教育現場とトランスジェンダー
静岡県教育委員会は2022年度入試から、願書の性別記入欄を廃止することに決めました。昨年来、制服の男女区別の撤廃、性を限定した校則の記述の変更など各地でトランスジェンダーに配慮する見直しが進んでいます。最近の県内の動きをまとめました。
〈静岡新聞社編集局TEAM NEXT・松本直之〉
県立高校願書の性別欄廃止 静岡県教委、2022年度入試から
静岡県教委は26日までに、県立高と県立高中等部の入学者選抜に必要な願書の性別記入欄を、2021年度から廃止すると決めた。心と体の性別が一致しないトランスジェンダーの志願者などへの配慮を踏まえ、願書に記載する必要のない情報として削除した。全国では2年ほど前から、入学願書の性別欄をなくす動きが進んでいる。
26日には、トランスジェンダーの当事者らでつくる浜松TG研究会が性別欄廃止の要望書をまとめ、同課へ提出した。
提出に訪れた鈴木げん代表に、本多伸治課長が「全国の中では遅れてしまったが、改める方向で進めていく」と説明した。鈴木代表は取材に「『性の在り方は多様』という前提に立ち、どんな子どもも尊重される学校にしてほしい」と訴えた。
制服選択、中学で広がり 富士・吉原一中、女子用スラックス追加
富士市の吉原一中(太田桂校長)は2021年度から、女子生徒の制服に新たにスラックスを導入する。性別による縛りを見直そうという意識が高まる中、現行のスカートとスラックスを選択できるようにする。全国的な流れを受け、制服の多様化は県内では高校で先行し、中学校でも広がりを見せてきた。
同市内では中学校16校中15校が男子は詰め襟、女子はセーラー服を採用している。同校は約20年前に独自にネクタイとリボンのブレザースタイルへ変更した。スラックスに合わせやすかったことも、今回の導入を後押しした。
昨年12月以降、保護者や地域に周知し、生徒にも知らせたが特に異論は出ていない。21年度からスラックスを着用するモニター募集に対して、複数の生徒から応募があった。
同校では既に、前校長が体操服も男女同色のクオーターパンツにしている。体育教師の太田校長は男女別々だった授業の「男女共習」に取り組んだ経験があり、「練習の選択肢が増えて男女が教え合うようになった。一緒に学ぶ効果が大きかった」と振り返る。
制服の選択制導入についても「既に女性のパンツスーツは一般的。中学もスカートだけを押しつけることは時代に適さない。徐々に定着してくれたら」と話した。
同市教委が19年度に市内5校に制服の在り方を聴いた意向調査では、選択制導入について生徒、保護者、地域住民とも賛成が反対を大きく上回った。
県内では、浜松西高中等部が高校と一緒に男女や夏冬の違いを無くす完全選択制を21年度から導入する。
■高校先行、導入加速 機能性生徒に好評
静岡県内では公立高校などで、女子生徒の制服にスラックスを導入する動きが加速している。昨年は藤枝西高、富士宮東高など各地でみられた。富士宮東高では10月の導入時に約20人が購入した。自転車通学でのまくれの無さや寒さを防ぐ機能性が好評で、夏服への導入も検討している。
中学では藤枝市の青島中で2019年4月に「セーラー服とスカート」を「ブレザーとスカートまたはスラックス」に変更し、ネクタイかリボンも選択できるようにした。当時の入学生はこの春3年生になる。小川毅教頭は「当初は数人だったが、徐々に利用者が増えていった」と話す。
性別違和のある生徒が、心の性に合わせた服装を選べるメリットもある。県内の高校でスラックスをはく女子生徒からは「機能面以外にも必要とする生徒が自然に着用できる学校になるといい。自分がはくことで、その助けになれれば」と、多様性の実現に賛同する声があった。(静岡新聞2021年3月9日朝刊)
浜松の市立中学校、8割が校則を修正 制服、頭髪、靴下の色など
浜松市教委は1日(※2020年12月1日)、市立中学校の一部に靴下や下着の色を定めるなど不合理な校則・規則があるとして全48校に見直しを指導した結果、約8割の学校が制服、頭髪、靴や靴下の色などの項目を修正し、制服については約6割の学校が男女を区別する表記を取りやめたと明らかにした。
