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〈 防災先進県か 「静岡県」の今 〉

 静岡県は東日本大震災前から、防災先進県と言われてきました。南海トラフ巨大地震が想定される中、静岡県内では「3・11」の教訓を生かした対策は万全と言えるのでしょうか。連載企画「東日本大震災10年しずおか 第2章〝防災先進県〟の今」と、全国の地方紙と共同で実施したアンケート調査をまとめました。(静岡新聞社編集局TEAM NEXT・白本俊樹)

集団移転、合意に至らず 事前防災の限界露呈

 沼津市中心部から海岸沿いに南へ約15キロ。内浦湾を望む海抜60メートルの高台には、真新しい舗装道路と宅地が造成されていた。東日本大震災を機に、津波被害を未然に防ごうと集団で高台移転を目指した内浦重須地区。最終的に移転を決めたのは約120世帯のうち7世帯だった。宅地は3月末にも希望者に引き渡される。「安全を買うというのは本当に大変なことです」。元自治会長の原敏さん(74)は10年の月日を複雑な表情で振り返る。

海に面した内浦重須地区。右上の高台に7世帯が移転する=沼津市
海に面した内浦重須地区。右上の高台に7世帯が移転する=沼津市
 海に面した同地区。安政東海地震(1854年)で約6メートルの津波に襲われた歴史があり、震災前から防潮堤建設を市に要望するなど防災の意識は高かった。2011年3月11日、その意識に危機感が加わった。約440人の住民の大半が高台への集団移転に賛成。12年7月から始まった移転の方法を探る勉強会には「公民館に入らないぐらい人が集まった」(原さん)。
 住民は国の防災集団移転促進事業(防集)の適用を目指した。だが、今住んでいる場所は災害危険区域に指定されて住宅の建て替えができなくなり、将来的には住めなくなる。経済的負担や高齢であることを理由に賛同者は次第に減った。結局適用に必要な住民全体の合意に至らず、自治会は防集を断念した。
 原さんは県庁に出向き、「高台に行きたい人は残っている。手段を考えてほしい」と直談判した。県は高台のミカン畑で進めていた農地整備事業で非農地を生み出し、宅地にして移転希望者に売却する方法で応じた。
 ただ、防集が適用されないため、住宅の建設費や土地の取得費など移転に係る費用は全て自己負担となる。補助もない。原さんらが描いた理想と異なる現実は、事前防災の限界を露呈させている。
 東北大大学院の増田聡教授(61)=地域計画=は「手厚い反面、適用が厳しいのが防集だ。自由度がなく、事前防災には特に難しい」と指摘。「南海トラフ巨大地震が起きると避難所や仮設住宅は足りなくなるはず。災害時は仮設住宅にすることを想定し、若干の税金を投じて(高台に)賃貸住宅を建てるなど柔軟な制度が望まれる」と話す。

 <メモ>防災集団移転促進事業(防集)は津波や洪水、土砂災害など自然災害のリスクが高い地域からの集団移転を促す取り組みで、国土交通省が所管する。移転前の元々の居住区域は災害危険区域に指定され、市町村が買い取るとともに住宅の建築が禁止される。移転者には新しい住宅建設費の利子補給や引っ越し費用の助成などがあるが、元本は自己負担になる。

 ■岩手・大船渡「差し込み型」 高台の空き地、宅地利用  
 東日本大震災で津波の被害を受けた岩手県大船渡市は、浸水区域ではない既存集落の空き地に宅地を配置する「差し込み型」と呼ばれる手法を発案し、迅速な高台移転を実現した。戸田公明市長(71)は「南海トラフ巨大地震の津波への事前復興に使えるのではないか」と話す。
 大船渡市は高さ8メートル以上の津波に襲われ、建物被害は5592世帯に及んだ。市内は平らな土地が少なく、大規模な移転には山を切り開く必要があった。そこで目を付けたのが高台に点在する空き地だった。宅地の造成費や水道、道路などのインフラ整備費の抑制につながるとして検討に着手。小規模な戸数の移転でも防集が適用できるよう、国に掛け合って特例として要件の緩和を実現した。
 町内会関係者らでつくる各地区の復興委員会は、移転希望者の取りまとめや移転候補地の選定に尽力した。「移転先の用地交渉の前段階までやっていただけた。自分たちの地域は自分たちで復興させようという気持ちがどこも強かった」と市復興政策課の新沼優係長(47)。13~17年の間に市内21地区に計366戸を整備した。住民主導で移転の意向をくまなく把握したことで、空き区画はわずか6戸にとどめた。
 大規模な造成をした場合と比べて工期が短く、早期に住宅を確保できたことで震災前の地域社会の維持にもつながった。差し込み型と通常の集団移転を組み合わせ、高台に59戸を整備した中赤崎地区の中山進一さん(69)は「以前と変わらず今も防災訓練などを行い、地域のつながりは保たれている」と話す。
 (静岡新聞2021年3月8日朝刊)

