「第五福竜丸」の記述 平和教育の教材から削除へ 経緯をおさらい
広島市教育委員会が市立の小中高校を対象にした「平和教育プログラム」の教材から焼津市のマグロ漁船「第五福竜丸」の記述をなくすことが分かりました。それを受け、広島の被爆者団体や教職員組合などは10日、決定を撤回するよう市教育委員会に要望しました。同市教委は、漫画「はだしのゲン」についても教材から削除する方針を決めています。この問題の経緯を1ページにまとめます。
被ばくの記述にとどまり、実相継承には至らぬ内容 広島市教委
広島市教育委員会が、市立の小中高校を対象にした「平和教育プログラム」の教材から漫画「はだしのゲン」を削除する方針を決めた問題で、米国のビキニ水爆実験で被ばくした焼津市のマグロ漁船「第五福竜丸」の記述もなくすことが1日、分かった。教員用の指導資料には記述を残し、生徒に概要や参考文献を紹介するという。

平和教育プログラムで使う市教委作成の「ひろしま平和ノート」では、第五福竜丸は核兵器を巡る世界の現状を学習する中3の部分に掲載されている。乗組員の被ばくや、半年後に40歳で亡くなった無線長の久保山愛吉さんなどを、写真とともに紹介している。
市教委によると、プログラムを再検討する中で「第五福竜丸が被ばくした記述のみにとどまり、被爆の実相を確実に継承する学習内容となっていない」との指摘が出た。23年度からの改訂版は世界の核実験、核軍縮の動きを地図や表、グラフから具体的に捉えられる内容に変更する方針。
都立第五福竜丸展示館(東京)の主任学芸員安田和也さん(70)は「第五福竜丸をはじめ、世界中の核開発や核実験の被害をしっかり伝え、みんなで考えていく教材になってほしい」と話した。
〈2023.3.1 あなたの静岡新聞〉
焼津の関係者ら怒りの声「史実、きちんと教えて」
広島市立の小中高校を対象にした「平和教育プログラム」の教材から、米国のビキニ水爆実験で被ばくした焼津港所属のマグロ漁船「第五福竜丸」の記述をなくすことが明るみに出た1日、焼津、静岡両市で行われた「ビキニ・デー」の参加者からは一様に怒りの声が上がった。

この日は焼津市内で久保山さんの墓参行進を4年ぶりに実施。全国の関係者が「原水爆の被害者はわたしを最後にしてほしい」という久保山さんの言葉をかみしめながら、核廃絶を誓い合ったばかりだった。参加した島田市の元教員粕谷たか子さん(73)は「たとえ米国にとって不都合な歴史でも、歴史の事実はきちんと教えるべきだ」と語気を強めた。
静岡市葵区で行われた「ビキニ・デー全国大会」に出席した原水爆禁止日本国民会議の藤本泰成共同議長(67)は「戦争の実相を次世代に教えない、という圧力がかかっているのではないか」と現状を憂いた。(焼津支局・福田雄一、社会部・薬袋貴信)
〈2023.3.1 あなたの静岡新聞〉
「第五福竜丸」の削除撤回を 被爆者団体ら要望、広島市教委に
広島市立の小中高校が取り組む「平和教育プログラム」の教材から、米国のビキニ水爆実験で被ばくした「第五福竜丸」を削除することを受け、広島の被爆者団体や教職員組合などは10日、決定を撤回するよう市教育委員会に要望した。

広島県原爆被害者団体協議会の佐久間邦彦理事長(78)は「水爆実験で多くの人が『死の灰』を浴びた。第五福竜丸の被ばくは、今後同じことがあってはならないと示している」と強調。市教委側は「第五福竜丸の記載がある社会科の教科書も活用し、継続して取り上げる」と説明した。
第五福竜丸は1954年3月1日、太平洋マーシャル諸島ビキニ環礁での水爆実験に遭遇し、乗組員23人全員が被ばくした。平和教育プログラムで使う教材では中3の部分に掲載されている。
市教委によると、プログラムを再検討した際、第五福竜丸の記述について「被爆の実相を確実に継承する学習内容となっていない」との指摘があり、23年度からの改訂版では世界の核実験、核保有数を写真や地図、表などで紹介する。
〈2023.3.11 あなたの静岡新聞〉
時代の変化に応じた改訂 漫画「はだしのゲン」も教材から削除方針
広島市教育委員会が、市立の小中高校を対象にした「平和教育プログラム」の教材から漫画「はだしのゲン」を削除する方針を決めたことに、抗議や撤回を求める声が相次いでいる。「原爆被害を詳しく描いた漫画なのになぜ」。市教委は時代の変化に応じた改訂と釈明するが、納得は得られていない。


16日に削除方針が表面化すると、交流サイト(SNS)で「はだしのゲンを無くすことに抗議します」とのハッシュタグ(検索目印)付きの投稿が続出。歌手加藤登紀子さんも「教科書から外すのは許せないけど、みんなで広げていきましょう。はだしのゲンを」と呼びかけた。
賛否
平和教育プログラムは2013年度に始まり、市教委作成の「ひろしま平和ノート」を教材に、各学年で年3時間の授業をしている。小3が学習する部分では、身重の母親のため、ゲンたちが浪曲のまねをしてお金を稼ぎ、栄養不足を補おうと裕福な家の池でコイを釣る場面を引用した。

市教委は19年度にプログラム改善へ向け有識者会議を設けた。共同通信が入手した議事録によると、メンバーの教員は「浪曲の場面は理解が難しい」「漫画の一部分だけでは、被爆の実相に迫りにくかった」と報告。「コイを盗ってよいのかという問題にされてしまう」との指摘もあった。一方で「はだしのゲンは児童にとって身近なので、(ゲンの)思いを表現しやすい。浪曲は教員が補足的に紹介できる」と評価する意見も上がった。
市教委によると、24日時点で問い合わせは約300件。多くは削除反対の意見だった。高田尚志指導第1課長は「時代が変わる中で子どもの心に届くものを探り、改訂に至った。ゲンが持つ力は全く否定していない」と強調する。
子どもたちに
中沢さんの妻ミサヨさん(80)は「教材への掲載が決まると本人はとても喜んでいた。子どもたちに原爆の怖さや悲惨さをどうやって伝えようかと考えて描いた作品なのに」と悔しがった。
はだしのゲンを巡っては13年8月、松江市教委が「過激な描写がある」と市立小中学校に閲覧制限を要請したことが判明。その後批判を受けて撤回した。大阪府泉佐野市でも14年3月、差別的表現が多いとする市長の意向から、市教委が市立小中学校の蔵書を回収したことが明らかになり、各校に返却した。
国内外の教育機関や図書館への寄贈など、普及活動をする金沢市のNPO法人「はだしのゲンをひろめる会」の神田順一事務局長(73)は「削除ありきの議論だったのでは」と広島市教委の姿勢を疑問視。「被爆地の判断によって他の自治体に影響が出るかもしれない」と危ぶんだ。
〈2023.2.27 あなたの静岡新聞〉