富士川水系 汚泥調査始まる
静岡県と山梨県がきょうから、富士川水系で高分子凝集剤入り汚泥(ポリマー汚泥)の調査を始めました。サクラエビの成育に影響することが分かってきた富士川下流域の汚泥実態を明らかにすることが期待されます。これまでの経緯をまとめます。
〈「サクラエビ異変」取材班 〉
流域11カ所の水質調査を開始 静岡・山梨両県
駿河湾産サクラエビの不漁をきっかけに注目される富士川水系の河川環境復元に向け覚書を締結した静岡、山梨両県は28日午前、流域11カ所での水質調査を開始した。採石業者が支流の雨畑川に不法投棄した凝集剤由来の劇物アクリルアミドモノマー(AAM)の拡散実態を科学的に把握するのが主な目的。
富士川河口が主産卵場のサクラエビの未曽有の不漁を受け、両県は19年5~7月に主に濁り(浮遊物質量、SS)をターゲットにした水質調査を実施。20年2月に発表した分析結果では、濁りの不漁への影響には踏み込まず、濁りの発生源の特定には至らなかった。
今回は、前回対象外だったAAMを項目に加え、秋以降には汚泥の調査も進める。ただ、AAMの調査が1カ所200ミリリットルの分析にとどまっていることから、「流域全体の安全を保障するものには全くならない」(専門家)との危惧がある。
〈2021.7.28 あなたの静岡新聞〉
ポリマー汚泥不法投棄とサクラエビの減少 時期的に一致
静岡、山梨両県が27日、着手を表明した高分子凝集剤入り汚泥(ポリマー汚泥)の調査は、健康被害に直結する有毒物質の検出にとどまらず、サクラエビの成育に影響することが分かってきた富士川下流域の汚泥拡散実態を解明することも期待される。適法性を欠く事業者の行為に行政の不作為が重なり、地域住民の生活に深刻な影響を及ぼした点では、熱海の土石流災害に通じる面がある。
自治体の調査がこうした公的基準の範囲内で行われるのは合理性がある。半面、環境に甚大な負荷を与える凝集剤が、長年にわたる不法投棄で河川を汚染し続けた事態は法や条例の想定を超えている。専門家は「環境中に偏在するAAMをこの手法で特定するのは至難。『ホットスポット』のような場所を探すことこそ重要。(熱海同様)行政が不作為の上に不作為を重ねてはならない」と指摘した。水質汚染と汚泥拡散の二つの観点から、両県は前例にとらわれない、広範な調査を実施する責務を負っている。
サクラエビの主産卵場の駿河湾奥で見られる強い濁水を巡っては、東京海洋大の研究グループの実験で濁りの主成分である微細な無機粒子がサクラエビの卵のふ化や幼生の成長を阻害するとの研究結果が判明した。
採石業者が山梨県に対して報告した文書によると、不法投棄が始まったのは2009年。サクラエビは同年の落ち込みから大きな回復がないまま今に至る。静岡市清水区の企業が専門コンサルタントに依頼して16年1月に出したリポートでは「富士川のアユ資源の減少は10年ごろから急激に進んだ可能性が高い」と記された。時期的な一致が見られ、因果関係究明が待たれる。
〈2021.7.28 あなたの静岡新聞〉
不法投棄 10年間で合計22トン 山梨県が調査結果発表
富士川水系雨畑川で採石業者ニッケイ工業が長年続けていた、高分子凝集剤入り汚泥(ポリマー汚泥)の大量不法投棄で、山梨県は合計約22トンの凝集剤が河川内に投棄された、との調査結果を26日までに発表した。また、河川内への不法投棄は2009年から本紙が19年5月に報道するまでの約10年間続いていたことも新たに分かった。
同県が同社に書面での報告を行政指導し、同日までに回答があった。発表によると、ポリマー汚泥に含まれていた凝集剤は3種類で、計21・9トンだった。凝集剤成分として利用されることが多いアクリルアミドポリマーを含む凝集剤は2種類で、6割以上に当たる13・3トン。残りの8・6トンの凝集剤の成分は調査中という。
不法投棄が始まった時期については地元住民らから「不法投棄の引き金になったのは、11年夏の台風で1キロ上流の日本軽金属雨畑ダムが放水し、汚泥処理装置が流されたため」との指摘があった。しかし、実際にはこれよりも2年早い09年から河川内への不法投棄が繰り返されていたことも同社の文書による報告で判明した。
同県は2019年5月の報道を受け、雨畑川の投棄場所にあったポリマー汚泥4400立方メートルを除去させ、刑事告発などは見送った。本紙はことし5月、東京海洋大研究室と連携して行った富士川水系の泥の分析実験で、いまもポリマー汚泥が河川内に残留している可能性が高いことを指摘していた。
〈2021.7.27 あなたの静岡新聞〉
濁水がサクラエビのふ化や成長を阻害 東京海洋大教授が確認
サクラエビの主産卵場の駿河湾奥に日本軽金属の放水路や富士川から強い濁り水が注いでいる問題で、東京海洋大学術研究院の荒川久幸教授(58)=海洋光環境学=の研究グループは(※6月)28日までに、濁りの主成分である微細な無機粒子がサクラエビの卵のふ化や幼生の成長を阻害するとの実験結果を明らかにした。同様の研究で貝類や魚への影響は確認済みだが、サクラエビについてデータの取得は初。9月に開かれる日本水産学会秋季大会で発表する。
荒川教授は春漁が行われていた5月下旬、サクラエビ漁船に乗り、「アタマグロ」と呼ばれる産卵間近な親エビを百匹程度採取した。研究室に持ち帰り、海の環境に近い特殊な水槽で飼育を始めた。実験は、産まれた卵や成長した幼生がいる水槽に無機粒子(平均粒径約2マイクロメートル)の濁り水を投入。顕微鏡で観察を続けた。
最大濃度の水槽で半数の卵が無機粒子が多数付着した状態でふ化しなくなったほか、ふ化から約3日間の幼生に同50ミリグラムを超える濁りを与えると変態(脱皮)が遅くなり、次段階の幼生に移行できないものが増えた。
たとえ変態できたとしても、濁りを与え続けると無機粒子が幼生に付着。泳ぐことができず、実験容器の底をはうように動き、最終的に死ぬ様子が確認できた。
荒川教授は「少なくとも、無機粒子がサクラエビの生残に悪影響を与えることは分かった」と説明し、放水路や富士川から濁りが供給され続けている駿河湾奥で何が起きているかをさらに精査する必要性を説いた。
サクラエビの主産卵場でメイン漁場となってきた湾奥の富士川沖では2019年ごろから漁師らが強い濁りを指摘。事実上の禁漁にもかかわらず、富士川沖だけ魚影がない状態が今年の春漁まで続いている。
〈2021.6.29 あなたの静岡新聞〉