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〈 伊豆「自転車の聖地」定着なるか 〉

 東京五輪・パラリンピックで自転車競技が開催された伊豆地域。大会終了後に「自転車の聖地」を根付かせるためには何が必要なのでしょうか。自転車熱をレガシー(遺産)として継続させるためのヒントになる記事を4本集めました。
 〈静岡新聞社編集局TEAM NEXT・石岡美来〉

充実した環境活用を レガシー継承へ連携が鍵

 コロナ禍で異例ずくめとなった東京五輪・パラリンピックが閉幕した。自転車競技の主会場となった伊豆市の日本サイクルスポーツセンター(CSC)では五輪とパラで計13日間、白熱のレースが繰り広げられた。観客の上限設定や無観客での開催で盛り上がりが限定的になる中、関係者が目指したレガシー(遺産)の創出を長期的視点で将来へ継承していけるか、一時の盛り上がりで終わるかは関係機関それぞれの本気度にかかっている。

女子オムニアムで、銀メダルに決まり自転車を掲げて喜ぶ梶原悠未選手=伊豆市の伊豆ベロドローム
女子オムニアムで、銀メダルに決まり自転車を掲げて喜ぶ梶原悠未選手=伊豆市の伊豆ベロドローム
 「五輪の自転車競技で日本人メダリストが誕生したのは国内で伊豆だけ。大きな歴史を残してくれた」。五輪最終日の8月8日、自転車競技女子オムニアムで梶原悠未選手が銀メダルを獲得したことを受け、緊急記者会見を開いた菊地豊伊豆市長は興奮気味に語った。感染拡大に伴う大会の1年延期に始まり、流動的な社会情勢に振り回されながら準備を進めてきた地元開催での日本人選手の快挙に、賛辞とともに今後の自転車まちづくりの重要性も指摘した。
 競技会場となった伊豆ベロドロームとマウンテンバイクコースを有するCSCと、隣接する日本競輪選手養成所を含めて自転車競技の設備がこれだけ充実している自治体は「世界的にも珍しい」(CSC関係者)という。しかし、まだ競技関係者だけに限られた認識との印象を受ける。一般市民へ周知するために、五輪パラの地元開催や梶原選手のメダル獲得は逃してはいけない追い風といえる。
 五輪パラ関連事業の一環で市は本年度、サイクリスト受け入れ拠点施設の整備を進めている。民間事業者に1千万円を助成し、自転車整備に加えて宿泊や飲食ができる施設を設ける。市によると、市内に自転車店がないため、サイクリストが気軽に立ち寄って愛好家同士の交流促進を生み出す場としての活用も期待される。
 佐藤信太郎副市長は県職員時代に関わった2019年ラグビーワールドカップの本県開催と今回の五輪パラを比較して「制約が多く、直前まで振り回された」と振り返る。開催地としての今後の責務に触れ「まだレガシーの種や苗をもらったにすぎず、放置すれば枯れてしまう。少しずつでも育てていくことが重要」と強調する。
 CSC、行政、民間それぞれ単体では取り組みの幅や規模に限界がある。枠を超えた連携が継続的に行われてこそ、聖地と呼ばれるにふさわしい。
〈2021.9.12 あなたの静岡新聞〉

競技力強化と振興 聖地づくりに必須

 静岡県が舞台になった自転車競技。五輪は観客を入れた貴重な会場になり、ロードレース、マウンテンバイク(MTB)、トラックを計2万人が観戦した。目の前を猛スピードで疾走する世界のトップ選手に目を輝かせる子供の姿もあった。

静岡県を舞台に開催された五輪自転車競技の(上から右回りに)ロードレース、トラック、マウンテンバイク
静岡県を舞台に開催された五輪自転車競技の(上から右回りに)ロードレース、トラック、マウンテンバイク
  「レガシー(遺産)に強化・育成は必須。大会が自転車で世界を目指すきっかけになってほしい」。女子ロードレースで五輪3大会連続出場の沖美穂さん(47)=JKA、裾野市=や、男子MTBアジア大会覇者の宇田川聡仁さん(42)=ブリヂストン、伊東市出身=ら元トップ選手はその光景に、選手育成への思いを口にした。
  静岡県開催のレガシーに掲げられた「自転車の聖地創出」。県東部では底辺拡大やサイクリング振興が進められた。特に五輪ロードレースは御殿場、裾野、小山の3市町の美しい風景が全世界に配信され“五輪ブランド”になった。コースを訪れるサイクリストも増えている。裾野市の高村謙二市長は男子が走行した、普段は自転車が通れない有料道路「南富士エバーグリーンライン」を使い「プレミアム感を出した大会やイベントの誘致に、県や御殿場市、小山町と協力して取り組みたい」と意気込む。
  一方、聖地に見合う競技力の強化も欠かせない。県自転車競技連盟理事長で、日本連盟会長も務める松村正之氏(66)は「競技者を増やし、スポーツの部分のレガシーを残さなければ」と指摘する。
  開催決定から5年半で土台は固まりつつある。トラックは会場の伊豆ベロドローム(伊豆市)が強化拠点になり有力選手やプロチームが周辺に移転。2年前から伊豆の国市で活動する梶原悠未(24)=筑波大院=が女子オムニアムで日本勢唯一の銀メダルに輝いた。今もパリ五輪を目指す選手が練習に励む。
  同じく日本サイクルスポーツセンター内にあるMTBコースも存続し、県は来春にも国際大会を開催する計画だ。同センターの野田尚宏・競技振興課長(48)は「隣接する日本競輪選手養成所も含め、これだけ施設が充実している地域は世界的にも珍しい。認知をさらに広げていく必要がある」と話す。
  コロナ禍に水を差されはしたが、これまでは開催地として一定の盛り上がりがあった。ただ、レガシー創出は“熱気”が冷めたこれからが本番。県や市町、競技団体が連携し聖地への歩みを続けられるか、真価が問われる。
〈2021.9.9 静岡新聞朝刊〉

