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〈 富士山噴火 「正しく恐れる」ために 〉

 富士山の噴火被害を想定したハザードマップ(危険予想図)が、2004年の策定以来、初めて改定されました。静岡県内では東部地域を中心に計10市町に災害が拡大する可能性が示され、300年以上にわたり沈黙を続ける霊峰の噴火リスクが、改めて浮き彫りになりました。今後、行政などは避難計画の改定などを行いますが、私たちの備えも大切です。富士山の噴火を「正しく恐れる」ためには何が必要なのでしょうか、そのポイントをまとめました。
 〈静岡新聞社編集局TEAM NEXT・柳沢毅〉

ハザードマップ(危険予測図)17年ぶりに改定

 静岡、山梨、神奈川県などでつくる富士山火山防災対策協議会は3月26日、富士山の噴火被害を想定したハザードマップ(危険予測図)の改定版を公表した。

富士山噴火の溶岩流が到達可能性マップ
富士山噴火の溶岩流が到達可能性マップ
 ■被害想定、静岡県内10市町に拡大
 大規模噴火のシミュレーションでは、新たに富士川沿いの静岡市清水区や沼津市、清水町に溶岩流が到達するなど、県内では計10市町に災害が広がる可能性を明示した。同協議会はマップの改定に伴い2021年度、3県の状況を踏まえた噴火時の広域避難計画の見直しに入る。
 ハザードマップの改定は18年から3年間を要した。本年度は中・大規模噴火時の溶岩流や、山腹の雪が火砕流で解けて土石を巻き込んで流れ下る融雪型火山泥流の被害想定を中心に作業を進めた。シミュレーションでは地形データを反映するため、従来の200メートル四方から20メートル四方に細分化し、溶岩流や火山泥流が河川や平野を伝って従来より拡大した。
 大規模噴火の溶岩流は、過去5600年間で最大規模の貞観噴火(864年)を基に、想定される流出量をこれまでの7億立方メートルから13億立方メートルに増やした。新たに確認された火口(噴火の痕跡)を考慮し、中・小規模噴火のケースを含め、前回マップの約5倍となる計252地点を設定して計算した結果、2時間以内に富士宮市の市街地や御殿場市の郊外にまで流れ込み、1日以内に裾野市や富士市の市街地に達した。
 最終的には同市の駿河湾まで届いたほか、富士川河口の静岡市清水区や黄瀬川下流の沼津市、清水町にまで延伸。新たに溶岩流が届く想定の2市1町は、活動火山対策特別措置法(活火山法)に基づく火山災害警戒地域に指定される。
 融雪型火山泥流は、火砕流の噴出量を240万立方メートルから1千万立方メートルに変更した。改定前の3倍となる55地点で推定到達時間や危険度などをシミュレーションしたところ、御殿場市や小山町の庁舎に短時間で流れ着いたり、富士市内の東名高速道路やJR東海道線を超えて海にまで達したりした。
 同協議会では今後、富士山火山広域避難計画を改定し、避難が必要な範囲や避難対象者についての見直しを行うとともに、関係市町も順次、個別の避難計画を策定する。

 ■噴火現象 各人が理解を
 富士山ハザードマップ検討委員会委員長 藤井敏嗣氏
 今回の改定のきっかけは、最近の調査・研究によって、噴火可能性のある火口がこれまでの想定よりも市街地に近い場所に確認されたことである。また、富士山での最大級の噴火とみなされてきた貞観噴火が想定の2倍近い規模であることも分かった。このため、想定火口範囲を見直すとともに、計算機シミュレーションをやり直し、様々な噴火現象の影響範囲を調べた。
 実際の噴火では、想定範囲のどこに火口が開くかによって、また規模によって、溶岩流の経路や到達点・到達時間は変わる。現実にはまれな最大規模の噴火も想定してシミュレーションしたのは、どういう事態が生じても対応できる方策を考えておくためである。
 行政は今後このハザードマップをもとに、さまざまな条件を想定した上で、広域避難計画や各地の防災計画を見直すことになる。気象庁や研究機関は観測機器を展開し、噴火の前兆を捉えようとしている。しかし、富士山に特徴的な粘り気の少ない玄武岩マグマの場合、明確な前兆をつかんでから噴火までは、数時間から数日程度と思ったほうがよい。
 住民の皆さんには、このハザードマップを眺めて、噴火によってどんな現象があるか、規模が違うと影響の及ぶ範囲はどのように異なるか、自分に影響が生じる噴火はどの部分に火口ができる場合なのかなどを考えてほしい。火山災害から身を守る最良の方策は各人が噴火現象について正しい知識を持っていることだからである。

