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熱海土石流 盛り土、責任の所在は

 熱海市で7月に発生した大規模土石流で、熱海市と静岡県は起点の盛り土を造成した業者への対応について中間報告を行いました。業者の対応がずさんだったとはいえ、行政の過失も否めません。県と市は2021年度中に結論を出す予定ということですが、引き続き徹底的な調査が求められます。
 〈静岡新聞社編集局TEAM NEXT・石岡美来〉

盛り土工事の停止命令見送り 熱海市長「一定の安全性判断」

 熱海市伊豆山の大規模土石流で、熱海市と静岡県は18日、起点の盛り土を造成した業者への対応経緯に関する調査の中間報告を行った。斉藤栄熱海市長は、盛り土を造成した神奈川県小田原市の不動産管理会社(清算)に県土採取等規制条例に基づく措置命令の発出を見送った理由を「不十分ながら防災工事を実施し、一定の安全性が担保されたと判断した」と説明した。ただ、この工事は未完成で、行政責任については「第三者の判断が必要」と明言を避けた。

盛り土造成の経緯を説明する斉藤栄市長=18日午後、熱海市役所
盛り土造成の経緯を説明する斉藤栄市長=18日午後、熱海市役所
 市と県は起点の土地改変が始まった2007年4月以降、同社に対し同条例や森林法などに基づく行政指導を行った。しかし、同社は罰則が罰金20万円以下の同条例に基づく市の指導に従わないまま、11年2月に土地を現所有者に譲渡した。
 同条例では開発行為の面積が1ヘクタール未満の場合、申請の届け出先が市町になる。指導や命令の対象は届け出の提出者になるため、市は土地が譲渡された後も同社に土砂搬入の中止を要請した。それでも一向に回答が得られなかったため、11年6月に措置命令を視野に対応することを決めた。
 これに対し、同社は翌7月に土砂流出防止や排水対策、のり面崩壊などの対策を実施すると市に言明した。しかし、排水設備工事は完了せず、約2カ月で中止になったことが既に判明している。
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熱海市伊豆山の盛り土を巡る主な経緯

   斉藤市長は「今から思えば行政側の厳しい対応を避けるための巧妙な手口だったと言わざるを得ない。忸怩(じくじ)たる思いがあるが、当時の判断が誤っていたとまでは言えない」と述べた。
 一方、県庁で記者会見をした難波喬司副知事は市の対応について「命令を出す必要はあった」との見解を示した。その上で、同社が行政指導に従ってこなかった経緯に触れ「従っていれば今回の惨事は起きなかっただろうが、(命令に)業者が従っていたかは別問題だ」と指摘した。
 県と市は調査を継続し、12月に設置する第三者委員会に諮る。第三者委は行政の一連の対応が適切だったかどうか、本年度内に結論を出す予定。

盛り土の危険性 県庁内で認識されず 縦割り行政の弊害か

 熱海市の大規模土石流を巡っては、逢初(あいぞめ)川の砂防ダム(容量約7500立方メートル)上流に3万6千立方メートルの盛り土をする計画が市に出されていた。ただ、静岡県が18日に公表した公文書では、砂防ダムを所管する県熱海土木事務所が盛り土造成後に現地確認をほとんどせず、盛り土の危険性を十分認識していなかった可能性が浮き彫りになった。

記者会見で熱海市への業者の届け出は虚偽だった疑いがあると説明する難波喬司副知事(右)=18日午後、県庁
記者会見で熱海市への業者の届け出は虚偽だった疑いがあると説明する難波喬司副知事(右)=18日午後、県庁
 盛り土の行政手続きの権限を持つ同市は県の他部署と頻繁にやりとりしていたが、県の内部で情報が共有されず、縦割り行政の弊害が現れた格好だ。
 県の公表文書によると、県側の対応で前面に出たのは廃棄物交じりの土砂を調べた県東部健康福祉センターや、林地開発許可を担当する県東部農林事務所で、砂防を所管する県熱海土木事務所は砂防ダム増強などの対策を取っていなかった。
 難波喬司副知事は記者会見で「砂防ダムの容量をはるかに上回る量が盛り土されていれば、それが崩落することは考える必要がある」と述べ、関係職員への聴取や検証を今後進める考えを示した。

遺族ら「評価」と「憤り」 行政へ「誠実に被災者救済を」

 「(現旧土地所有者が)非常に悪質な業者だということが浮き彫りになった」「被害者に寄り添った対応とはまだまだ言えない」-。熱海市伊豆山の大規模土石流の起点となった盛り土を造成した業者などに対する静岡県や市の対応の経過が明らかになった18日。遺族や被災者でつくる「被害者の会」は公表資料の内容などに一定の評価をした上で、行政側の過失を改めて指摘し、今後のさらなる調査徹底を求めた。

