局=2022年11月
一時閉鎖された郵便局数と再開状況
一時閉鎖された郵便局数と再開状況
石巻郵便局課長の佐々木慶太さん。震災当時、女川郵便局で勤めていた=1月、宮城県石巻市
東日本大震災の津波被害を受けた大原浜郵便局=2011年4月、宮城県石巻市(日本郵便提供)
震災当時から大原浜郵便局に勤める木村誠さん=2022年12月、宮城県石巻市
東日本大震災の津波被害を受けた女川郵便局=2011年4月、宮城県女川町(日本郵便提供)
再建され、営業を再開した宮城県石巻市の大原浜郵便局=2022年11月
一時閉鎖された郵便局数と再開状況

 2011年3月11日の震災直後。宮城県女川町、女川郵便局の配達員佐々木慶太さん(48)は配送車に郵便物と住所録を積み込み、高台に逃れた。同町は最大高14・8メートルの津波に襲われ、局舎は全壊流失。同県石巻市の自宅も流失した。
 約2週間後に配達を再開した。がれきだらけになった町を赤い配送車で走る。誰がどこにいるのかも分からない中、避難所をくまなく回り、名簿を確認。段ボールで仕切られた避難所内の見取り図をつくり、顔見知りを見つけては配達先の人の居場所を尋ねた。
 「大切な人と連絡が取れず、最後の望みをかけて手紙を出す方も多かった」。電波が途絶え、外部から被災地に入るのが困難な状況が続き、手紙は安否確認の重要な手段にもなった。ただ、懸命に捜しても宛先が見つからず、やりきれなさを抱くこともあった。
 だが住所ではなく、顔を覚えていたり、日頃の交流があったりしたからこそ見つけられた配達先も多かった。「地域に根ざした日々の積み重ねが緊急時に武器となった」と振り返る。佐々木さんは現在石巻郵便局の課長を務めており、後輩に当時の体験を伝えている。
 昨年11月7日、石巻市の牡鹿半島にある大原浜郵便局が高台に再建された。約11年8カ月ぶりの再開で、120局目となった。震災で一時閉鎖された159局の内訳は青森2局(現在も閉鎖中0局)、岩手49局(同6局)、宮城68局(同15局)で廃止が1局、福島40局(同17局)。地域の復興状況などが判断基準で、残る38局は再開のめどは立っていないという。
 当時から勤務する木村誠さん(60)も、被災3日後から配達に当たった。燃料不足で通勤のために未明からガソリンスタンドに並ぶ日々が続いたが「避難所の住民が喜ぶ姿が励みになった」と話す。現在、地域人口は減り、環境は大きく変化したものの「震災前と変わらず、気兼ねなく地域の人に来てもらえる場にしたい」と意気込む。
 全国の郵便局長による民間資格「防災士」取得も進む。全国郵便局長会によると、15年に約9600人だった資格取得者は、22年4月時点で全国の局長の6割に当たる1万2千人超に。局長が防災計画を監修したり、保育園や小学校の避難訓練に助言したりすることもある。担当者は「地域の状況を把握している立場で貢献したい」と話している。

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