富士山望む好環境 海外へのアピールにも

 雪化粧した富士山を横目にサイクリストが疾走する。2月に御殿場市などで開かれたイベント。「ドーンと構える姿に安らぎを感じる。リフレッシュできる」。25年以上前から自転車に親しむ関口章さん(72)=同市=は愛好家にとっての富士山麓の魅力を語る。

富士山麓を走るサイクリスト。御殿場市は世界のアマチュアサイクリストが参加する国際大会開催を目指す=同市
富士山麓を走るサイクリスト。御殿場市は世界のアマチュアサイクリストが参加する国際大会開催を目指す=同市
  霊峰がそびえる環境は、以前からサイクリストの憧れの地だった。東京五輪自転車ロードレースの舞台になり、価値はさらに高まった。市は自転車を核にした地域振興に注力し、新たに始めたイベントには全国から愛好家が集まる。
  視線は海外に向かい、自転車競技の本場である欧州をはじめ各国から愛好家を呼び込む。世界のアマチュアサイクリストが集う国際大会の2022年度開催を目指し、21年度はメディアや旅行関係者らによるプレ大会を計画する。予算案に実行委員会への補助金1千万円を計上した。
  「地域の良さを伝える機会を設ける」と市観光交流課の担当者。参加者に母国で御殿場の魅力を伝えてもらい、さらなる来訪者増加につなげる算段だ。
  キャッシュレス対応や案内の多言語化といった外国人客の受け入れ態勢は、「大型施設は進んでいるが、個店は遅れている」(観光関係者)。滞在中の満足度を高めるには、市全体の受け入れ態勢の底上げが求められる。市は事業者向け語学研修開催や国の補助事業の紹介によって環境整備を進めるという。
  東京五輪・パラリンピックを契機にスポーツ振興に取り組む市町は多い。御殿場市と同じく自転車競技会場になる伊豆市は、大会推進に6100万円を計上し、自転車を活用したまちづくりの拠点整備などに当たる。フェンシング日本代表の五輪事前合宿地の沼津市は専用競技場開設など競技振興に2550万円を充てる。プロサイクリングチームが活動する富士市は市内での自転車ロードレース開催に向け負担金1100万円を盛り込む。
  コロナ禍の長期化で従来の華やかな祭典は望めそうにない。それでも、大会を地域振興の好機と捉える各市町は遺産(レガシー)づくりに挑む。
〈2021.3.3 静岡新聞朝刊〉

聖地づくりに必要なことは? 元選手・沖美穂さんに聞く

 インタビュー 元五輪自転車女子ロードレース選手 沖美穂氏
 自転車女子ロードレースで五輪3大会に出場。日本競輪学校(現名称・日本競輪選手養成所)初の女性教官を歴任し、現在は競輪とオートレースを総括する公益財団法人JKAが伊豆市に設ける自転車競技振興室に勤務する。静岡県サイクルスポーツの聖地創造会議の委員などを務め、東京五輪・パラリンピックを契機とした県内の自転車活用の指針づくりにも関わる。

  -現在の役割は。
  「JKAが進める競技者層の拡大や競技振興の業務として、東京五輪を控えた今は代表選手の練習環境の確保、調整の仕事に携わっている。やはり競技に親しむ人の裾野を広げていくのが目標。自転車は小さな頃から誰もが触れ、始めやすく長く続けられるスポーツだと思う。日本サイクルスポーツセンター(伊豆市)をはじめ、さまざまな団体と一緒に地域密着の取り組みの中で競技者を増やしていきたい」
  -本県が五輪・パラリンピック自転車競技の開催地となった意義は。
  「五輪で男子ロードレースを大会初日に行う理由として、レース映像を通じて開催地がどんな国かを見せるため、という話を聞いたことがある。東京大会では富士スピードウエイ(小山町)のゴールを目指して富士山の眺望が何度も映し出され、日本の象徴的な景観として静岡県が発信されるはず。海外客は受け入れられないが、訪れる選手やスタッフに県内の良さを感じ、自国で伝えてもらうことにも価値がある」
  -自転車の聖地づくりに必要なことは。
  「日本競輪選手養成所と隣接する日本サイクルスポーツセンターの敷地内で、伊豆ベロドロームを含めて計5種類のバンク(トラック)がある。1カ所でこれだけの数は世界でもまれなこと。ロードレースやマウンテンバイクの競技もでき、こんなに素晴らしい環境はない。競技者に向けた大会の開催に加え、他競技の選手が自転車を活用して交流する拠点とするなど、幅広い人に認識してもらう取り組みが必要。それには競技団体や行政がしっかりと協働しないと発展にはつながらないと思う」
  -今後果たしたい役割について。
  「2017年から2年間通った順天堂大大学院で女子選手のサドルソワーズ(股ずれ)の問題を研究し、現在は養成所の女子生徒に予防指導などを行っている。自転車競技を多くの人が快適に楽しめる手助けを担いたい」

  おき・みほ 北海道出身。自転車ロードレースの全日本選手権11連覇、日本人女子選手初の欧州プロチーム契約などを果たした。五輪での最高は2004年アテネ大会の20位。裾野市在住。47歳。
〈2021.4.11 静岡新聞朝刊〉