静岡県と熱海市の発表を受け、記者会見する被害者の会の瀬下雄史会長(右)と弁護団の加藤博太郎共同代表=18日午後、東京都内
静岡県と熱海市の発表を受け、記者会見する被害者の会の瀬下雄史会長(右)と弁護団の加藤博太郎共同代表=18日午後、東京都内
 県と市の公文書公表を受け、都内で記者会見した瀬下雄史会長(53)=千葉県=は「公明正大といえる資料が出てきて安心した」と受け止めつつ、行政側には「重大な過失があったと言わざるを得ない」との考えを改めて強調。「責任を誠実に認めた上での総括が出てくることを切に願う」と語った。
 現旧所有者などへの損害賠償請求訴訟や刑事告訴に与える影響について、「資料から『加害者側』の悪意などが浮き彫りになった。われわれにとっては非常に有利な情報になる」と期待した。
 「責任追及に向け、大きく進める一歩になった」と捉えた弁護団共同代表の加藤博太郎弁護士は行政を提訴する可能性はあるとしながらも、「ただちに法廷で戦うというよりも、行政には真摯(しんし)な対応で被災者の救済をしっかり進めてほしい」と述べた。
 土石流で自宅を失った太田滋副会長(65)は斉藤栄市長が市役所で行った記者会見を傍聴し、「業者とのやりとりがもっと明らかになると期待していたので残念」と漏らした。次回の調査報告の時期などが明らかにされていない現状を挙げ「県と市で責任のなすりつけ合いをしている感じも否めない。被害者に寄り添うためにも、より具体的な説明を徹底してほしい」と願った。
 一方、現土地所有者の代理人は県と市の公文書公表などについて「現所有者への聴取を一切経ておらず誠に遺憾。指導に従い、盛り土の土地を購入してから土石流発生まで工事は一切していない」と反論する声明を出した。

 ■届け出時点で内容虚偽か 県と市、行政手続き確認
 熱海市伊豆山の大規模土石流で、県は18日、盛り土の造成に際して県と同市の行政手続きの確認結果を公表した。開発した神奈川県小田原市の不動産管理会社(清算)が2009年12月、市に提出した盛り土造成に関する計画の変更届で、県が土石流発生後に算出して判明した許容量の4~6倍を投入できるとする内容が示されていたことを明らかにした。
 盛り土を巡っては、県土採取等規制条例に基づき提出された計画の高さを大幅に超えて造成されていたことが既に判明しているが、届け出の時点でずさんだった可能性がある。県は届け出内容は虚偽だった疑いがあるとみている。
 難波喬司副知事が同日、記者会見して明らかにした。県によると、07年4月、同条例に基づく業者からの申請を同市が受理し造成が可能になった。しかし法令違反や工期が過ぎるなどしていたことから同市が指導した。
 これを受け、業者は計画の変更届を提出。工期を延長するなどした一方、盛り土の搬入量は約3万6千立方メートルとした。県が今年9月に地形から算出したところ、約6千~8500立方メートルしか入らないことが分かった。見落とされて受理されていた。
 現地では当初、宅地造成を計画していたが、08年9月、面積1ヘクタール未満の残土処理場として計画が変更された。高さや量が届け出を大幅に超える規模で、複数の業者が残土や廃棄物を投入していた。締め固められず、緩い状態で09~11年にかけて、盛り土の崩落が何度も起きていたという。
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県の確認作業で判明したポイント

 確認作業で判明した事実については、今後発足させる検証委員会に報告し、年度内に結果をまとめる。難波副知事は「ずさんな届け出や工事をした業者に責任があるが、見抜けなかったところが(盛り土崩落に至った)一つの分水嶺(れい)と考えている。関係者への聞き取りなどを行い、検証する」と話した。

10月10日、発生から100日 いまだ1人行方不明

 熱海市伊豆山の大規模土石流発生から100日目となった10日、市は現場近くの伊豆山小で犠牲者26人の追悼式を行った。遺族や市、静岡県、捜索関係者ら約80人が参列し、犠牲者の冥福を祈った。遺族は癒えることのない心の傷を抱えて生活することの苦しさを吐露した。

土石流の犠牲者を悼み、献花台に花を手向ける遺族=10日午前、熱海市の伊豆山小
土石流の犠牲者を悼み、献花台に花を手向ける遺族=10日午前、熱海市の伊豆山小
 土石流は7月3日に発生した。26人のほか、9月には土砂搬出に当たっていた建設作業員1人も事故死した。現場では行方不明になっている太田和子さんの捜索が続いている。
 追悼式で斉藤栄市長は「最愛の家族を亡くされた遺族に思いを致すと胸が張り裂ける思い」と述べ、「歴史ある美しい伊豆山を取り戻す。地域と一丸となり必ずこの困難を乗り越える」と誓った。
 川勝平太知事は「復興に全力で取り組み、安全な地域づくりに努める」と強調。被災者の長期的な受け入れ先となる県営七尾団地の建て替え、逢初(あいぞめ)川下流域の復旧、不適切工事を抑止するための県土採取等規制条例の抜本的見直しを進めるとした。
 参列者は献花台に花を手向けた。遺影を手にした幼い子どもの姿もあった。娘を亡くした小磯栄一さん(74)は「壊れた家は直せるが、娘はもう帰ってこない。精神的にも肉体的にも疲れ切っている。まだ前には進めない」と語った。
 母を亡くし、三島市内の応急仮設住宅で暮らす鈴木仁史さん(56)は「母を連れて避難できなかったことが今も悔しくてならない。この気持ちは一生続くだろう」と無念さをにじませた。
 式終了後には一般の献花も受け入れ、知人や友人を失った住民らが次々に訪れ、祭壇に手を合わせた。