放射線というと、みなさん、何を想像しますか? 実は、私たちの身の回りに常にあって、暮らしの中にも使われているものなのです。
放射線について正しい知識を身につけて、ご自身で考え判断する材料にしていただければと思います。
詳しくは、東京都市大学理工学部 原子力研究所・客員教授の岡田往子さんに伺います。
3回シリーズで放射線について学んでいきます。
東京都市大学理工学部 原子力研究所では 、どんな研究をされているのですか?
放射線を使って、物に含まれている微量な物質を分析しています。 例えば、パソコンのデータを記憶する部分は、とても純度の高いケイ素という物質でできています。その中に極々微量に不純物が入っているのですよ。その不純物を放射線を使って分析していました。現在は、湖の水に含まれている微量な物質や放射性物質の分析をしています。
岡田さんはセミナーなどで放射線について正しい知識を知ってほしい、という活動もされていると伺っていますが、それはどんな思いからなのでしょうか?
私自身はもともと生物分野の出身なのです。ところが大学に入ってみると、 物理の知識を結構使うんです。そんな経験から、子供たちには早いうちから物理の知識、例えば、光、音、波、電気、力など、楽しく学んでほしいと思っていました。 物理のことを学ぶと、放射線のことも分かってくるのですよ。子育てをしていると子供の吸収力って、すごいなと感じました。 この時期に、放射線の実験を通して、 物理の楽しさを知ってもらいたいと思ったのがきっかけです。
放射線の実験を通して、物理の楽しさを知ってもらいたいということですけれども、ではまず「放射線」について教えていただこうと思います。「放射線」という言葉は聞いたことがある方が多いと思いますが、改めて「放射線」とは、どういうものなのでしょうか。
この世界のあらゆる物質(石とか木とか水とか)は元素でできています。元素とは、物質を細かく細かくしていくと、たどり着く小さな単位です。近江さん、元素周期表の順番を覚えた記憶ってありますか?「スイヘリーベボクのふね…」
なんとなく、中学校の時に勉強したなというのは記憶していますけども、「スイヘリーベボクのふね。」水素、ヘリウム、リチウム、ベリリウムとか、結構あるんですよね。
そうですね。水素から始まってウランまで地球上にはおよそ90くらいの元素があります。 それらの元素の中に不安定な元素の仲間があります。不安定な状態の元素が安定になるために出すのが放射線です。
そうなんですね。元素からでてくるんですね。
そうなんですよ。不安定な元素が安定になろうとする時、出てくるのが放射線なんです。近江さん、お風呂で例えてみますよ。お風呂では熱いお湯が周りの温度に近づこうと湯気を出して冷めていきますよね。熱いお湯が不安定な元素と考えると、湯気を出して冷めていくように、放射線を出して、元素が安定になっていくんです。
そういう性質を持った元素があるんですね!
現在の地球上には不安定な元素が10個以上あるんです。 宇宙が誕生し、次々と元素が出来上がっていったのですが、その時の元素は不安定な元素。 それらが放射線を出して安定になっていきました。 そのうち現在も10以上の元素が不安定な元素として存在しています。 地球は安定な元素や不安定な元素が集まってできているんですよ。 ということは、地球には不安定な元素から出てくる放射線もあるということです。
それでは、近江さん、実際に放射線を見たという経験ありますか?
いやいや、放射線は見えないですよね?
そうです。放射線は目には見えないんです。でも、放射線が飛んでいることを確かめることができるんです。その装置が霧箱です。今日、ここに持って来ました。
ほんとですか。ありがとうございます。これが霧箱ですね?
この箱の中がどうなっているかといいますと…。箱の上の方で温められたアルコールは気体となって、この箱の中いっぱいに入っています。そして、この箱の下にはドライアイスが置いてあって、箱を下から冷やしています。近江さん、箱の中を見てください。
はい、箱の中を上から見てみますと、白い線がシューッと通りました! これはなんですか?
これは、放射線の通った跡なんです。放射線がこの中を通ると、 放射線の通り道に沿って、飛行機雲のようなアルコールの霧が見えるんです。
すごい、これは初めての体験です。目には見えないですが、放射線が空気中を飛んでいるということですよね?
はい、スタジオ内の空気中にも放射線があります。 これは、空気中のラドンという物質が放射線を出しているんですよ。これは自然界の放射線です。自然界にある放射線は、ラドンだけではないんですよ。 私たちは、いつも自然界からの放射線を受けているんです。
スタジオの空気中にも放射線があるんですね!初めて知りました。 今回は知らないことばかりでした。
次回は、「空気中以外の放射線」について教えていただきます。
今回は、「空気中以外の放射線」についてです。詳しくは、東京都市大学理工学部原子力研究所 客員教授の岡田往子さんに伺います。
岡田さんは、東京都市大学理工学部原子力研究所で湖の水に含まれている微量な物質や放射性物質の分析をされています。また、放射線について正しい知識を知ってほしいという思いから、セミナーで放射線についてお話しされる活動もされています。
前回は、「私たちの身の回りに放射線がある」ということを教えていただきましたが、空気中以外からも放射線を受けているんですか?
