放射線というと、みなさん、何を想像しますか? 実は、私たちの身の回りに常にあって、暮らしの中にも使われているものなのです。
放射線について正しい知識を身につけてご自身で考え判断する材料にしていただければと思います。
詳しくは、東京都市大学理工学部原子力研究所・客員教授の岡田往子さんに伺います。
3回シリーズで放射線について学んでいきましょう。岡田さん、お久しぶりです。よろしくお願いします。
お久しぶりです。よろしくお願いします。
お忙しくされていると聞きました。
はい、とても忙しくて今、理工系の女性を増やすために活動をしていて、少し前にパリに行ってきました。
ひっぱりだこでお忙しいですね。さあ、始めてまいります。東京都市大学原子力研究所では 、どんな研究をされているのですか?
放射線を使って、物に含まれている微量な物質を分析しています。例えば、パソコンのデータを記憶する部分は、とても純度の高いケイ素という物質でできています。その中にも極々微量に不純物が入っているのですよ。その不純物が何なのかを放射線を使って分析していました。現在は、湖の水に含まれている微量な物質や放射性物質の分析をしています。
岡田さんはセミナーなどで放射線について正しい知識を知ってもらう活動もされていると伺っていますが、どういった思いからされているのですか?
私自身はもともと生物分野の出身なのです。ところが大学に入ってみると、物理の知識を結構使うんです。そんな経験から、子供たちには早いうちから物理の知識、例えば、光、音、電気、力など、楽しく学んでほしいと思いました。物理のことを学ぶと、放射線のことも分かってくるんですよ。子育てをしていると子供の吸収力って、すごいなと感じたので、放射線の実験を通して、物理の楽しさを知ってもらいたいと思ったのがきっかけです。小さい時の「面白い!」と思う体験って大事ですね。
私は物理に対しては苦手意識があったんですが、岡田さんは面白いと思われたんですね。他にも物理を好きになってもらうための活動をされているんですか?
そうですね。もっと理系女子学生を増やしたいという思いで、女子中学生や高校生を対象にした科学体験教室などもやっています。
まずは、「放射線」について教えていただこうと思います。改めて「放射線」とは、どういうものなのでしょうか。
この世界のあらゆる物質、石とか木とか水とかは何で出来ているでしょう?物質を細かくしていくと、たどり着くのが元素という小さな単位です。近江さん、元素周期表の順番を覚えた記憶ってありますよね?
あります。あの歌を思い出します。
「スイヘリーベボクのふね・・・」水素から始まってウランまで地球上にはおよそ90くらいの元素があります。それらの元素の中に不安定な元素の仲間があります。不安定な状態の元素が安定になるために出すのが放射線です。
元素からでてくるんですね。
そうなんですよ。不安定な元素が安定になろうとする時、出てくるのが放射線なんです。お風呂で例えてみますよ。お風呂では熱いお湯が周りの温度に近づこうと湯気を出して冷めていきますよね。熱いお湯が不安定な元素と考えると、湯気を出して冷めていくように、放射線を出して、元素が安定になっていくのです。
なるほど、そういった性質をもった元素があるということですね。
そうですね。現在の地球上には不安定な元素が10個以上あるんです。宇宙が誕生し、次々と元素が出来上がっていったのですが、その時の元素は不安定な元素。それらが放射線を出して安定になっていきました。そのうち現在も10以上の元素が不安定な元素として存在しています。地球は安定な元素や不安定な元素が集まってできているんですよ。ということは、地球には不安定な元素から出てくる放射線もあるということです。放射線は目には見えないのです。
でも、放射線が飛んでいることを確かめることができます。その装置が霧箱です。ここに持って来ました。この箱の中には、スタジオの空気が入っています。
前回も見させていただいて、思い出す形になりますけれども中を見させていただいてよろしいですか。黒い大きな箱があって…、これは液体が浮いているんですか?