近年伸び悩む住宅耐震化 資金不足の壁

 「雨風の振動がなくなった」。島田市伊太の主婦加賀よし子(65)さんは、真新しくなった一室を見渡した。2019年6月、築50年を前に木造住宅に耐震補強を施した。1階全体を補強した。壁を剝がして29本の筋交いを新たに入れ、居間の壁は厚くなった。

耐震補強で筋交いを入れた新しい壁。厚さは約1.5倍になった=島田市
耐震補強で筋交いを入れた新しい壁。厚さは約1.5倍になった=島田市
 耐震化は新潟県中越地震や東日本大震災を受けて意識し始めた。老後を考える中で資金のめどが付き、工事に踏み切った。後押ししたのは県の住宅耐震補強の補助制度「TOUKAI(東海・倒壊)―0」だ。工事費は県と市から計約100万円の助成を受けた。「いつ南海トラフ地震が来るか不安だった。補助制度の存在は大きい」と加賀さんは話す。
 県が住宅耐震化を促進したきっかけは、家屋が倒壊して多くの犠牲者が出た阪神淡路大震災だった。全国に先駆けて01年に制度を設け、新耐震基準に満たない住宅が耐震補強を施すか建て替えする際に、費用補助を始めた。
 これが弾みになり、県内の耐震化率は急速に伸びた。18年度時点の耐震化率は全国でも高水準の89・3%。03年は72・9%だった。15年間で16・4ポイント上昇したことになる。県建築安全推進課の伊藤則博さんは「制度が耐震化推進の主要因だった」と分析する。
 だが、近年は伸び悩む。残り1割の約15万戸は耐震化が進んでいない。県は20年度末の耐震化率95%を目標に掲げるが、「厳しい状況」(同課)。耐震化できていないのは築40年以上の高齢者世帯が多い。島田市金谷の建築士藤原達郎さん(54)は「古い木造家屋の改修は大がかり。自己負担は決して軽くはない」と、資金不足が障壁になっていると説明する。
 県は比較的安い防災ベッドや家庭用シェルターの導入も勧めている。家屋倒壊から命を守る大切さを高齢者世帯にどう理解してもらうかは喫緊の課題だ。福和伸夫・名古屋大減災連携研究センター長は「災害対策の重要性を訴える方法として、社会福祉協議会や民生委員と連携した情報発信も有効な手段」と助言する。

 ■福島・相馬本県の知見生かす 再び激震建物倒壊免れる  
 福島県相馬市中心部にある商店「ハイカラヤ百貨店」。2階の住居にはたんすや本棚が乱雑に倒れていた。手荒な空き巣が入ったかのようだった。「揺れは東日本大震災より激しかった」。家人の石田ハツヨさん(79)は最大震度6強を観測した2月13日の福島県沖の地震を振り返った。
 ただ、建物自体は外壁の一部がはがれたものの大きく損壊したり傾いたりすることなくほぼ無傷だった。「耐震補強をしていて本当によかった」。石田さんはしみじみ語る。
 戦前に建てられた同店は、東日本大震災で大規模半壊した。補強では柱を6本から26本に増やし、壁も厚くした。さらに1階室内の一角に箱状の部屋を作り、家屋は倒壊してもその部屋だけは残るようにした。「福島県沖地震の揺れが収まってすぐ見に行った。家が倒れていなくてほっとした」。地元で建築会社を営み、補強を手掛けた桜井茂紀さん(64)は語る。
 桜井さんは、築50年を超え大きな地震が来れば倒壊の恐れがあった幼なじみの実家なども大震災後に耐震補強した。消防庁のまとめでは、福島県沖の地震で90棟以上が全半壊したが、桜井さんが補強を手掛けた物件はいずれも揺れに耐えた。
 耐震化の重要性は20年ほど前、仕事で縁があった袋井市の実業家から寝室の耐震化を依頼されて学んだ。「市役所には耐震ベッドも展示されていて、静岡県民の耐震に対する高い感覚を知った」
 静岡で得た知見を生かして福島で耐震補強を実践し、激震から人々の命と住まいを守った。その教訓は、耐震化の重要性を本県に改めて問いかけている。