 <メモ>富士山ハザードマップ 富士山の噴火に備え、想定される火口範囲や溶岩流、火砕流などの災害到達エリアを示した危険予測図。国や静岡、山梨、神奈川3県と有識者らで構成する協議会が2004年6月に策定し、新たな科学的知見を反映するため21年3月に初めて改定した。行政が避難計画を策定する際の基礎資料となる。

【溶岩流】沼津、清水町にまたがる黄瀬川の下流域まで

 「地震や風水害は経験があるが、溶岩流はイメージできない」。改定版の富士山ハザードマップでは、新たに沼津市と清水町にまたがる黄瀬川の下流域まで溶岩流が到達する可能性が示された。同町の黄瀬川沿いに住む主婦假屋貴代江さん(45)は「万が一、噴火しても大丈夫だと漠然と思っていた」と戸惑いを口にした。

新たに溶岩流が到達する可能性がある範囲に含まれた沼津市と清水町の黄瀬川下流域周辺(静岡新聞社ヘリ「ジェリコ1号」から)
新たに溶岩流が到達する可能性がある範囲に含まれた沼津市と清水町の黄瀬川下流域周辺(静岡新聞社ヘリ「ジェリコ1号」から)
 ■想像及ばず困惑 住民「情報を」
 改定前は三島市北上地区と長泉町南一色地区の一部で溶岩流が止まる想定だったが、到達可能性範囲は黄瀬川を流下するように南に約5キロ拡大した。シミュレーション結果によると最も到達が早いケースとして、富士山南東側の中腹で中規模噴火が発生し、2億立方メートルのマグマが噴出した場合、黄瀬川下流域には7日以内で溶岩が届く。
 子育て世帯の防災支援活動に関わる假屋さんは、新たに顕在化した災害リスクに「到達まで時間的な猶予があるとは言え、降灰で交通網がまひしていたら円滑に避難できるのか」と不安をにじませる。
 溶岩流をハード整備で防ぐのは難しく、人的被害を出さないためには噴火の危険が高まった際もしくは噴火時に、速やかに避難することが重要になる。黄瀬川西側に位置する沼津市大岡地区の住民自治組織で防災を担当する青島昭広さん(61)は「住民は噴火に対する危機意識がほとんどないだろう」と現状を分析する。その上で「いつ起きてもおかしくないという意識で備えたい。そのためにも一刻も早く詳しい情報が知りたい」と求める。
 両市町は今後、改定版のハザードマップを元に溶岩流を想定した避難計画の検討に取り掛かると同時に、住民への周知にも取り組む方針。現状では詳細な到達面積や避難の対象人数は分からないため、分析を急ぐ。
 清水町くらし安全課の渡辺実課長(52)は「マップが改定されたからと言って、噴火の可能性が高まった訳ではない。町民に正しく恐れてもらうために正確な情報を伝えていかなければならない」と気を引き締めた。

 <メモ>溶岩流 地下で溶けている岩石(マグマ)が火口から流出し、地表を流れ下る現象。一般的には人が歩く速さよりもゆっくり流れるので、歩行による避難が可能な場合もある。噴出時は千度近い高温で建物や森林を焼失させ、冷えて固まると生活道路などを分断する恐れもある。流れ方は地形や温度、粘性などで変わり、富士山では粘り気の少ない玄武岩質マグマが流れるのが特徴。約1万年前の噴火に由来する三島溶岩は、南東側の中腹から噴出し、現在の三島駅付近にまで達した。

【融雪型火山泥流】御殿場市役所に最短13分で到達

 世界遺産の懐に抱かれた高原都市、御殿場市。中心部の市役所から西側を見渡すと、立ち並ぶ家屋の先に雄大な霊峰がそびえ立つ。その美しい景観は、すぐ身近に火山があることを物語っている。