この箱の中がどうなっているかといいますと、箱の上の方で温められたアルコールは気体となって、この箱の中いっぱいに入っています。そして、この箱の下にはドライアイスが置いてあって、箱を下から冷やしています。近江さん、箱の中を見てください。
箱の中にシュッと白い線が、太かったり細かったりさまざまな線が出ては消え、出ては消えという感じですね。
これが、放射線の通った跡なんです。白く太いのはアルファ(α)線が通った跡、糸くずみたいになっているのがベータ(β)線という放射線が通った跡です。
種類もあるんですね。こんな風になっているんだ、こうやって通っているんだというのがわかりますね。目には見えないけれども、放射線が空気中を飛んでいるのですね。
はい、スタジオ内の空気中にも放射線があります。これは、空気中のラドンという元素が放射線を出しているんですよ。これは自然界の放射線です。自然界にある放射線は、ラドンからだけではないんですよ。私たちは、いつも自然界からの放射線を受けているんです。
放射線って私たちの身近にあるものだなと再認識しました。岡田さん今年もすごく勉強になりました。次回は、「空気中以外の放射線」について教えていただきます。
2回目は「空気中以外の放射線」についてです。岡田さん、今週もよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
岡田さんは、東京都市大学原子力研究所で湖の水に含まれている微量な物質や放射性物質の分析をされています。また、放射線について正しい知識を知ってほしい、もっと理系女子学生を増やしたいという思いから、セミナーで放射線についてお話しされたり、科学教室を開催するなどの活動もされています。
前回は、「私たちの身の回りに放射線がある」ということを教えていただきましたが、空気中以外からも放射線を受けているんですよね?
そうなんです。私たちは「空気から、大地から、宇宙から、そして食べ物から」と、毎日の暮らしの中で自然界の様々なところから放射線を受けているんですよ。
そうなると、私たちが自然界から受ける放射線はゼロではないということですよね?
そうなんです。ゼロではないんです。私たちは自然界から放射線を受けて生活している、と言いましたが、日本では1年間に平均で2.1mSv(ミリシーベルト)の放射線を受けて生活しています。
Sv(シーベルト)という言葉が出てきましたが、どんな単位なんでしょうか?
Svとは、私たち人間が、放射線を受けたとき、体にどのくらいの影響が出るのかを表す単位になります。mSvはSvの1/1000です。1年間に2.1mSvという放射線量では健康への影響を心配する必要のないレベルです。
「放射線を受けると、がんになる」と聞いたりしますが、このあたりはいかがですか?
放射線は一度に沢山の量を受けると危険です。一度に100mSv以上放射線を受けると、がんになる確率が増えることが分かっています。
100mSvって、実際どのくらいの量なんでしょうか?
先ほど、自然界から受ける放射線の量は年間2.1mSvというお話をしましたが、100mSvというと、この50年分を一度に受けるということです。しかし、100mSv未満の量で少しずつ放射線を受けた場合に、がんになるかというと、データはないんです。私たちが、ほかの要因でがんになるのと区別がつかないのです。
ほかの要因とは、どのようなものがありますか?
例えば塩分のとり過ぎや、偏食などの食生活の乱れや、運動不足など、個人の生活習慣ですね。
そうなんですね。
身近にある放射線を利用するものとしては、自然界以外のものですが「レントゲン」がありますね。
レントゲンでは、どのくらいの放射線を受けているのでしょうか。
レントゲン写真の種類にもよりますが、胸部レントゲン写真を1回撮ると、胸に0.05mSv受けることになります。これは先ほどの自然界から受ける放射線、日本平均の2.1mSvからすると、約1/40ですね。これをどうとらえるかなんです。私たちが放射線を使って検査し、健康であることがわかったり、早い時期に病気を知りたいと思うか、ごく少量の放射線を受けるのも嫌だわ、と思うかどうかだと思いますよ。
正確な情報をまずは知って、自分たちで判断する、ということが大事になってくるんですかね。
私たちの身のまわりには、自然界からの放射線と、自然界以外で受ける放射線がありますが、自然界からの放射線の量を大きく超えなければ、体への影響はないと、たくさんの研究から判断しています。医療に関しても同じで、研究者や技術者が積み重ねた研究から、放射線被ばくをできるだけ抑える技術を発展させ、体への影響がないレベルとして放射線量を判断しています。
放射線は、自然界から受けるだけでなく、身近なところで使われているんですね。
そうなんです。放射線利用で皆さんが良く知っているのは医療ですね。先ほど、レントゲン写真の話をしましたが、私たちの体の健康を守るため、病気を早期に発見するため、また、がん治療には欠かせない技術となっていますね。
近江さん、核医学治療ってご存じですか?
前回も教えていただきましたよね。
がんに集まる物質に放射線を出す元素をつけて、がん細胞の近くから放射線治療を行う、世界でも注目されている新しい治療方法です。日本の研究はトップクラスです。しかし、使用する薬の多くを輸入に頼っています。今、日本でも、国産化を目指して、開発を進めています。
詳しくありがとうございました。3回目は「放射線と食べ物」について教えていただきます。
最終回となる3回目です。 岡田さん、最終回になりました。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
今回はどんな事を教えていただけますか?
近江さん、去年のおさらいです。今年もクイズを出しますよ。私たちは自然界からの放射線を受けています。 では「宇宙から」「大地から」「空気から」「食べ物から」の 4つの中で、日本で最もこの割合が大きいのはどれでしょうか? 覚えていますか?
