
シリーズでお伝えする「熱海土石流5年~責任の所在は~」。
28人が犠牲となった惨事から2026年7月3日で5年が経ちますが、刑事、民事でいずれも明確な責任を取った人はいません。
遺族は深い悲しみを背負ったまま、「5年前から何も変わらない」とやり場のない思いを口にします。
<崩落した土地の前所有者 天野二三男氏(76)>
「『(土を)盛った人間は誰?天野だ』って言いたい、みんながね」
2021年7月3日に発生し、28人の尊い命が奪われた熱海土石流災害。
約5万5000立方メートル。25メートルプール100杯以上に及ぶ大量の土砂が逢初川を下り、まちを飲み込みました。7月3日で5年が経ちます。
■今も納骨できず...「『ママ』という声が聞こえる気がして...」

<小磯洋子さん>
「生きていた。私が産んで生きていたんですよ」
小磯洋子さん(76)。娘の西澤友紀さん(享年44)は、「母の近くで暮らしたい」と県外から伊豆山に住まいを移し、被害に遭いました。5年が経とうとする今も、小磯さんは納骨を済ませられずにいます。
<小磯洋子さん>
「やっぱりこの子はここにずっといる。水を毎朝あげるときに、この部屋から出てくときに後ろで『ママ』という声が聞こえるような気がして、振り返ってしまう」
■「娘の骨のかけらを拾って食べた」

発災後、明らかになったのが土石流の起点にあった違法な盛り土の存在です。
遺族や自宅を失った被災者は、違法な盛り土の造成や管理責任を怠ったとして、前と現在の土地所有者、そして熱海市長を刑事告訴しました。また、多額の損害賠償を求める民事訴訟も起こしました。
2026年3月に行われた証人尋問の場で、小磯さんは火葬場で友紀さんの「骨のかけらを拾って食べた」と初めて明かしました。
<小磯洋子さん>
「この子と一つになれるには、どうしたらいいかと思ったときに、私が産んだのだから、また私の体に戻して、またいつの時代にか生まれ変わってきてくれたらいいなと思って」
家族だけの秘密を語るしかなかった裏には、5年が経とうとする今も責任の所在が明らかになっていない現状があります。
■33回の任意聴取を受けた前所有者「俺は盛ってない、貸したんだ」

<崩落した土地の前所有者 天野二三男氏>
Q.どんな5年間でしたか
「色々な思いが巡る。そのような5年間だった」
崩落の起点にあった盛り土の造成は2007年、天野二三男氏が代表を務める不動産会社「新幹線ビルディング」が別荘地を造成する目的で申請しました。
その後、許可された高さ15メートルを大幅に超え、盛り土は約50メートルにまで積み上げられました。
警察は2024年から天野氏に任意の事情聴取を行い、天野氏によるとこれまでに33回の聴取が行われたということです。
警察から特に聞かれたのが「盛り土をしたのは誰なのか?」という点でした。
<崩落した土地の前所有者 天野二三男氏>
「実際にうちの会社はスコップ1杯入れてないから。(盛り土したのは)天野だって言いたい、みんな。だけど俺、盛ってないよ。貸したんだよ。しかもそこには責任者名が入ってるよ」
天野氏は「別の業者に土地を貸しただけ」と盛り土の施工業者の責任に言及しました。
■盛り土の施工業者「すべて天野氏がやっていた」責任を否定

2026年2月に行われた民事裁判の中で、盛り土の施工業者は「役所とのやりとりはすべて天野氏がやっていた」として責任を否定しました。
盛り土のあった土地は2011年に現在の所有者に売却され、土石流災害に至りました。
警察は、現所有者と熱海市など行政の関係者にも事情聴取を行っています。
<崩落した土地の前所有者 天野氏>
「僕はね、被害者の方への冒とくだと思いますよ。原因究明がされないで、ずーっとこれをやっているようでは」
■復興が進む被災地で... 遺族の本音

土石流災害から5年を前に、小磯さんは娘の友紀さんが最期にいた場所で初めて取材に応じました。
最愛の娘が住んでいたアパートは更地になり、復興の象徴である逢初川の工事が進んでいます。
<小磯洋子さん>
Q.復旧していく様子を見て、5年間の時間を感じることはありますか?
「何にも思わないです。何にもない... 何にもない。興味もないし、何にもない」
<滝澤キャスター>
小磯さんは決して伊豆山のことを突き放しているわけではなく、「まちが戻っても娘は戻ってこない」と、深い深い悲しみを口にしていると感じました。













































