そうなんです。私たちは「空気から、大地から、宇宙から、そして食べ物から」と、毎日の暮らしの中で自然界のさまざまなところから放射線を受けているんですよ。
そうなると、私たちが自然界から受ける放射線は ゼロではないということですね?
そうなんです。ゼロではないんです。私たちは自然界から放射線を受けて生活している、と言いましたが、 日本では1年間に平均で「2.1mSv(ミリシーベルト)」の 放射線を受けて生活しています。
Sv(シーベルト)という言葉が出てきましたが、どんな単位なのですか?
Svとは、私たち人間が、放射線を受けたとき、体にどのくらいの影響が出るのかを表す単位になります。mSv(ミリシーベルト)はSvの1/1000です。 1年間に 2.1mSv という放射線量では健康への影響を心配する必要のないレベルです。
「放射線を受けると、がんになる」と聞いたりしますが、これは実際どうなんですか?
放射線は一度に沢山の量を受けると危険です。一度に100mSv以上放射線を受けるとがんになる確率が増えることが分かっています。
100mSvって、どのくらいの量なんでしょうか?
先ほど、自然界から受ける放射線の量は年間2.1mSvというお話しをしましたが、 100mSvというと、この50年分を一度に受けるということです。 しかし、100mSv未満の量で、少しずつ放射線を受けた場合にがんになるかというと、データはないんです。 私たちが、ほかの要因でがんになるのと区別がつかないんです。
ほかの要因というと、どういったものがあるんですか?
塩分のとり過ぎや、偏食、食生活の乱れや運動不足など、個人の生活習慣ですね。
そうなんですね。身近にある放射線を利用するものとしては、自然界以外のものですが「レントゲン」があります。 レントゲンでは、どのくらいの放射線を受けるのでしょうか。
レントゲン写真の種類にもよりますが、胸部レントゲン写真を1回とると胸に 0.05mSv受けることになります。 これは先ほどの自然界から受ける放射線、日本平均の 2.1mSvからすると、 約1/40 ですね。
これをどうとらえるかですね。私たちが放射線を使って検査し、健康であることがわかったり、早い時期に病気を知りたいと思うか、ごく少量の放射線を受けるのも嫌だわ、と思うかどうかだと思いますよ。
正確な情報を知って、私たち自身で判断することが大事なんですね?
私たちの身のまわりには、自然界からの放射線と、自然界以外で受ける放射線があります。自然界からの放射線の量を、大きく超えなければ体への影響はないと、たくさんの研究から判断しています。医療に関しても同じで、研究者や技術者が積み重ねた研究から、放射線被ばくをできるだけ抑える技術を発展させ、体への影響がないレベルとして 放射線量を判断しています。
放射線は、自然界から受けるだけでなく、身近なところで使われているんですね
そうです。放射線利用で皆さんが良く知っているのは医療ですね。 先ほど、レントゲン写真の話がでましたが、私たちの体の健康を守るため、 病気を早期に発見するため、また、がん治療に欠かせない技術となっていますね。 最近、私が知ったお話なのですが、核医学治療ってご存じですか?
ちょっと聞いたことがないです。
薬の中に、放射線を出す元素を入れて、がん細胞の近くから放射線治療を行う、 比較的新しい治療方法です。使用する薬は、今は多くは輸入に頼っていますが、日本でも、国産化を目指して、開発をしています。
今回も知らない事ばかりでした。 次回は「放射線と食べ物」について教えてもらいます。
ありがとうございました。
最終回となる3回目です。 引き続き、東京都市大学理工学部原子力研究所 客員教授の岡田往子さんに伺います。 よろしくお願いします。
岡田さんは、東京都市大学理工学部原子力研究所で湖の水に含まれている微量な物質や放射性物質の分析をしています。また、放射線について正しい知識を知ってほしいという思いから、セミナーで放射線についてお話しされる活動もされています。 岡田さん、今回はどんな事を教えていただけますか?
まずは、近江さんにクイズです!私たちは自然界からの放射線を受けています。 では「宇宙から」「大地から」「空気から」「食べ物から」の 4つの中で、日本で最もその割合が大きいのはどれでしょうか?
難しいですね…。1回目でスタジオの空気中にも放射線があると教えていただいたので、「空気から」でお願いします!
残念!正解は、「食べ物から」です。日本では食べ物からが、一番多いんです。 食べ物からは 1年間の平均で 0.99mSvの 放射線を受けています。前回お話したように、日本人は 1年間で平均 2.1mSvの放射線を自然界から受けています。その半分くらいは食べ物からということになりますね。 Svについておさらいしますね。Svとは、私たち人間が、放射線を受けたとき、体にどのくらいの影響が出るのかを 表す単位になります。mSvはSvの1/1000です。
食べ物からは1年間の平均で 0.99mSv受けている、それだけ聞くと少し不安になった方もいらっしゃると思いますが、食べ物にはどのような放射線が含まれているんですか?