市教委によると、「靴下の色は白」としていた学校が紺色やグレー、黒色も選べるようにしたほか、髪形を「男子は左右非対称は不可。女子は肩にかかる場合は黒か紺色のゴムで縛る」としていた学校が性別の表記をなくし、「清潔で中学生らしい髪形」と改めるなどした。
同市では昨年12月、トランスジェンダー(性別越境者)当事者らでつくる浜松TG研究会が市立中全校の校則などの調査結果を発表した。10校は下着の色を指定し、47校は女子の制服をスカートに限定しているなどとして、市教委に是正を要望。市教委は全校に校則などの見直しを要請した。
誰も好きにならない私 多様な性「SOGI」…ケイさんの場合【NEXT特捜隊】
「昨今『LGBT』という言葉が浸透しつつありますが、『SOGI(ソジ)』も新聞で取り上げてほしいです」
静岡県内に住むケイさん(仮名、30代)から静岡新聞社「NEXT特捜隊」にメッセージが寄せられた。性的少数者の総称「LGBT」は紙面でも度々、登場する。一方、「SOGI」の文字を見る機会はまだ少ない。ケイさんに返信する前に、意味を調べた。
「SOGI」は、自分がどの性の人を好きになるかを表す「セクシュアル オリエンテーション」(性的指向)と、自分の性別をどう認識しているかを表す「ジェンダー アイデンティティー」(性自認)の頭文字を取ったもの。LGBTが同性愛者や心と体の性が異なる人などの性的少数者を指すのに対し、SOGI(性的指向と性自認)は誰もが持つ性のあり方という。
ケイさんはなぜ、SOGIを取り上げてほしいのだろう―。
会うと、ケイさんは自身のSOGIについて「私の性自認は女性でも男性でもない。性的指向は誰も好きにならない、です」と説明した。ケイさんがそれを自覚したのは最近のこと。男性との結婚がきっかけだった。
30代になり婚活をしたケイさん。男性を好きになった経験はなかったが、「結婚して“普通”になりたかった。一人前として見られたかった」。お見合いをして、趣味が合う男性と結婚した。
だが、「性的な対象として見られること」が耐えられなかった。性に関して本やネットで調べる中で、SOGIという言葉を知り、自身のSOGIを初めて自覚した。
男性とは「性格の不一致」もあり、離婚した。「もっと早く自分のSOGIに気付いていれば、結婚にこだわらなかったし、相手を傷付けなかった」。取材中、自分を責める言葉を何度も口にした。
「誰もが体の性と性自認が一致して、異性を好きになるわけではない。同性、異性にかかわらず恋愛をするとも限らない。頭の片隅に入れてもらえたら―」。ケイさんは自分の経験を話すことが「誰かの役に立つかもしれない」と考え、NEXT特捜隊にメールを送った。
SOGIを取り上げてほしい理由はもう一つあるという。それは「自分自身のため」。
ケイさんは「異性同士の夫婦で子どものいる“普通の人たち”がうらやましく、ねたんでしまう」と打ち明けた。そして、「そんな自分が大嫌い」と続けた。
でも、SOGIという言葉から考えると、捉え方が変わるという。「私が“普通”と思う人たちも、一人一人を見れば、数あるSOGIの中の一つを持ち、数ある生き方の一つをしているだけ」と。
人の性も、生き方も多様で、誰もが葛藤や孤独を抱えている。だから、人をうらやんだりしなくていい-。ケイさんは一歩、前に進もうとしていた。
<メモ>SOGIは性のあり方を少数派と多数派に分断しない概念として知られる。性的指向と性自認のあらゆるあり方を人権の視点から守ろうと、2006年に国際人権法の専門家会合で「ジョクジャカルタ原則」が採択されて以来、国連機関などで広く用いられている。 性の多様性について研究している静岡大教職センター松尾由希子准教授(教育学)は「戸籍上の性と性自認が一致しない、異性愛者ではないことなどで、幼少期から疎外感を持つ子どもたちがいる」と指摘し、「子どもが『どの性のあり方も“普通”』と捉えられるような教育が求められる」と訴えた。(静岡新聞2020年8月25日朝刊)