御殿場市役所の本庁舎(左)。融雪型火山泥流は市役所に最短13分で到達するとされる=同市
御殿場市役所の本庁舎(左)。融雪型火山泥流は市役所に最短13分で到達するとされる=同市
 ■「噴火前避難」 周知徹底が鍵
 改定富士山ハザードマップによると、融雪型火山泥流が市役所に到達する最短時間はわずか13分。「13分は早い。噴火前の避難を徹底しなければ」。市危機管理課の水口光夫課長は危機感をにじませる。災害対応の拠点となる市役所が被災すれば業務に支障を及ぼすことも懸念される。
 従来のハザードマップでは大まかに、市の大半が「火山泥流が到達する可能性がある範囲」とされていた。最新の知見で行った改定版では、尾根になって流れ込まない区域などを対象範囲から除外。到達までの時間や危険度も明らかになったことで「市民に避難の必要性をより説明しやすくなった」と捉える。
 市街地の大半は火山泥流の最大水深が20センチ未満とされ、十分な注意をした上での徒歩避難が可能とされる。それでも、短時間で到達するため、引き続き市民に事前避難の重要性を周知する。噴火警報が発表された際は、家屋の2階以上や周辺の堅固な建物に避難するよう呼び掛ける。
 市は2021年度、融雪型火山泥流や溶岩流などの影響範囲を伝える市の富士山火山防災マップを改定する。毎年行う富士山噴火を想定した避難訓練にも、新たに得られた知見を反映させるという。
 融雪型火山泥流は鮎沢川などを下り、小山町役場にも最短17分で到達するとされる。町危機管理局の永井利弘防災専門監は「(発生時の)組織的避難は時間的に厳しい。流域に絶対に近づくなと無線で警告することしかできない」と話す。御殿場市と同様、事前周知が欠かせないとの認識だ。
 ただ、「17分」は積雪期に町に近い火口で噴火する「最悪のケース」。数字が独り歩きし、住民の不安をあおらないよう注意を払う。火口位置や噴火規模、噴火の時期によって想定される状況を丁寧に伝えて「正しく恐れてもらうのが大切」と強調する。

 <メモ>融雪型火山泥流 富士山の斜面に積もった雪が火砕流などによって解け、土石を取り込み泥流となって流れる現象。流下速度は時速数十キロとされる。今回のハザードマップ改定では最新の調査研究結果を踏まえ、シミュレーションに用いる火砕流の噴出規模を240万立方メートルから1000万立方メートルに見直した。起点となる地点を従来の約3倍の55地点設けたり、地形を細かく反映したりした結果、従来よりも到達する可能性のある距離が遠方まで伸びた。富士川や潤井川を流れ、駿河湾に届く可能性もあるとされる。

【大きな噴石】想定火口範囲拡大で住宅地にも

 「ズッズー、ズズ」―。乗用車のタイヤは火山灰を敷いた坂道で空転し、土煙を上げながら立ち往生した。2月中旬、富士山噴火時を想定した火山噴出物上の車両走行実験を富士宮市の国土交通省富士砂防事務所が初めて実施した。改定版富士山ハザードマップで火山灰と噴石の想定について多くは前回の内容を引き継ぐ内容だったが、空からの火山噴出物に備える重要度が低下したわけではない。

火山灰や火山れき上で行われた車両走行実験=2月中旬、富士宮市上井出
火山灰や火山れき上で行われた車両走行実験=2月中旬、富士宮市上井出
 ■空からの危険 対策見直し急務
 パトカーやワンボックス車などを使った実験で、林道を想定した勾配で堆積物が10センチになると登れない車両が出た。噴出物の堆積は被災者の避難や救助のために使う道路に影響を生じさせる可能性がある。降灰の検討については、改定版の最後で今後特に関係者間で議論を深めていく必要があると示された。
 一方、大きな噴石は改定に伴い想定火口範囲が拡大したことにより、到達可能性マップに変更があった。一部地域は溶岩流や火砕流に限らず、影響範囲が住宅地に近づく可能性が新たに示された。
 新たに加わった二子山火口が位置する富士宮市山宮2区では大きな噴石の到達する可能性がある圏内に民家や工場が含まれる。「空から降ってくる危険性はあまり意識していなかった。外にいても緊急避難ができるシェルターが必要かもしれない」。自治会の防災担当を務める山本修久前区長(73)は危機感をにじませる。
 大きな噴石の衝撃はコンクリートの屋根に穴を空ける場合もあるとされる。改定版検討委副委員長の小山真人静岡大教授(火山学)は「噴火前に逃げることが鉄則」と指摘。小さな噴石には「大きさや密度によるが、頑丈な屋根の下に入れば対応可能」とした。気象庁が発表する降灰予報では小さな噴石の危険範囲も示される。
 同市は新たに同報無線をデジタル化してより聞き取りやすくするなど、避難行動の判断基準となる情報をいち早く周知する態勢の見直しに取り組む。同市危機管理局の石川幸秀危機管理監は「足元のできることから始めていく。その積み重ねの先に対応策が見えてくる」と力を込めた。

 <火山灰・噴石> 噴火時に火口から吹き飛ばされる固形物のうち比較的細かい直径2ミリ未満を火山灰といい、直径2ミリ以上の岩片や岩塊を噴石と総称する。気象庁の定義では防災上警戒・注意すべき大きさの岩石を「大きな噴石」と「小さな噴石」に区分する。大きな噴石はおおむね20~30センチ以上で、風の影響をほとんど受けずに弾道を描いて飛散するものを指す。改定版ハザードマップでは大きな噴石が到達する可能性マップについて、大規模噴火の場合は想定火口範囲の外縁から4キロ、中小規模では同2キロのエリアで想定した。