食べ物のなかで、放射線を出すものでトップに挙げられるのはカリウムです。 このカリウム、すべての食品に含まれています。カリウムと聞くと皆さんは、 どこかで聞いたことがあるなぁと思うのではないでしょうか。
聞いたことがあります。
家庭菜園などに使うカリ肥料にはカリウムが入っています。 カリウムは植物も動物も私たちも必要な栄養素です。 このカリウムという元素には3種類の仲間がいて、その中のカリウム40が放射線を出します。私たちも植物も、動物も、カリウム40だけを排除して、栄養素にすることができないのです。そのため、すべてのカリウムを栄養素として体のなかに入れ、使い排出、取り入れて使い排出をくりかえし、体の中でほぼ一定の割合に保たれているのです。
2011 年の福島第一原子力発電所の事故以来、食品に関する放射性物質への関心が高まりましたが、ちなみに日本の食品に含まれる放射性物質の基準はあるんですか?
2011年東京電力福島第一原子力発電所の事故で、拡散した放射性セシウムのことですね 。それについては、事故以降、基準ができました。この基準値はEUやアメリカと比べても厳しい値で、日本では基準値を超える農産物は流通していません。
福島の食品については、どうなんでしょうか?
福島県では事故後、農産物や海産物への放射性セシウムの検査体制を整え、 さらに農家の努力により、今では、山奥でとれる山菜などのほんの一部を除き、 放射性セシウムの基準値を下回っています。基準値を超える農産物や海産物は流通していないんですよ。
基準値があるということですから、それらを正しく判断していくことが重要だと思いました。ただ、一番放射線を受けているのが、食べ物というのは驚きでした。 岡田さんは、福島でも活動をされているんですか?
2011 年の福島第一原子力発電所の事故の後、福島県にはよく通いました。 JA福島の皆さんと一緒に、親子向けの食と放射線のバスツアーもしましたね。 放射線について知り、福島産の農産物の検査を実際に見学するそんな企画で、5年くらいしました。
地元の子供たちとも一緒に活動されているのですね。
福島ではたくさんの小学校で「放射線教室」もしました。学校の先生方もいきなり放射線教育をすることになって、大変だったんです。私はそこでたくさんの子供たちと先生方に出会いました。
放射線に興味を持った子供たちもたくさんいたのでしょうね!
そうなんですよ!子供たちは吸収力抜群です。その中の男の子が2020 年に私の大学の原子力安全工学科に入学したんですよ。驚きました。
岡田さんの取り組みを受けて、興味を持ったということですよね。さて、ここまで自然界から受ける放射線について、お話を伺ってきました。放射線は、自然界から受ける以外には、医療で利用されていると前回伺いましたが、その他には、どんなところに使われているんですか?
放射線は医療現場で利用されているほかに、皆さんの身近なところでは、 例えば、紙おむつ、これは放射線の力を使って、 水分をいっぱい吸収する材料を作っています。ここで注意しなければならないのは、放射線の力を使っているだけで、できた製品から放射線が出るということではありません。
火に強い防火カーテンや自動車などに使われている、熱に強いチューブなどもありますね。 新しい素材はたくさん研究され製品になっています。そうそう、放射線の通り抜ける力を利用しているものとして、一番身近なのは、空港の手荷物検査ですね。
珍しいところでは、製鉄所の鋼板、鉄の板を作る工程では、なくてはならないものです。 鉄は熱いうちに打て、ではないですが、灼熱の鉄を薄くしていくのですが、その厚みを測定するのに放射線を使っています。
医療や空港の手荷物検査など、本当に放射線は私たちの暮らしの中で、いろいろ利用されているんですね。
放射線とは、身近にあるもので、正しく知ればむやみに恐れるものではないということが、分かっていただければ嬉しいです。
食品だったり、空気だったり、身の回りに放射線はあるので、一概に危険だと思うのではなく、正しい知識を持って判断していくことが重要だとわかりました。
岡田さん、3回にわたってためになるお話をありがとうございました。
東京都市大学理工学部 原子力研究所・客員教授。
原子力委員会委員(非常勤)。
日本大学農獣医学部水産学科卒業。
千葉大学博士(理学)修得。高純度材料や考古学資料の微量元素の分析や、福島支援(20km圏内の放射性物質測定、放射線教育など)赤城大沼湖水の放射性物質の測定にも力を注いでいる。
SBSアナウンサー。
SBSラジオ「IPPO」(OA7-9時)の水曜・木曜日のパーソナリティー。
担当番組、SBSラジオ「日曜ヒマするあなたに送るヌンヌンヌーン」(日曜日)
SBSテレビ「お買い物いいね」(火曜日)、「しずおかびっくりテレビ」(土曜日)
JRN、JNN系列の優れたアナウンサーに贈られる第48回JRN・JNNアノンシスト賞テレビ「読みナレーション」部門で優秀賞を受賞。
趣味は、ドライブ・ドラム・ドラマを観ること。