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〈 清水教会保存問題 問うものは 〉

 築90年近くが経過した静岡市清水区のカトリック清水教会を取り壊すか、保存するか、地元で議論になっています。戦禍を耐えた戦争遺産という側面もある貴重な文化財。議論は、地域の歴史的建造物を後世にどう伝えるかという課題を私たちに投げかけています。
 〈静岡新聞社編集局TEAM NEXT・尾原崇也〉

取り壊し決定から1年経過 日程決まらず宙に浮いたまま

 築90年近くが経過し、耐震基準を満たしていない木造のカトリック清水教会(静岡市清水区)について、カトリック横浜司教区が昨夏取り壊しを決め1年余り。地域住民らが保存を求め続けるなか、工事の日程は決まらず、取り壊しは宙に浮いたままになっている。戦争遺産としての側面もあり、地域と所有者は対話加速が必要だ。

カトリック横浜司教区が解体を決めた一方、地域住民らが保存を求めているゴシック様式の「カトリック清水教会」=静岡市清水区
カトリック横浜司教区が解体を決めた一方、地域住民らが保存を求めているゴシック様式の「カトリック清水教会」=静岡市清水区
 欧州の教会は石やれんが造りだが、専門家は「清水教会は西洋の伝統的な建築形式を『翻訳』して、日本の木造技術を生かして造られている」と話す。二つの鐘楼とゴシック様式が特徴的だ。
 清水教会は1945年7月の空襲や艦砲射撃を免れ、多くの負傷者の救護所にもなった。6千世帯、1万2千人を擁する文教地区の岡地区連合自治会の小林靖明会長(76)は「地元の多くが保存派。港町の雰囲気を伝える建造物として清水港に寄港するクルーズ船の外国人客にもアピールできる」と話す。署名も約8千筆を集めた。
 静岡市文化財課によると、市内には市役所本館(あおい塔)など計36の国登録有形文化財があり、担当者は「カトリック清水教会も所有者の申請で登録が認められる可能性は十分ある」と話す。
 一方、7月上旬に田辺信宏市長らが横浜司教区に赴いた際には、津波や洪水のハザードマップで清水教会の目の前まで浸水することや、教会建物敷地を含め司教区が保有する周辺の土地全体の利用方法などを理由に建て替えの方針に変更がないことが示された。ただ、「取り壊しに反対する声にもしっかり耳を傾けております」との話もあったという。
 文化庁の担当者によれば、各種助成や税制上の優遇措置を受けられる国登録有形文化財への登録申請は日本の場合、所有権者のみ許される。担当者は「抜本的な解決策を探ろうとすれば、行政やNPO法人などの第三者が買い取る方法しかないのではないか」と取材に対し述べた。
 陣内秀信法政大特任教授(イタリア建築史)は、古い建物やリノベーションの価値を理解してもらうため「当事者同士が対話を続けることが重要」と話す。その上で日本の場合、所有権を重視するあまり歴史的建造物を継承するための都市計画や文化財保護の制度が世界と比べ遅れている、と指摘した。
 地域の歴史的建築物は“誰のもの”か―。清水教会の保存問題が県内での議論のきっかけになればと思う。
 〈2021.9.19 あなたの静岡新聞「解説・主張しずおか」〉

どんな建物? ゴシック様式の「異国御殿」 戦後に保育園開園も

 静岡市清水区、エスパルスドリームプラザから西に上がる道路沿いに、ゴシック様式を基調としたロマネスク風の木造の教会堂がある。

鐘楼がそびえるカトリック清水教会
鐘楼がそびえるカトリック清水教会
 バシリカ型3回廊式で、外壁はモルタル擬石塗りである。入り口を入ると玄関を挟んで告解室、階段室を設け、2階に小規模な聖歌隊席があり、さらにはしごを上ると鐘楼に達する。内部は、丸柱で支えられた尖塔型交差リブヴォールトの天井で、尖塔アーチ型の窓および丸窓を配している。しっくいが塗られた空間は明るい。会衆席の身廊部分が畳敷き、側廊部分が椅子席となっており、空間的には両者が区別なく一体となっている。祭壇中央には、ル・ドラエ神父の故郷のブローニュ市民から寄贈された聖母像が飾られている。
 かつてこの場所には徳川家康の休養所の浜御殿があった。岡清水の高台からの眺望は、東北の方向に富士山を望み、三保の松原の緑を海に映し、眼下には巴川の流れを見る三重の景観は、あたかも水郷の観であったと思われる。
 銅板葺[ぶ]きの尖塔は太陽に輝き、ステンドグラス窓の鐘楼がそびえる。清水では初めてのエキゾチックな建物として、見物に来る人も多く、地元では異国の御殿が建ったと、うわさしあったという。
 戦後の混乱期には、働く母親を助ける保育所として清水聖母保育園が開園され、現在までに多くの卒園生が巣立っている。清水のボーイスカウト、ガールスカウトの活動の歴史を語る重要な拠点でもある。
 (川嶋章弘・県建築士会、静岡市清水区在住)
<メモ>1935年竣工。木造平屋建て一部2階建て。延べ205平方メートル。静岡市清水区岡町。現在も使用中。
 〈2011.3.24 静岡新聞夕刊 連載「しずおか建築うんちく」〉
※肩書は掲載当時のものです。

