特集 大井川とリニア

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リニア中央新幹線工事
「大井川の水問題」ってなに?

静岡新聞社

2019/12/27

 JR東海によるリニア中央新幹線の南アルプストンネル工事で、大井川の流量減少が問題になっているのはなぜでしょうか。

品川―名古屋
2027年部分開業目指す

リニア中央新幹線のルート
 ©静岡新聞社

 リニア中央新幹線は2037年をめどに東京・品川—大阪間の全線開通を目指しています。27年には品川—名古屋間が部分開業する予定で、直線に近いルートを採用しています。静岡県内では静岡市の北端部にある南アルプスを横切る計画です。南アルプスには大井川の起点があり、中下流域に住む人たちの水源になっています。



「特殊」なトンネル

 南アルプストンネルは山梨、静岡、長野の3県にまたがる全長約25キロの長大なトンネルで、三つの工区に分けて建設工事が行われます。静岡県内の区間は10・7キロ。トンネルは山梨県と長野県の東西の出入り口から掘り始めると同時に、静岡県内の南アルプス山中に造る非常口からも掘り進めることになっています。

静岡県が作成した南アルプストンネルの概念図
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 また、以下の3点で非常に特殊なトンネルになっています。

【特殊性①】異なる3水系を貫く

 南アルプストンネルは山梨県内の富士川水系、静岡県内の大井川水系、長野県内の天竜川水系という三つの異なる大きな水系を貫きます。建設中にトンネル内から湧き出た大井川水系の水が、トンネルの両端から外に出てしまうと大井川流域に戻ってきません。



【特殊性②】大井川の「下」を通る

 リニアは富士川や天竜川については橋の上を通過しますが、大井川は直下のトンネルを通ります。大規模な河川の水源の下を鉄道トンネルが横切るのは珍しいのです。大井川の水が直下にある断層を伝ってトンネル内に漏れ出す恐れがあるとされています。

南アルプストンネル断面図(タップで拡大表示)
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【特殊性③】複雑な地質で
水が浸透しやすい構造の可能性

 西側を中央構造線、東側を糸魚川ー静岡構造線と呼ばれる巨大な段層に区切られた南アルプスは年間数ミリずつ隆起し、地下には垂直方向の断層がたくさんあるとされます。断層には破砕帯と呼ばれる水が通りやすい部分が多く、水が浸透しやすい構造になっている可能性があります。ところが、これまでの地質調査では、どの程度、水が浸透しやすいのか詳細には分かっていません。

中央構造線と糸魚川―静岡構造線
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 では、トンネル工事にどんな課題があるのでしょうか。

トンネル湧水の県外流出が最大の懸案

 JR東海は、県境付近でトンネルがほかの工区のトンネルとつながるまでの間は、トンネル内に湧き出た水が山梨県と長野県に流出して大井川には戻らないと説明しています。トンネルを掘り進め、水を含む断層(破砕帯)にぶつかるとトンネル内に大量の水が湧き出ます(突発湧水)。

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 南アルプストンネルの工区は山梨、静岡、長野の各県に分かれています。JR東海は、標高の高い中央に位置する静岡工区は基本的に下り勾配で掘り進めることになると説明しています。一方で、下り勾配で掘ると、突発湧水が発生した場合にトンネル先端に水がたまって作業員が水没してしまう危険があります。静岡工区は突発湧水が発生しやすい箇所が複数あるとされ、作業員の安全を考慮すると下り勾配で掘り進められるか分からず、JR東海の説明は矛盾しています。

トンネル掘削の方法と湧水の流れ
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 静岡県内のトンネル区間は静岡工区のほかに山梨工区が1キロ、長野工区が700メートル含まれています。下り勾配で掘り進めることができないと、この区間は山梨県境や長野県境から静岡県内に入り込んで上り勾配で掘り進めることになり、トンネルがつながるまでの間、トンネル内に湧き出る水は標高の低い山梨、長野両県に流出します。静岡県はこの区間のトンネル湧水は元々、大井川水系の水資源だとして大井川に戻すよう求めています。

リニア中央新幹線 南アルプストンネル
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 静岡・山梨県境付近には大量の地下水がたまっている破砕帯(畑薙山断層)があるとされ、大井川の直下にも破砕帯がある可能性があります。水が流出する期間や水量はトンネルを掘ってみないと分かりません。流出するトンネル湧水は本来、大井川の水源にあった表流水と地下水なので、中下流域に届くはずの水が減ってしまうと静岡県の関係者は懸念しています。

静岡、山梨県境付近の地中断面図
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少しぐらい水が減っても大丈夫では?

大井川の水は生活や産業にフル活用

 全長168キロの大井川の流域には14カ所のダムと20カ所の水力発電所があります。発電に使われた表流水は農業用水、工業用水、上水道に再利用されます。また、島田、焼津、藤枝、吉田の3市1町に地下水を採取する井戸が約千本あり、流域の人々の生活、生業を支えています。

大井川流域図
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大井川下流域の用途別地下水利用量(2018年)
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焼津市吉永地区で大量に自噴する地下水。大井川下流域で地下水は住民の生活や企業の経済活動を支えている=9月
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常態化する取水制限

 大井川では渇水が頻発し、近年は水利用者に求められる節水期間が長期化しています。直近では2018年12月から19年5月にかけて147日間に及びました。1994年には節水率が50%に達し、牧之原台地の茶が枯れてしまいました。工業用水もあるため、節水は企業の生産活動も左右します。気候変動で時期によって降水量に偏りが出て、水量の調整が難しくなっていると指摘する利水者もいます。

水返せ運動

 明治時代から水力発電所が次々と建設されたため、大井川中流域の表流水は導水管に消えて河原に水が流れない状況となり、「河原砂漠」と呼ばれるようになりました。旧川根3町(本川根、中川根、川根)では80年代後半、官民による「水返せ運動」が熱を帯び、デモ行進や河川敷での決起集会につながりました。運動は国も動かし、発電ダムの水利権更新に合わせた河川維持流量の確保が求められるようになりました。水利権の更新年だった89年、中流部の塩郷えん堤から一定量の放流が決まり、2006年には上流部の田代ダムから富士川水系に流れ出ていた水の一部も取り戻しました。そうした歴史的経緯から、水問題に対する流域住民の意識が高いとされています。

「水返せ運動」の歴史
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河原に降り、砂利の堆積状況など大井川の変化を説明する「大井川を再生する会」のメンバー=8月上旬、川根本町
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水枯れの教訓

 掛川市では1999年、新東名高速道路粟ケ岳トンネルの工事中に出水が発生し、周辺で農業用水を採っていた沢が枯れたり、地下水を源とする簡易水道が断水したりしました。地元住民は工事後に十分な補償は得られなかったと感じていて、トンネル工事に関しては「補償の決め事なしに工事をすべきでない」との教訓を生かすよう求める声が上がっています。

粟ケ岳トンネル周辺の地図
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日本道路公団が茶園への引水のため設けたポンプ施設。実際に茶園に水を届けることなく老朽化した=8月下旬、掛川市倉真
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水量以外にも課題

 南アルプス近辺には重金属が含まれる地質もあり、残土に含まれる有害な重金属が一気に流出すれば、中下流域の利水に影響を及ぼしかねません。突発湧水の際に注入される薬液も水質に影響を与える懸念があります。また、トンネル掘削によって地下水位が低下したり、破砕帯にたまった水が減ったりすれば、上流部の貯水機能は低下します。

県がJR東海に求めた主な内容
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