もちろん覚えておりますよ。食べ物ですよね?
正解!「食べ物から」です。日本では食べ物からが、一番多いんです。 食べ物からは 1年間の平均で 0.99mSv(ミリシーベルト)の 放射線を受けています。前回お話したように、日本人は 1年間で平均 2.1mSvの放射線を自然界から受けています。その半分くらいは食べ物からということになりますね。 Sv(シーベルト)についておさらいしますよ。
はい、お願いします。
Svとは、私たち人間が、放射線を受けたとき、体にどのくらいの影響が出るのかを 表す単位になります。mSvはSvの1/1000です。
不安になった方もいると思いますが、食べ物にはどのような放射線が含まれているんでしょうか?
食べ物の中で放射線を出すもののトップに挙げられるのはカリウムという元素です。 このカリウム、すべての食品に含まれています。カリウムと聞くと皆さんは、 どこかで聞いたことがあるなぁと思うのではないでしょうか。
そうなんですよね。聞いたことがある気がしますね。
家庭菜園などに使うカリ肥料にはカリウムが入っています。 カリウムは、植物も動物も私たちも必要な栄養素です。 このカリウムという元素は3種類の仲間がいて、その中のカリウム40が放射線を出します。私たちも植物、動物も、カリウム40だけを排除して、栄養素にすることができないのです。そのため、すべてのカリウムを栄養素として体の中に入れ、使い排出、取り入れて使い排出をくりかえし、体の中でほぼ一定の割合に保たれているんです。
ちなみに日本の食品に含まれる放射性物質の基準というのはあるんでしょうか?
2011年東京電力福島第一原子力発電所の事故で、拡散した放射性セシウムのことですね 。それについては、事故以降、基準ができました。この基準値はEUやアメリカと比べても厳しい値で、日本では基準値を超える食品は流通していません。
一番放射線を受けているのが食べ物からというのは、やっぱり驚きですよね。岡田さんは福島でも活動されてるんですよね?
福島にはよく通いました。 JA福島の皆さんと一緒に、親子向けの食と放射線のバスツアーもしました。 放射線について知り、福島産の農産物の検査を実際に見学する。そんな企画で、5年くらいしました。
これは地元の子供たちにもいい学びになるんじゃないかと思いますが、一緒に活動されているのですね。
福島ではたくさんの小学校で「放射線教室」もしました。学校の先生方もいきなり放射線教育をすることになって、大変だったんです。私はそこでたくさんの子供たちと先生方と知り合いになりました。
放射線に興味を持った子供たちもたくさんいるんでしょうね。
そうなんですよ!子供たちは吸収力抜群です。その中の男の子が2020 年に私の大学の原子力安全工学科に入学したんですよ。驚きました。 今年、その男の子に会ってきました。とても立派になって、来年は大学院生になるそうです。
これも岡田先生のお力ですね!
さて、ここまで自然界から受ける放射線について、お話を伺ってきました。放射線は、自然界から受ける以外には、医療で利用されていると前回伺いましたが、その他には、どんなところに使われているんですか?
放射線は医療現場で利用されているほかに、皆さんの身近なところでは、 例えば、紙おむつ、これは放射線の力を使って、 水分をいっぱい吸収する材料を作っています。ここで注意しなければいけないのは、放射線の力を使っているだけで、できた製品から放射線が出ているということではありません。
火に強い防火カーテンや、自動車などに使われている熱に強いチューブなどもありますね。 新しい素材はたくさん研究され製品になっています。その他には、放射線の通り抜ける力を利用しているものとして、一番身近なものは、空港の手荷物検査ですね。 高速道路の橋の健全性を診断するのにも使っているんですよ。放射線を使った農作物の品種改良も、最近はアジア諸国で盛んに行われています。
あと珍しいところでは、製鉄所の鋼板、鉄の板を作る工程では、なくてはならないものです。 鉄は熱いうちに打て、ではないですが、灼熱の鉄を薄くしていくのですが、その厚みを測定するのに放射線を使っています。
本当に放射線は私たちの暮らしの中で、いろいろ利用されているものなんですね。
放射線とは、身近にあるもので、正しく知れば、むやみに恐れるものではないということが、分かっていただければうれしいです。
岡田さん、3回にわたってためになるお話をありがとうございました。
SBSラジオ「IPPO」で10月、「暮らしの中の放射線」をテーマに、知識を深める番組が3週にわたって放送されました。内容を元に、番組で講師を務めた東京都市大学理工学部原子力研究所客員教授の岡田往子さんと、静岡新聞読者2人との座談会を開催しました。コーディネーターはフリーアナウンサーの長谷川玲子さんが務めました。座談会の一部内容を紹介します。