再建か保存か 議論は2015年から

 静岡市清水区の中心地に立つ築82年(※2017年時点)の木造建築「カトリック清水教会」の取り壊しか保存かを巡り、教会メンバーと市民団体らの間で方針が揺れている。教会は耐震基準を満たさないため、早急な対策が必要。これを機にバリアフリーで使い勝手の良い教会にと考える建て替え派と、歴史的価値を訴える保存派で意見が割れている。

教会の建築様式を説明し、文化財としての価値を訴える土屋和男教授=静岡市清水区のカトリック清水教会
教会の建築様式を説明し、文化財としての価値を訴える土屋和男教授=静岡市清水区のカトリック清水教会
 教会は1935年にフランス人神父が建設し、尖塔(せんとう)アーチ型が窓や天井など随所に見られるゴシック様式が特徴。戦災を免れ、県内に残る伝統的な五つの教会建築のうちの一つといわれている。
 神父や信者らでつくる教会メンバーは老朽化や耐震性不足などから2015年に建て替えの検討を始めた。その中で調査を依頼した専門家が歴史的価値を指摘。以来、専門家や市民団体を中心に保存を望む声が高まっている。
 市民団体の一つ、静岡市内外の名建築を訪れ、文化や歴史を学び楽しむ「たてもの文化倶楽部」は10月末(※2017年10月)、同教会の魅力と文化的価値を伝えようと見学会を開いた。建築史専門の土屋和男常葉大教授(49)は「教会建築の様式を踏襲し、日本の木造建築技術で実現している点に文化財としての価値がある」と説明。中心市街地に立地し、多くの市民の目に留まる特徴的な景観にも触れ「間違いなく価値があり、保存すべき建物」と訴えた。
 同倶楽部などは募金活動を行い、保存にかかる費用を賄うことを検討している。
 建て替えか保存かの最終判断は教会メンバーの意向をくんでカトリック横浜司教区が行う。10月下旬に開かれた教会の総会では意見がまとまらなかった。教会メンバーの稲毛智恵子さん(72)は「日常的に使っていたので貴重な建物だと知らなかった。残したいと思うが、使いやすい新しい教会を建てたいという夢もあり、結論を出すのは難しい」と苦しい胸の内を明かす。高橋慎一神父(58)は「教会運営に一番良い形に落ち着くよう引き続きみんなで話し合いたい」と語った。
 〈2017.11.24 静岡新聞夕刊〉

戦争体験を伝える催しがたびたび開催されてきた

 静岡市清水区の岡地区連合自治会、清水さつき会などは29日(※2018年9月29日)、1945年7月の清水空襲体験者の証言を聞く座談会を同区のカトリック清水教会で開いた。同地区で戦火を免れた数少ない建造物である教会を平和遺産として後生に残し伝えていく活動の一環。

清水空襲の体験を語る橋本さん(右)と片山さん(中央)=静岡市清水区のカトリック清水教会
清水空襲の体験を語る橋本さん(右)と片山さん(中央)=静岡市清水区のカトリック清水教会
 地域住民ら約50人が参加し、旧清水市出身の橋本不二夫さん(85)と片山清已さん(83)の空襲の体験談に耳を傾けた。片山さんは、B29の焼夷(しょうい)弾で清水の街が一瞬で焦土と化した様子を鮮明に語り「本当に戦争というのは残酷なもの」と強調した。橋本さんの自宅には焼夷弾が直撃したそうで、「翌朝には灰しか残っていなかった」と振り返った。参加者からも、子ども用の防空壕(ごう)に砲弾が直撃した話など、戦争の惨状を伝える証言が語られた。
 清水さつき会の松野俊朗会長は「周辺でほとんど唯一焼け残ったこの教会はいわば平和遺産。その場所で戦争を語り継ぐことは大変意義深いこと」と話した。
 〈2018.10.2 静岡新聞朝刊〉