 <メモ>住宅耐震補助制度「TOUKAI(東海・倒壊)-0」は県が定額30万円を助成し、市町が15万~95万円を上乗せ補助している。21年度からは県支出分を一部見直し、耐震化計画と工事費を合わせ一般世帯に60万円、高齢者のみの世帯に100万円を助成する。01年から19年までの制度利用件数は計2万3874件。
 (静岡新聞2021年3月9日朝刊)

「浸水区域」に新築移転 静岡・清水区の桜ケ丘病院

 改札を出て遊歩道を清水港に向かうと、魚市場や駿河湾フェリーの新たな発着場にすぐ着く。静岡市清水区のJR清水駅東口。富士山を仰ぎ、港町清水を代表する景観を誇る清水駅東口公園に2023年度、移転問題に揺れた桜ケ丘病院(同区)が新築完成する。

桜ケ丘病院が移転するJR清水駅東口公園(中央下)。南海トラフ巨大地震の津波浸水区域に入る=静岡市清水区(静岡新聞社ヘリ「ジェリコ1号」から)
桜ケ丘病院が移転するJR清水駅東口公園(中央下)。南海トラフ巨大地震の津波浸水区域に入る=静岡市清水区(静岡新聞社ヘリ「ジェリコ1号」から)
 「コンパクトなまちづくりに総合病院は欠かせない」。同病院を運営する地域医療機能推進機構(JCHO、東京)と20年末、移転の協定を結んだ田辺信宏市長は、地域医療を守る病院を「清水活性化の起爆剤にする」と戦略を描く。
 だが、指摘されてきた防災上の懸念は未解決のままだ。建設予定地は海岸から約200メートルで、南海トラフ巨大地震で2メートル程度の浸水が想定されている。県が整備予定の防潮堤ができれば浸水は1メートル以下に抑えられる見込み。ただ、同区の市民団体「清水まちづくり市民の会」副代表の神戸孝夫さん(73)は「自然災害は想定を上回るのが東日本大震災の教訓」と指摘する。
 同機構は、くいで建物を持ち上げる「ピロティ構造」にして津波が通り抜ける対策を講じる方針だ。ただ、そのほかは「県や静岡市と協議しながら設計に反映させたい」と判然としない。
 周囲地域には、水産や物流関連の倉庫や工場が集積し、約6万キロリットルが貯蔵された石油タンクや液化天然ガス(LNG)の基地がある。港湾区域では大規模太陽光発電も計画されている。高さ1メートルの津波でも人間は流され、命を落とすことがある。仮に建物が津波の被害を免れても、がれきが周辺に押し寄せれば病院は長期間、孤立する恐れがある。
 同病院は築60年以上。神戸さんは早期建て替えに理解を示しながらも「命を守る病院が浸水区域にあって使命を果たせるのか」と再考を求める。市との協定締結から2カ月半。機構は21年度内の設計に向け入札を公告中。移転問題に20年以上を費やした時間を取り戻そうとするかのように、事業は急ピッチで進んでいる。

 ■壮絶津波、全入院患者死亡 宮城・雄勝病院
 穏やかな海が目の前に広がり、患者や職員を癒やしてきた病院は慰霊碑に変わっていた。宮城県石巻市雄勝町。地域医療を支えた市立雄勝病院は、東日本大震災の津波で全ての機能を失った。壮絶な最期を迎えた患者らの遺族は、静岡市清水区の桜ケ丘病院の津波浸水区域移転に口々に懸念を示す。
 病院は海から数十メートルほどだった。副院長だった鈴木孝寿さん=当時(58)=は地震直後、いったん屋外に避難した。裏山への避難も勧められたが、拒んだという。「患者を置いて逃げられない、と言い残して院内に戻りました」。孝寿さんの妻裕子さん(63)は自身が営む仙台市内の喫茶店で取材に応じ、唇をかんだ。
 津波は高さ5・5メートルの防潮堤を越え、3階建ての病院の屋上に達した。入院患者40人は全員亡くなり、職員も孝寿さんら20人以上が犠牲になった。裕子さんは、桜ケ丘病院の移転計画に「1階の津波対策をすれば済むような簡単な話ではない」と語気を強める。
 雄勝病院の主任栄養士だった妻の弘江さん=同(42)=を失った石巻市立河南公民館長の佐々木勇人さん(60)は「静岡は津波の到達まで時間が短い。安全な場所に建てるべきでは」と指摘した。弘江さんはまだ見つかっていない。
 同病院に入院していた祖母と、祖母を助けに行った母親を失った佐藤麻紀さん(49)は語る。「身内を2人亡くしたから言うのではない。津波のあとは本当に地獄。浸水区域に建てたい人も、反対している人も、命を守りたい気持ちは同じだと思う。冷静な話し合いが必要ではないか」

