知っとこ 旬な話題を深堀り、分かりやすく。静岡の今がよく見えてきます

異色コーチ 伊藤美誠さん偉業の陰に

 東京五輪卓球の混合ダブルスで金メダル、女子シングルスで日本初の銅メダルを獲得した伊藤美誠さん。その陰には専属コーチとして8年間支えてきた松崎太佑さんの存在がありました。実は、松崎コーチは選手としての実績はありません。どのような指導で伊藤選手をここまで導いたのでしょう。過去の記事からまとめます。
 〈静岡新聞社編集局TEAMNEXT・安達美佑〉

研究、分析に心血 注ぎ続けた熱意と時間

 卓球の伊藤美誠(スターツ、磐田市出身)が29日、東京五輪のシングルスで日本女子初の銅メダルを獲得した。混合ダブルスの金に続く偉業を支えた松崎太佑コーチ(37)=浜松市出身=は、3位決定戦で勝利を決めた伊藤と“腕タッチ”で喜びを共有した。「勝った瞬間はうれしかったが、すぐに悔しさがぶり返してきた。優勝を目指してやってきたので喜び30%、悔しさ70%」。伊藤の心中を察し、松崎コーチは快挙を静かに振り返った。

卓球女子シングルスで銅メダルを獲得した伊藤美誠とともに笑顔で手を振る松崎太佑コーチ(左)=29日夜、東京体育館(写真部・久保田竜平)
卓球女子シングルスで銅メダルを獲得した伊藤美誠とともに笑顔で手を振る松崎太佑コーチ(左)=29日夜、東京体育館(写真部・久保田竜平)
 準決勝で孫穎莎(中国)に敗れた伊藤はあまりの悔しさに涙を流した。7時間後の3位決定戦へ、モチベーションが上がらない姿を見た松崎コーチは「今負けたことは忘れて、次が決勝だと思えばいい」と冗談混じりに提案。「そんなこと思えないよ」と反論されたが、気持ちを切り替えるきっかけを与えた。
 伊藤が中学進学を機に、大阪に拠点を移した時から専属コーチを務める。出会いは伊藤が5歳のころ。「子どもと接するのが好きだった」と、出身の豊田町卓球スポーツ少年団で指導を始めた。伊藤が小4の時に練習相手を務めるようになり、専属コーチになって8年、伊藤の指導に注ぎ続けた熱意と時間は、世界ランク2位として実を結んだ。
 中国出身者や元日本代表のコーチが多い中、松崎コーチの存在は異色だ。選手としての実績はない。自身の経験をもとに助言できない分、研究、分析に心血を注いだ。その熱意は水谷隼(木下グループ、磐田市出身)も一目置くほどだ。
 コロナ禍で大会が中止となり、気持ちが沈みがちだった伊藤。松崎コーチは「(戦う)相手が見えないこと、練習が試合に勝つために結び付かないことが面白くないのかな」と、ゲーム練習を取り入れるなど練習内容に工夫を凝らし、オフには近くの山へ連れ出すなど細やかな気遣いで伊藤を支えた。厚い信頼と絆で結ばれた二人で、日本女子卓球界初のシングルスのメダルをつかみ取った。

躍進の鍵「考える力」の強化

 卓球の東京五輪女子代表の伊藤美誠(スターツ、磐田市出身)を支える松崎太佑コーチ(37)=浜松市出身=が五輪に向けて練習に励む伊藤の近況や、世界ランク2位へ躍進の理由を明かした。コロナ禍の収束が見通せない中でも「(五輪開催可否は)僕らにはどうしようもない。開催された時に優勝できるよう一日一日を過ごしている」と前向きだ。

全日本卓球選手権で伊藤(左)に付きそう松崎コーチ=1月、丸善インテックアリーナ大阪
全日本卓球選手権で伊藤(左)に付きそう松崎コーチ=1月、丸善インテックアリーナ大阪

 ■安定した強さ
 伊藤は3月にドーハで行われた国際大会で2連勝。中国勢不在とは言え、松崎コーチは「大会前半は調子が上がらない中で、勝ちきって優勝できた」と手応えを得た。「100%の力が上がっている分、調子が悪くても、50%の力でも勝ちきることができるようになっている」
 リオデジャネイロ五輪後から鍛えてきた基本技術と、伊藤自らの考える力が養われたことが強さにつながっていると言う。松崎コーチならではの指導方針で「本人の考える力」を強化し、自立を促してきた。「試合中はタイムやセット間にコーチと話すが、9割は選手が自分で考えなければならない。強い選手には考える力がある」
 昨春の自粛期間も有効に使った。大阪を拠点に関西学生王者の男子2人と2対1で打ち合うなど、ラリー力を磨いた。「男子と2対1で対等は無理だが、不利な状態での練習を多くさせてマックスを上げている」。打ち込みを重ね、伊藤の右腕は前年のユニホームが着られなくなるほど太くなり、打球の強さや質も上がった。

 ■独創性を重視
 伊藤の独創性も大切にしている。「基本は身に付けつつ他の部分は美誠のセンス、自由にやっている。足の使い方などは練習で固めるがスイングは自由。指導したら普通になってしまう」。変幻自在のサーブを生み出すのも独特の練習だ。伊藤のサーブ練習は「再現性を求めない」のが特徴。ある時は好きな韓国のアイドルグループの音楽を流し、踊りながら練習する。突然思いついた新しいサーブを、すかさず試合で使ってしまうという。
 ライバル中国は孫穎莎ら伊藤の同年代が力を付けている。「強くなっただけでなく、幅を広げている。攻撃力に加え守備力、台上の細かい部分がうまくなっている」。中国勢との対戦がないまま本番を迎える可能性もあるが、不安はない。「リオ後から相手の対策より、試合で勝つために美誠が何をすべきかを考えるようになった。美誠次第で誰にでも勝つし誰にでも負ける」
 リオ五輪までに80冊を書きためた「松崎ノート」。以前は相手の対策を記録することが多かったが、最近はあまりノートに頼らなくなった。「卓球は相手があるスポーツ。以前は効果があったことでも今は逆かもしれない」。過去の成功体験に縛られることなく常に進化を求めている。

