「原発を止めた町・受け入れた町」浜岡原発建設の歩み 三重の分断の記憶と「黄金の卵」【浜岡原発停止から15年】

<菅直人総理※2011年5月6日当時>
「全ての原子炉の運転停止を要請致しました」

福島第一原発の事故後、政府の要請を受け入れ、浜岡原発は全ての原子炉を停止しました。あれから15年。浜岡はいま、中部電力の不正に揺れています。

SBSではシリーズ「浜岡原発停止から15年」と題して、5月12日から停止15年の節目となる5月14日まで3日間、特集をお伝えします。今回は「原発を止めた町 受け入れた町」です。

■三重・芦浜:「推進」「反対」小さなまちを二分した対立

芦浜原発。1963年、中部電力は三重県熊野灘のこの地に原子力発電所をつくろうと計画しました。

<原発おことわり三重の会 柴原洋一さん>
「ここは陸の孤島の中でも道路がない。陸の孤島の中の孤島と呼ばれていた」

この計画を巡り、西側の錦漁協は「原発推進」、東側の古和浦漁協は「原発反対」を表明し、芦浜を挟んで主張は真っ二つに割れました。

計画当初から原発建設をめぐって漁師同士が激しい争いをしました。

推進か反対かー。長い年月にわたり、小さなまちは分断されました。

■いまも反対運動の爪痕が残る

<記者>
「原発反対の家とありますね」
<柴原さん>
「当時のステッカー」
<記者>
「向かいの家にもある」

今も反対運動の爪痕がいたるところに残っています。

■読まれず捨てられないように1000円札を手紙挟まれることも

反対派住民の小倉紀子さん(78)は、古和浦漁協の理事を務めていた夫・正巳さん(故人)と反対運動に身を投じました。

<小倉紀子さん(78)>
「私にとって一番困ったのは無言電話。悪い時って悪いことが重なるもので、両親が入院して『あまり良くない』と言われ、親の死に目にも会えない。(電話線を)抜いて寝たら」
Q:電話がかかってきますよね?
「夜中掛かってくる。出るまで掛かってくる。出ると無言」

頼んでもいない物や脅迫めいた手紙が届くこともしばしば、読まれずに捨てられないよう、時折1000円札を挟むという念の入れようでした。

■身内で「賛成」「反対」割れて"冠婚葬祭ができない"

<小倉紀子さん(78)>
「冠婚葬祭ができないの。例えば、うちは反対ですけど、きょうだいが賛成してたら(葬式に)来てもらえない。反対に(漁協の)組合員だったら『やったー、(反対が)1票減ったよ』と喜ぶ、きょうだいでも。それがみんな身内ですよ」

2000年2月、北川正恭三重県知事(当時)が「推進派、反対派の対立にあまりにも長い時間がかかり、これ以上住民を苦しめたくない」と白紙撤回を発表しました。

■建設計画は「陸の孤島」浜岡へ

建設が思うように進まない中、中部電力が目を向けたのが浜岡です。芦浜計画から4年後の1967年に立地計画が公表され、建設は進みました。

浜岡原発の敷地から700メートルの場所に住む前・御前崎市長の柳沢重夫さん(79)です。

<柳沢重夫 前御前崎市長>
「(建設予定地には)大きな水たまりがあって、そこは子どもたちの遊び場だった。ほとんどが山だからね。途中にはマツの木が生えてて、キツネがたくさんいた」

鉄道もなければ、都市部につながる広い道路も通っていない。あるのは畑ばかり。当時の浜岡も「陸の孤島」と呼ばれていました。

■浜岡:「泥田に降りた金の卵を産む鶴」

当時の企画課長 故・鴨川義郎さん

中部電力からの発電所の計画を水面下で伝えられたのが、当時の浜岡町の企画課長・鴨川義郎さん(故人)です。

この土地出身で「財界四天王」と呼ばれた水野成夫氏の一言が原発受け入れを決定づけたといいます。

<原発受け入れ時の浜岡町企画課長 鴨川義郎さん(故人・2017年取材)>
「泥田に金の卵を産む鶴が降りたと考えろ、と」

原発を受け入れたことで、国や中部電力からお金が落ち、町は豊かになりました。

■安全神話の崩壊、露呈した中部電力の「不正」

しかし、福島第一原発の事故で安全神話は崩壊。巨大地震の震源域にある浜岡原発は政府の要請で停止しました。

そして2026年に入り、中部電力が浜岡原発の安全審査で地震データを改ざんしていたことが発覚しました。

原子力規制委員会の委員長が「安全規制に対する暴挙」と厳しく非難する事態にまで発展しています。

■「あれは神様の領域に触れたようなもの」

鴨川義郎さんは4年前に亡くなりました。(享年95歳)

旧浜岡町の町長も務め、原発建設によるまちのインフラ整備に尽くした生涯でした。

<鴨川義郎さんの長女 典子さん(72)>
Q. 中電の不正を鴨川さんが聞いたら何と言う?
「(原発は)地道に謙虚に扱わなければいけないものだと。あれは神様の領域に触れたようなものだから。それでも作ってしまったものには(中部電力に)責任を持ってもらいたいと強く言うと思いますよ」

原発を止めた町と、受け入れた町。

先人たちが悩み抜いた末に今があることを、私たちは忘れてはいけません。

「あしたを“ちょっと”幸せに ヒントはきょうのニュースから」をコンセプトに、静岡県内でその日起きた出来事を詳しく、わかりやすく、そして、丁寧にお伝えするニュース番組です。月〜金18:15OA

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