皆さんにはラジオ番組3回分を聞いてもらいました。感想を聞いていきたいと思います。
放射線について話す機会があまりなく、なんとなく怖いというイメージが先行していたんですけど、いろいろなところで放射線が使われていたり、空気中にあるという話を聞いて、ちゃんと知識を持てば恐れる必要はないんだと思いました。
私も放射線という言葉は知っていましたが、うまく説明できませんでした。食べ物からや空気から、またそれ以外からも放射線が出ていると知って、身近なものだと感じました。
自然界では食べ物から受ける放射線が多いということに、ちょっとびっくりしました。
レントゲンを撮るときに放射線を受けますよね。放射線は一度にたくさん受けると危険で、一度に100mSv(ミリシーベルト)以上の放射線を受けると、がんになる確率が高まるのですね。
食べ物の中でトップに挙げられるのはカリウムです。カリウムには3種類あり、その中のカリウム40が放射線を出します。カリウム40だけを排除して栄養素にすることはできませんので、摂取と排出を繰り返して、体の中で一定の割合に保っています。また、胸部レントゲンは1回あたり0.05mSvほどですが、一度に何回も受けることはほとんどありませんよね。放射線は目に見えませんが、霧箱という装置で放射線が通った跡を見ることができます。実際に見てみましょう。
(霧箱をのぞき)見えないものが見えるって、すごいですね。
放射線が生活の役に立っているという話をもっと聞いてみたいです。人がよりよく生活するために研究が進み、いろいろなところで活躍しているのですね。
医療分野では放射線の利用が進んでいます。予防接種で使う注射器や針は放射線の力で滅菌しています。薬の中に放射線を出す元素を入れ、がん細胞に注入し治療する核医学治療もあります。それだけでなく放射線の物質を透過する力を活用して、熱い鉄の厚みやたばこの巻き紙の薄さを測定することもできるんです。他にも、みなさんが知らないようなところで使われているんですよ。例えばプールで使うビート板は放射線を利用して作っているから強くて軽いんです。自動車のタイヤもそうですね。ただ、ここで注意してほしいのは、放射線の力を利用してできた製品から放射線が出るんじゃないかと思いがちですが、その力を利用しているだけで、そこから放射線が出るわけではないということです。
読者のお二人は座談会を通してあらためて気がついたことや、ちょっと考えが変わったことはありましたか。
最初、放射線と聞くとちょっと危険なイメージでしたが、身近なものが放射線の力を利用して作られているので、正しく学んで、今後も日々の生活で放射線と関わって生活していこうと思います。
知るということはとても大事なことですね。触れることや学ぶことで子どもたちにも知ってほしいですね。
ネットやSNSなどでいろいろな情報が発信されています。情報の出どころや出典をチェックし、正しい知識を知ってご自分で理解、判断してほしいと思います。
記事を読んで、もっと知りたいことや役立ったことなど、感想を寄せてくださった方の中から抽選で5名様に「静岡県産お米きぬむすめ2kg」を差し上げます。
氏名、郵便番号、住所、電話番号、年齢、ご意見を Google Forms にてお送りください。
東京都市大学理工学部 原子力研究所・客員教授。
原子力委員会委員(非常勤)。
日本大学農獣医学部水産学科卒業。
千葉大学博士(理学)修得。高純度材料の微量元素の分析や、福島支援(20km圏内の放射性物質測定、放射線教育など)赤城大沼湖水の放射性物質の測定にも力を注いでいる。
SBSアナウンサー。
SBSラジオ「IPPO」(OA7-9時)木曜日のパーソナリティー。
SBSテレビ「THE TIME,」中継・「Soleいいね!」「お買い物いいね」担当
JRN、JNN系列の優れたアナウンサーに贈られる第48回JRN・JNNアノンシスト賞テレビ「読みナレーション」部門で優秀賞を受賞。
趣味は、モータースポーツ観戦、演劇、甘いものを食べること、ドラム。
株式会社 舎鐘(しゃべる) 所属。静岡市出身。
静岡県立大学卒業後、静岡放送株式会社に入社。
アナウンサー、報道記者として9年間勤務し、「SBSテレビ夕刊」キャスターなど数多くのテレビ・ラジオ番組に出演。
2007年には全国初となるフリーアナウンサーによる協同組合「舎鐘(しゃべる)」を設立し、静岡県知事褒章(男女共同参画社会づくり・チャレンジの部)受賞。
早稲田大学大学院公共経営修士/日本話しことば検定1級/日本サービスマナー協会認定ビジネスマナー講師 / アサーティブコミュニケータ—/日本語教育能力検定試験合格