
河本千奈ちゃん(当時3歳)は、静岡県牧之原市の認定こども園「川崎幼稚園」で送迎バスに置き去りにされ、重度の熱中症で死亡した。
事件の発生から2026年9月5日で4年。千奈ちゃんの父親(42)は、一時はメディアからの取材を断っていたが、2026年9月、再びインタビューに応じた。
2022年の夏に撮影された動画がある。事件の約3か月前に生まれた妹に、千奈ちゃんがミルクを飲ませる動画だ。
2026年、妹は姉の年齢を超えた。
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「次女が千奈の年齢を超えたのは複雑な気持ち」
<河本千奈ちゃんの父>
次女が千奈の年齢を超えた、お姉ちゃんの年齢を超えたというのは複雑な気持ちがあります。普通ではないなと思います。次女を見ていて、面影が千奈と重なることがあります。
事件当時、赤ちゃんだった次女の面倒を見る千奈は、本当にお姉さんで、「大きいな」と感じていたんです。でも、今、次女が4歳になって感じるのは、「まだこんなに幼いんだ」と。
これから4歳になる子がバスの中で置き去りにされて苦しんで、自分の分かる限りの知識で、服を脱いで、水筒の中に入っていた麦茶を飲み干したというのは、胸に突き刺さるようなものがあります。
4歳の次女を見て、こんなに幼い子どもが、自分で解決することは不可能だったなというのはやはり感じます。
次女に「千奈ちゃんに会いたい?」と聞いたら...
<記者>
次女は千奈さんについて、どのように認識されていますか。
<河本千奈ちゃんの父親>
次女の口から、「お姉ちゃん」や「千奈ちゃん」という言葉は出ます。つい先日、次女に「千奈ちゃんに会いたい?」と聞いたことがあるんです。そうしたら「会いたくない」と。
「なんで?」と聞いたら、「動かないから」。
そう言われた時に感じたのは、全てを理解できているわけではないけれども、ここにはいないとか、そういったことは小さいながらに理解できているんだな、と。
それも本当に申し訳ない。姉妹で育ててあげたかったという申し訳なさを感じました。
「決着がつくことはない」終わらない苦しみ
事件直後、遺族の元を訪れた当時の園長は「川崎幼稚園を廃園にする」と念書を交わしていたが、運営する榛原学園は一転、「今後も、希望者がいる限り園を継続していく」という方針を示し、現在も園は継続している。
遺族は署名を集めるなど、榛原学園に対して園を廃園にする、もしくは他の法人に運営を引き継ぐことを求めてきた。
<記者>
榛原学園が「入園希望者がいる限り、園を継続する」という方針を示している点について、今はどのようにお考えでしょうか。
<河本千奈ちゃんの父親>
川崎幼稚園が必要な保護者はもちろんいると思います。それも分かった上で、子どもを殺された側としては、やはり恨みというものはあります。「あんな杜撰な園は潰れてしまえ」といった強い気持ちを、私個人としてはずっと持ち続けています。
<記者>
念書については。
<河本千奈ちゃんの父>
できない事は書かなければいいし、書いてしまった事は実行する、もし、出来ないのであれば、しっかりと私たちに説明する。そういったことが必要だと思います。
その説明がされていないので、私たちとしては、あれは何だったのか?その場しのぎの約束だったのか?そう考えます。
榛原学園の組織的には何ら変わっていない状況で、一族が経営してる。あの地域にとっては、子どもを預ける場所が必要であって、運営組織は他でもいいのではないかと思います。経営者が一族から変わるということであれば、私はそれでも構わないと思っています。
いろいろな難しい問題もあると思いますが、私はそう思います。
<記者>
「決着がつく」というタイミングはあるのでしょうか。
<河本千奈ちゃんの父親>
決着がつくことはないと思います。園長は実刑を受けて、それを終え、普段通りの生活をしている。でも、千奈はそれができない。
それが覆ることがない以上、決着がつくということはないと思います。私たちが死ぬまで。自分のこの悔しさとか恨みとか、そういったものが消えることはありませんので。決着がつくことはないです。
「ただただ、1人の女の子として生きてほしかった」
千奈ちゃんの置き去り事件をきっかけに、国は全国の通園バスにブザーやセンサーといった安全装置の設置を義務付け、静岡県内の設置率は2024年末に100%に達した。
<記者>
事件は、通園バスをめぐる全国の取り決めを変えました。
<河本千奈ちゃんの父>
安全装置が設置されても、事件後も全国の園では、電源を切っていたりと、大きな事件には至っていませんが発生しています。
ハード面を良くしても、使う側の人間がしっかりと仕組みやルールを守らなければ、また同じことが起こるのではないかと思います。
ただ後ろを振り返ったり、車内を確認するという、それだけで良かったはずなんです。なぜ、それが川崎幼稚園はできなかったのか。
千奈は、行政を変えるために生まれてきたわけではありません。教訓になるために生まれてきたわけでもありません。ただただ、1人の女の子として生きてほしかった。本当に取り返しのつかないことをしてしまった。
安全装置が付いたから。教訓になったから。これで終わりだとは、私たち遺族は思いません。
「毎日あなたたちのことも考えています」加害者側へ伝えたい思い
<記者>
まだ話しきれていないことはありますか。
<河本千奈ちゃんの父>
一番は、千奈に対して、親としてごめんなさい、助けてあげられなくてごめんなさいという気持ちです。
そして、加害者たちに対しては、私たちは、毎日あなたたちのことも考えています、と。
遺族として恨んでいます、そういった気持ちは強くあります。私たち家族は、やはりこれを背負ったまま生きていくんです。
親としては、しっかりと次女のケアをして、なるべく負担を減らしていきたいと考えています。
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