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女性が担う石見神楽―島根「ともしびを絶やさない」 加盟社・共同通信合同企画「越えるディスタンス~明日へつなぐ」

のたうつ大蛇、情熱の群舞 「憧れた」伝統を身近に

重い大蛇の蛇胴を着け、稽古に励む舞姫社中の女性たち=9月、島根県浜田市
重い大蛇の蛇胴を着け、稽古に励む舞姫社中の女性たち=9月、島根県浜田市
5月にあった舞姫社中の初公演で大蛇の首を取るスサノオノミコト=島根県浜田市
5月にあった舞姫社中の初公演で大蛇の首を取るスサノオノミコト=島根県浜田市
板垣敏郎記者
板垣敏郎記者
重い大蛇の蛇胴を着け、稽古に励む舞姫社中の女性たち=9月、島根県浜田市
5月にあった舞姫社中の初公演で大蛇の首を取るスサノオノミコト=島根県浜田市
板垣敏郎記者

 八岐大蛇(やまたのおろち)の胴の長さは18メートルあり、野球のバッテリー間に相当する。島根県西部で盛んな石見神楽の人気演目の一つ「大蛇(おろち)」は、その長い蛇胴(じゃどう)を着けて激しく、蛇らしい動きをしながら隊列を変え、展開する群舞が見どころだ。和紙製の蛇胴と頭(かしら)で20キロに迫る重さがあり、専ら男性が舞ってきた。そんな世界に女性が参入した。
 2021年春に誕生した神楽同好会「舞姫社中」。舞、奏楽、裏方、広報の全てを女性が手がける異色の団体だ。浜田市を拠点に20人が月3回の稽古に励む。22年春に初公演し大蛇を披露。今は23年春の舞台を控える。
 指導に当たるのは古くからある地元社中の男性たちだ。公務員の小川徹(おがわ・とおる)さん(53)は「吸収しようとする意欲がすごい」と舌を巻く。体力面の男女差はあるが情熱は変わらないといい「女性が舞に挑むことで、神楽がより身近になるはず」と期待する。
 石見神楽は重い衣装を使うこともあり主役は男性であり続けた。一方、女性も男性と同様に幼少期から神楽が近くにあり、舞やはやしの音を見聞きして育った原体験を持つ。
 舞姫社中は発足に向けたメンバー集めに苦労しなかった。「舞への憧れがあった」と口にする1人が、大阪からUターンした元美容師の山口愛貴(やまぐち・あき)さん(33)だ。4年前から神楽衣装店で働き、舞姫社中発足で舞い手にもなった。家族に手を引かれて見た神楽が「きらきらしていて引き込まれた」と振り返り、次の世代にも引き継ぐ決意を持つ。
 また東京からIターンしたイラストレーター野村明加(のむら・はるか)さん(37)は、父の実家が浜田市隣の益田市で、幼いころに何度も神楽を見た。舞姫社中ではメンバーおそろいのTシャツをデザイン。「本業を生かし神楽の絵を描きたい」と、経験を惜しみなく神楽にささげる考えだ。
 実は半世紀ほど前は、女性も石見神楽を舞ったことがある。当時は出稼ぎにより不足した男性の代役という暗い一面があり、秘めやかで話題にならなかった。それでも福祉施設や地元の祭りで舞台に立ち、愛された社中もあるという。
 神楽を見たい、残したい、という住民の思いは性別や時代を超える。新型コロナウイルス禍で閉塞(へいそく)感が続く中で誕生した異例の社中は、地域の明るい話題として受け入れられた。メンバーは「(神楽で)女性らしさの表現をしたい」という新たな価値を見いだそうとしており、石見神楽の伝統に新風を吹き込んでいる。(山陰中央新報社)

土着の力強さ
 幼い頃、秋が深まると近くの宮へ夜神楽見物によく行った。今と違って照明が暗く、客席後方に突然、大蛇(おろち)が現れると怖かった。稲刈り後がどこか年の瀬を感じさせる、そんな空気の舞台だった。神楽は農村の暮らしの中で育った。あか抜けない、との声もあるかもしれないが、土着の力強さがある。古くて新しい日本の文化として発展する可能性を秘めている。(板垣敏郎・山陰中央新報記者)

地方の芸能を世界へ発信 SNSで基礎知識や動画
 「インターネットのおかげで、石見神楽のような地方の芸能でも世界的に注目されるかもしれない」。島根県立大(浜田市)の江口真理子(えぐち・まりこ)教授(60)が強調する。専門の英語を生かし、石見神楽の動画を英語字幕や解説付きで制作。ユーチューブで配信する。
 自身も女子神楽同好会舞姫社中のメンバーで奏楽を担当。動画制作は2021年に始め、これまで6本ほど完成させた。動画では他の社中に所属する男性のインタビューを交え、上演される神楽の口上や歌の内容を日英2カ国語で紹介する。
 農村で盛んな神楽は日本を代表する能や歌舞伎と同様、優れた総合芸術だが、地方ゆえに不利な条件に置かれた。京都や東京(江戸)という都市で発展した能・歌舞伎は人口集積地だからこそ見物客が多かったが、地方発の神楽は認知度が低かった。
 能・歌舞伎は、前もってあらすじなど予備知識を得ていた方が断然、鑑賞は楽しく、それは神楽も同じ。江口教授の取り組みは「予習素材」の提供に当たり、ネットが普及する前は難しかった。
 「神楽振興に観客の育成という視点は欠かせない」と江口教授。インスタグラムでも英語で基礎知識を解説し、ユーチューブへ誘導を図る。「将来のファン候補に届く内容にしていきたい」と意欲を見せる。(山陰中央新報社)

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 この記事は全国の地方新聞社と共同通信が協力して制作し、新聞向けには11月9日以降使用の想定で配信しました。ご意見やご感想を共同通信「越えるディスタンス~明日へつなぐ」係までお寄せください。ファクスは03(6252)8238、電子メールはdistance@kyodonews.jpです。

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