 <メモ>東日本大震災では多くの公立病院が津波の被害に遭った。宮城県の石巻市立病院は1階が水没。人的被害はなかったが、ライフラインが途絶え、手術中の患者を含め患者や家族ら400人超が孤立した。病院はその後、閉鎖された。同県南三陸町の公立志津川病院は4階まで水に浸かり、患者ら70人以上が犠牲になった。岩手県でも県立の大槌病院(大槌町)や山田病院(山田町)などが全壊した。
 (静岡新聞2021年3月7日朝刊)

静岡県民、震災への関心低下 全国アンケート【NEXT特捜隊】

 東日本大震災から10年。静岡新聞をはじめ読者参加型の調査報道に取り組む全国の地方紙でつくる「ジャーナリズム・オンデマンド(JOD)パートナーシップ」は、震災の教訓を次代につなぐため「#311jp」プロジェクトを企画しました。みなさんからご回答いただいた防災意識アンケートの結果を紹介します。(NEXT特捜隊)

あなたは東日本大震災にどの程度、関心を持っていますか
あなたは東日本大震災にどの程度、関心を持っていますか
 防災意識アンケートからは、同震災への静岡県民の関心が、他県民に比べて低下している現状が浮かんだ。県民意識調査でも南海トラフ地震への関心が低下傾向で、専門家は「これまでの地震対策の自負があり危機感が薄れているのでは」と警告する。
 同震災への関心度を尋ねたところ、最も高い「5」を選んだ静岡県回答者は42・6%にとどまった。被災3県(岩手、宮城、福島)の75・9%と30ポイント以上差がつき、全国(被災3県と静岡県を除く)の51・1%に比べても、10ポイント近く低かった。

 静岡県の県民意識調査でも、南海トラフ地震(東海地震)への関心度を尋ねる問いで最高の「非常に関心がある」を選んだ人は、東日本大震災のあった2011年には63・8%だったが、19年は41・6%にまで下がった。
 県は県民の意識向上に向けて21年度、居住地域の実情を踏まえて参加者一人一人が自らの避難計画を作るワークショップをモデル地区で開く予定だ。
 静岡大防災総合センターの岩田孝仁特任教授は、静岡県は南海トラフ地震の震源域の真上に位置すると改めて強調。避難、建物の耐震化、ブロック塀の改修などの基本的対策について「地震発生時をリアルに想像し、自分がどれだけ対策を取れているか、見直してほしい」と呼び掛ける。
 JODアンケートは無料通信アプリ「LINE」などで各紙のフォロワーらに呼び掛けた。無作為抽出の世論調査ではない。40都道府県から1699人(うち静岡県は94人、被災3県は166人)が回答した。

 

■「津波てんでんこ」聞いたことない 静岡県34% 教訓の共有不十分



 

「津波てんでんこ」を知っていますか



 

家族がばらばらに逃げた後、落ち合う場所を決めていますか

 

 防災意識アンケートからは、東日本大震災の教訓が、全国で十分には生かされていない現状がうかがえた。
 同震災では、津波からは一人一人がてんでんばらばらに逃げろという三陸地方の教え「津波てんでんこ」が教訓として注目された。津波てんでんこを「聞いたことがない」人は被災3県(岩手、宮城、福島)で13.3%にとどまった。一方、静岡県で34.0%、全国(被災3県と静岡県を除く)では41.5%で、被災3県との間に差がついた。
 逃げた後の集合場所を家族で決めていない人は被災3県で51.8%、静岡県は58.5%、全国60.9%といずれも過半数を占めた。携帯電話の不通で連絡が取れず、再会に苦労した震災の経験が被災地も含めて生かされていないのが実情だ。
 災害時の避難場所を「知っている」人は被災3県92.8%、静岡県87.2%、全国85.3%といずれも高く、備えの意識は浸透していた。ただ居住地の災害リスクの把握に欠かせないハザードマップの内容を「理解している」は被災3県45.8%、静岡県は39.4%、全国36.7%にとどまった。
 東北大災害科学国際研究所の佐藤翔輔准教授(災害情報学)は「避難後の集合場所を決めておくことは震災の重要な教訓。津波てんでんこと一緒に浸透するのが理想だ」と指摘。ハザードマップの理解度が低いことに「避難所を知っていても、災害によっては対応していない可能性がある。マップできちんと確認してほしい」と注意を促す。