 ■静岡を盛り上げる
 水谷隼(木下グループ、磐田市出身)と組む混合ダブルスの調整も順調という。「水谷選手も五輪に向けてエンジンが掛かってきた。美誠、水谷組は男子2人とのゲーム練習でも勝っている」。松崎コーチが豊田町卓球スポーツ少年団で教えていたころから良く知る2人。「同じクラブから一緒に五輪に出て、ミックスを組むのは奇跡に近い。その上メダルが取れたら、静岡の卓球も盛り上がると思う」と楽しみにする。

 松崎太佑(まつざき・たいすけ)氏 1984年1月4日生まれ。浜松市出身。浜松商高、静岡理工科大出。豊田町卓球スポーツ少年団で伊藤が5歳のころ出会い、小4から練習相手を務める。現在は卓球日本代表・伊藤担当コーチ。大阪市在住。
 〈2021.5.18 あなたの静岡新聞〉
 ※記載内容はすべて掲載日時点

「松崎ノート」 3年間で60冊以上

 〈2016年のリオデジャネイロ五輪、日本卓球女子は団体で銅メダルを獲得した。当時15歳の伊藤は卓球の五輪史上最年少のメダリストとなった〉

練習内容や対戦相手の情報が細かく書き込まれている「松崎ノート」
練習内容や対戦相手の情報が細かく書き込まれている「松崎ノート」

 15歳の躍進は、80冊の「ノート」が支えてきた。卓球女子団体の3位決定戦に臨んだ初出場の伊藤美誠選手(15)=スターツ、磐田市出身=は、専属コーチが毎日書き続けるノートとともに成長、進化をしてきた。
 準決勝までの3試合、伊藤選手は福原愛選手(ANA)とダブルスを組んだ。試合前には対戦相手の特徴などを書き込んだお互いのノートを確認し合い、連係強化や意思疎通を図っている。
  伊藤選手のノートは、磐田市立北小から昇陽中(大阪)に進学して以来専属コーチを務める松崎太佑さん(32)=浜松市東区出身=が書いたものだ。松崎コーチは静岡理工科大出身で発光ダイオード(LED)検査装置の開発会社に勤務した経験があり、情報処理、分析能力にたけていた。磐田市の豊田町卓球スポーツ少年団のコーチ時代から研究熱心で、「1年で365日は卓球の動画を見る」と話すほどだ。
  伊藤選手の練習や試合中、松崎コーチは忙しくペンを走らせる。得点や失点場面、戦術、次戦の対策、練習内容、体調面に至るまでとにかく何でも書き留める。4月からはタブレット端末の手書き入力に変えたが、それでもノートは3年間で60冊以上になった。
  それとは別に、対戦経験から得たライバルの攻略法を記した試合の対策用も20冊以上ある。「頭では覚えきれないので、書いた方がいい。サラリーマンの経験ですかね」と言って笑う。国際卓球連盟(ITTF)のホームページの世界ランキング上位者を紹介するページには、ノートを見詰める伊藤選手の写真がある。それこそが「松崎ノート」だ。
  「練習メニューなどは美誠に考えさせている。どういう風に考えるかを教えるのが自分の仕事」と松崎コーチ。伊藤選手は初の五輪でも普段通りのプレーを見せてきた。コーチの目には「美誠は小さな頃から、超がつくほどの負けず嫌い。強かったけど、こんなに早く五輪に出るとは思ってなかった」と教え子の成長が頼もしく映る。
 〈2016.8.17 静岡新聞朝刊〉
※記載内容はすべて掲載日時点

練習相手を務め始めたのは美誠の小学生時代

 〈松崎コーチが伊藤選手の練習相手を務めるようになったのは、伊藤選手が小4のころ。その2年前、既に周囲の注目を集めていた伊藤選手の活躍ぶりを伝える記事をご紹介します〉

金メダルを鈴木市長(当時)に見せる伊藤美誠さん。左は母美乃りさん=磐田市役所
金メダルを鈴木市長(当時)に見せる伊藤美誠さん。左は母美乃りさん=磐田市役所

 磐田北小二年の伊藤美誠(みま)さん(7つ)=豊田卓球スポ少=が卓球の小学生全国大会団体戦で優勝し、十一日、市役所を訪れ、鈴木望市長や杉山元市体協会長に結果報告した。
  伊藤さんは称賛の言葉にはにかみながらも幼時から卓球がとても好きだったことを話し、「(去年は三位だった)夏の個人戦も優勝したい」と力強く語った。
  三月末に仙台市で開かれた第五回全国ホープス選抜大会に、県選抜チーム(五人)の最年少選手として出場した。伊藤さんの出場わく「三年生以下」は試合の一番手。伊藤さんは予選リーグ、決勝トーナメントともすべて勝ち、チームを勢いづけた。
  柴田明久監督は「決勝トーナメント初戦の対東京で、はつらつと実力を発揮し、昨年の個人全国二位の子に勝てたのがよかった」と、優勝への伊藤さんの貢献の大きさを紹介した。鈴木市長は「お父さん、お母さんのコーチを受けて、福原愛選手のようですね。才能を伸ばしてください」と激励した。
 〈2008.4.12 静岡新聞朝刊〉
 ※記載内容はすべて掲載日時点
 
地域再生大賞